第63話 力天使ヴェリアル


「ようやく底が見えてきたか……待ちくたびれたぞ、タルタロスの管理者。冥府に君臨する始まりの天使よ!」


 輝かんばかりの天使の姿に変身したヴェリアルを見やり、俺は牙を剥いて笑った。


 仮面をつけた堕天使の姿であった悪魔がまるで天使のような姿になり、青白い炎を全身に纏っていく。

 人間離れした美貌には深い悲しみの表情が浮かんでいる。まるで人間の愚かしさを嘆き慟哭しているようである。


「バスカヴィル様……」


「心配はいらない。そのまま後方支援に専念しろ」


 背中にかかるリューナの不安げな声に、俺は振り返ることなく応えた。


 変貌した守護者……力天使ヴェリアル。堕天使となる以前の力を取り戻した冥府の管理者たる天使。

 大剣を捨てたヴェリアルは、まるで命を燃焼させているかのように全身から青白い炎をほとばしらせている。

 第二形態になったからといって、決して特別な攻撃手段が加わるわけではない。

 ただ……パワーとスピードは大きく上昇しており、ただでさえ強い悪魔がより強化されたパワーファイターに進化している。


「下がれよ、ハディス……ここからは俺がる」


「承知した……くれぐれも気をつけて」


「誰に言ってやがる。俺だぞ?」


 俺は冗談めかした口調でハディスを下がらせ、大きく息を吸って叫んだ。


「オーバーリミッツ――冥将獄衣!」


 そして、秘奥義である大技を発動させた。

 地獄の底から噴き出してくるような凶々しいオーラが俺の身体を包み込み、鎧となって覆い尽くす。

 第二形態となったヴェリアルの攻撃は一撃必殺。タンクであるハディスでさえ、まともに喰らえば体力の大半を削られてしまう可能性がある。

 ゆえに、俺は最初から第二形態に変身したら一人で戦うつもりだった。

 最強の奥義を発動させ……全身全霊を込めて!


『イアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


「さあ、闘ろうか。いい加減に太陽が恋しくなってきたから、お前を殺って引き上げさせてもらう……死んでいいぞ?」


 俺は牙を剥いて笑って、邪悪なオーラを纏った剣で斬りかかった。

 青白い炎ごとヴェリアルの身体を斬り裂く。血液の代わりに赤い炎が傷口から噴き出す。


『ウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 ヴェリアルの手に光り輝く剣が現れた。さっきまで持っていた剣のような曲刀でなかう、フェンシングのような形状の細長い剣だった。

 鋭くとがった先端が目にも止まらぬ速さで繰り出され、俺の肩を貫いた……が、構うことなくヴェリアルの頭部を殴りつけた。


『イアアッ!?』


「効かねえんだよ、男は根性だ!」


 第二形態になったヴェリアルの属性は『光』。俺にとって弱点属性である。

 剣で貫かれた肩からはジンジンと痛みが伝わってくるが……無視して連続攻撃を叩きこむ。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 斬る、殴る、蹴る、打つ、穿つ、放つ、撃つ……俺は休むことなく攻撃をひたすら繰り出した。

 ヴェリアルとて無抵抗ではない。何度も反撃を喰らってしまうが構うことはない。どうせオーバーリミッツ発動中は致命傷を負ってもHPがゼロになることはないのだから。

 消耗しても、どうせリューナが回復してくれるだろう。ヴェリアルさえ倒せるのならそれでいい。戦いが終わった瞬間に倒れたとしても問題はなかった。


たおれろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


『ヒイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 それはまるで獣の喰い合いのような戦いだった。優雅さとはかけ離れた泥仕合。ノーガードで殴り合うだけの原始的な殺し合い。

 まるで二匹の餓狼がお互いの身体を共食いするように、俺とヴェリアルはひたすら攻撃の応酬を繰り広げる。


『イ……ガッ……』


 先に限界を迎えたのはヴェリアルのほうだった。

 青白い炎が消滅する。白い天使の身体がグズグズと音を鳴らして黒ずんでいき、燃えカスのように身体の端から砕け散っていく。


「じゃあな……そこそこ楽しかったぞ。レオンよりはマシだった」


 俺はトドメの一撃を相手の胸に叩きこむ。

 心臓を剣で貫かれたヴェリアルがサラサラと完全な灰となって砕け散り、ボス部屋の中央に宝箱が出現する。


「オーバーリミッツ、解除……ハア、ハア、ハア、ハア……」


 オーバーリミッツを解いた俺は、膝に両手をついて荒い呼吸を繰り返す。

 久しぶりに全力で戦った気がする。全身を襲ってくる疲労と共に達成感が胸を満たしていく。


「さすがにしんどいな……だが、これで戦闘終了。ミッションクリアだ。リューナ、悪いんだが回復をして……」


 などと口にしながら、後ろで戦いを見守っている仲間を振り返る俺であったが……最後まで言い切ることはできなかった。


「なっ……!?」


 背後の光景に清々しい勝利の余韻が一瞬で吹き飛んだ。

 ボスモンスターを討伐した俺の背後では、予想外の事態が生じていたのである。


「HYUUUUUU! ナイスファイト! 大した戦いぶりだったぜ、お兄ちゃんよお!」


「クッ……離せ……!」


「バスカヴィル、様……!」


 いつからそこにいたのだろう……後ろに見知らぬ男がいた。


 上半身裸。下半身には黒いズボンをはいている。

 逆立つ真っ赤な髪、褐色肌の男は倒れたシャクナの胴体を踏みつけて身動きを封じており、リューナの首を右手でつかんで宙吊りにしている。


「カハッ……」


 そして……見知らぬ男の左手はハディスの胸を鎧ごと刺しており、心臓をまっすぐ貫通させていたのである。






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