第48話 パステトの円環


「さて……30階層もクリア。みんな、悪くない戦いぶりだったぞ?」


「危ないところだった……状態異常に侵されてしまうとは、不覚……」


 戦いが終わると、ハディスが荒い呼吸をつきながら床に座り込んだ。

 厳格で真面目な性格の神官騎士にしては珍しい挙動である。

 どうやら、同じ日に2度目のボス戦、おまけに『混乱』の状態異常を受けたことがそれなりに堪えたようである。


「大丈夫ですか、ハディス様? すぐに回復しますね?」


「かたじけない、巫女様。まったく……年は取りたくないものだ」


 珍しく愚痴のような言葉を口にしながら、ハディスがリューナの手当てを受けている。

 考えても見れば、ハディスは壁役として敵の攻撃をずっと受けていたのだ。後方から指示を出しつつ、ヒット・アンド・アウェイを繰り返している俺よりもダメージの蓄積は大きいのだろう。


「どうやら……今日の攻略はここまでのようだな。アイテムを回収したら、次の休憩スペースで休むとしよう」


「むう……申し訳ない。護衛であるはずの私が足を引っ張ってしまったか……」


「いや、元々、20階層連続攻略の強行軍だったからな。そろそろ休まなくてはと思っていたところだ。アンタのせいじゃないさ」


 言いながら、俺はボス部屋の中央に目を向けた。

 この部屋の守護者であるボエナックを討伐したことにより、クリア報酬の宝箱が出現していた。


「開けてもいいぞ、シャクナ」


「……私? 何か企んでいるんじゃないわよね?」


「30階層のクリア報酬は固定だ。誰が開けても出てくる物は変わらない。さっさと取れよ」


「…………」


 シャクナは俺に疑うような視線を向けながらも、言われた通りに宝箱を開く。

 中から出てきたのは銀色の円環に宝石を飾ったアクセサリーが2つ。左右で一対、両脚に付ける装飾品のアンクレットだった。


「これは……」


「『パステトの円環』……魔法攻撃の威力が50%上昇する女性専用のアクセサリーだな」


「50%って……それって、すごい強力じゃないの!?」


 アイテムの効力を聞き、シャクナが思わずといったふうに大声を出す。


 シャクナが驚くのも無理はない。

 攻撃力が50パーセントも上昇するなんて、かなり優秀な効果である。魔法3発で倒せる敵が2発で倒せるようになるのだから、魔力の消耗だって抑えることだってできるだろう。


「とはいえ……女性しか装備することはできないし、2度目以降の攻略では違うアイテムが出現するから複数個を同時に入手することもできないんだよな」


「一品物ってことね! ますます、価値のあるものじゃない!」


「このダンジョンでしか手に入らない優秀な装備品だからな。せいぜい使ってやるといいさ」


「そうね……って、これは私がもらってもいいのかしら?」


「問題ないだろう。お前らもいいよな?」


「大丈夫ですよ、お姉様が使ってくださいな」


「無論、王女殿下にこそふさわしいかと」


 少し離れた場所にいるリューナとハディスに尋ねると、すぐに肯定が返ってきた。

 このメンバーの中で魔法攻撃ができるのは俺とシャクナのみ。女性専用装備となると、シャクナの一択である。


「ふうん……それじゃあ、貰ってあげてもいいけど」


 シャクナは自分の脚に左右一対のアンクレットを装備した。

 軽くステップを踏みながら、装備したばかりのアクセサリーを見せつけてくる。


「ふうん、なかなか似合っているじゃないか」


 俺はお世辞ではなく、本心からつぶやいた。

 銀に宝石をあしらった装飾品は踊り子であるシャクナによく似合っており、彼女のためにあつらえたようにすら思える。

 実際、ここはシャクナがヒロインであるシナリオのダンジョンなのだ。ゲームスタッフがシャクナが使うことを前提としてデザインした可能性がある。


「うっ……あ、貴方に褒められたって嬉しくないわよ! そんなことで私を籠絡できるなんて思わないでよね!」


「籠絡って……人聞きが悪いにも程があるだろ」


「私はアクセサリーの1つや2つで堕ちるような簡単な女じゃないわ! 口説くつもりなら、国の1つでも捧げる覚悟を見せて欲しいわね!」


 何故か一方的にプリプリと怒り、シャクナはボス部屋奥の休憩スペースに消えていった。

 どうして怒られたのかわからない。呆れ返った俺の肩をリューナが叩く。


「お姉様の好感度が上がったみたいですよ? 今度は私にも何かプレゼントしてくださいね?」


「どうして、俺が君ら姉妹に貢がなくちゃいけないんだ……雇われているのはこっちだよな……?」


 理不尽な感情を味わいながら、俺はシャクナの後に続いて休憩スペースに入ったのである。






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