第62話 堕天使ヴェリアル


 ボス部屋の扉を開くと、そこには予想していた通りのボスの姿があった。


『アアアアアアアアアアッ……!』


 そこに待ち構えていたのはピエロのような仮面を被った人型の悪魔。体長は2メートルほど。両手にそれぞれ反り返った大剣を握りしめており、仮面に空いた穴から真っ赤に充血した眼球がこちらを見据えている。

 背中にカラスのような漆黒の羽を生やした敵の名は『ヴェリアル』。無価値にして無益にして邪悪なる堕天の悪魔。

 50階層の守護者であるボスモンスターだった。


『アアアアアアアアアアアアアッ!』


「来るぞ! 気をつけろ!」


 ヴェリアルが嘆きの慟哭のような叫びを上げて、左右2本の大剣で斬りかかってきた。


「フッ!」


「ハアッ!」


 俺が右側から迫る攻撃を剣で受け止める。シャクナが左側から迫る攻撃を両手のシャムシールで受け止める。

 ヴェリアルの勢いがわずかに削がれるが……それでも止まらない。


「退くがいいッ! シールドバッシュ!」


 だが……そこでハディスが力強く踏み込んだ。

 大盾で堕天使の胴体にタックルをかまして、その巨体を後方に弾き飛ばす。


『アアアッ!』


「よし……反撃だ、シャクナ! グラビド・スラッシュ!」


「わかったわ! スタン・サンダー!」


『イアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 素早さを下げるデバフ効果を込めた斬撃、麻痺の状態異常を発生させる雷魔法が同時にヴェリアルに突き刺さる。

 仮面の堕天使はわずかに怯んだものの……その瞳からは少しも敵意が引くことはない。

 嘆きを込めた虚ろな瞳がこちらを不気味に見据えており、気の弱い者であれば視線だけで硬直してしまうことだろう。


「シャクナとリューナは下がれ! ハディス、俺達で抑えるぞ!」


「わかったわ!」


「わかりました……!」


「承知した!」


 仲間から口々に了承が返ってくる。

 リューナが堕天使から離れ、シャクナも妹を庇いながら距離を取った。

 下がった2人に代わって俺とハディスが前に出て、ヴェリアルに真っ向から立ち向かう。


 ヴェリアルに弱点はない。

 ただ力強い。ただ速い。これまでのボスモンスターのように特殊能力であったり、奇抜な攻撃であったりを使うことがない代わりに、特別な弱点が存在しない純粋な強者である。

 単純に強い。だからこそ奇策が通用しない厄介な敵。

 これまでの戦いで培った技と経験、そしてチームワークが試される集大成とも言えるボスモンスターであった。


「反撃の隙を与えるな! このまま畳みかけろ!」


「御意!」


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 俺とハディスはヴェリアルの周囲を回りながら、ひたすら攻撃を浴びせかけていく。

 ヴェリアルを挟むようにして、ハディスと対角線上に立つ位置関係を保つ。常にどちらかがヴェリアルの背後を取ることで、相手を翻弄しながら戦った。


『ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!』


 もちろん、ヴェリアルもただやられるだけではない。

 嘆きの声を放ちながら両手の剣を振り回して抵抗し、その斬撃は時に俺達の身体にヒットすることもあった。


「痛っ……!」


「回復します……ハイヒール!」


 被弾してダメージを負うと、すぐさまリューナが治癒魔法を使って回復してくれる。

 事前にバフをかけて防御力を底上げしていたおかげで耐えられるが、それがなければ回復が間に合わずに致命傷になっていた可能性もあった。


「ガードアップ! ラピッドフット!」


「援護するわ、戦士の舞踏――『アルダ・ファーレス』!」


 もちろん、補助魔法の効果が切れるたびにリューナとシャクナがバフをかけなおす。

 マーフェルン姉妹が後方でバフをかけ続けてくれるおかげで、常に能力を向上させた状態で戦うことができた。


「黒狼斬!」


「パワースラッシュ!」


『イイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 俺とハディスはひたすら、ひたすらヴェリアルの体力を削っていく。

 弱点のない堕天使のボスモンスターは一発逆転の大技を放つこともできず、時間をかけて追い詰められていく。


『ヒイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 それでも、ヴェリアルは抵抗を続ける。

 現時点では戦いを優位に進めることができているが、一瞬でも気を緩めれば逆転されかねない。ヴェリアルの大剣にはそれだけの圧迫感と威力があった。

 綱渡りじみた気の抜けない攻防。精神の削り合いのような熾烈な戦いが時間の感覚を失わせる。


 体感にして数分にも数時間にも感じられる戦いが続いていき……ようやく、タフな悪魔との戦いに終わりが見えてきた。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 ヴェリアルが突如として両手の剣を投げ捨て、天井に向けて絶叫を放った。

 同時に……漆黒の羽が抜け落ちて、代わりに真っ白に光り輝く翼が生えてくる。罅割れた仮面がバラバラに砕け散り、天女と見間違えるほどの美貌が姿を現した。


 力天使ヴァーチュースヴェリアル。

 ボスモンスターのお約束。おまちかねの第二形態の登場である。






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