第56話 賢人の遺産

 学園内ダンジョン『賢人の鍛錬場』の最上階の攻略に成功した。

 正直、即席パーティーでの攻略はかなり怪しい部分が大きく、新規加入メンバーである二人……特にシエル・ウラヌスの力を疑う場面も多かった。

 しかし、最後の最後のボス戦にて、彼女は見事に自分のポテンシャルを十全に発揮することができた。

 心配がないわけではないが……超難関攻略ダンジョンである『永久図書館』に入る資格はあるだろう。


「まあ、ギリギリの及第点だけどな。不合格寸前の補欠入学ってところだ」


「偉そうよね……随分と言ってくれるじゃないの」


 身も蓋もない評価を受けて、シエルが半眼になって睨みつけてくる。

 実際、そんな感じの評価なのだから仕方がない。

 コウモリに身体を弄ばれたり、幽霊に怯えて泣きが入ったり……活躍した場面よりも呆れさせてくれる場面の方が多かった。

 最後の最後のメインヒロインの一角たる意地を見せていなければ、容赦なく不合格を言い渡していたところである。


「これで攻略完了になりますわね。このまま帰るのかしら?」


 エレクトラが首を傾げて、訊ねてくる。


「いや、成功報酬を手に入れてからだ。せっかく、最上階まで来たんだから報酬を手に入れなくちゃ来た意味がない」


 俺は三人によって破壊され、横たわっているマシーン・オルフレッドの身体を調べた。


「ここを調べると……よし」


「あ、ゼノン様! 階段が下りてきましたよ!」


 エアリスが上を指差した。

 顔を上げると、上からゆっくりと回転しながら螺旋階段が下りてきている。

 マシーン・オルフレッドの頭部にあったボタンを押すことで装置が起動して、最上階のさらに上にある部屋への階段が現れるのだ。


「この上にこの学園の創設者の一人……賢人オルフレッドの研究室があるはずだ」


「ちょっと、バスカヴィル。貴方、どうしてそんなことを知っているのよ?」


「バスカヴィルだからだ。それ以上に理由なんてない」


 シエルに適当に答えておいて、俺はさっさと螺旋階段を上りはじめる。

 三人が遅れて、後ろに続いてくる。

 五十段ほどの階段を上っていくと天井部分に到着する。そこにあった扉を開くと、途端にホコリと古い本の匂いが鼻を突く。


「おお、さすがに汚れてるな……」


「この部屋は……?」


 俺に続いて、エアリスがその部屋に顔を入れる。

 そこはまさに『魔法使いの研究室』といった部屋だった。

 四方の壁の一つは木のテーブルが置かれており、フラスコや試験官などが並んでいる。

 他の三面の壁にはビッシリと本棚が設置されていて、歴史を感じさせる古い本が詰まっていた。


「これが賢人オルフレッドの……すごい、魔法使いにとっては宝の山じゃない……!」


「歴史的な価値も素晴らしそうですわ。まさか、王立スレイヤーズ学園の中にこんな場所があったなんて……」


 シエルとエレクトラも感動した様子で瞳を輝かせている。


 賢人オルフレッド。

 王立スレイヤーズ学園を建設した人間の一人であり、ゲームでは直接、登場しなかった設定上のキャラクターである。

 学園内にはこの研究室を始めとして、彼が残した痕跡や遺産がいくつも残されていた。

 どこぞの魔法学校のような仕掛けを解いて、学園内を探検していくというのがこのイベントの醍醐味である。


「ほれ、とっとけ」


「ひゃっ!」


 俺は机の下にしまわれていた木箱を取り出して、シエルに放った。

 シエルは木箱をどうにか落とさないように受け止める。


「ちょ……危ないでしょ! 投げないでよねっ!」


「いいから……さっさと開けろよ。良いもんが入ってるから」


「まったく……何なのよ……」


 シエルが木箱を開くと……中には豪勢な装飾が施された杖が入っていた。


「これって……」


「賢人オルフレッドの遺産の一つ……『魔杖ケーリュケイオン』だ」


 魔杖ケーリュケイオンはファンタジー好きな人間であれば、名前くらい聞いたことがあるだろう。

 ギリシア神話の神ヘルメスが所有しているとされる杖であり、木製の主部分に金属製の二匹の蛇が絡みつき、先端部分には金色の双翼が飾られている。


『ダンブレ』において、この杖はゲーム後半で登場する魔法使いの最強武器の一つ。

 魔法の威力を増幅させ、さらに消耗する魔力を2割減させる効果があった。


「これって伝説の……ほ、本当にいいの? 返さないわよ?」


「別に良い。『永久図書館』に入るのなら、必要になるだろう」


「ありがとう……嬉しいわ!」


 よほど嬉しかったのか、シエルは杖を抱きしめて感極まったような笑顔になる。

 大輪の薔薇が花開くような笑顔だった。


「…………」


 俺は何故か後ろめたい気持ちになって、その笑みから目を逸らす。


「ムウ……」


 目を逸らした先にはエアリスがいて、拗ねたような目でこちらを見つめてきていた。

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