第6話 勇者の妹


「そうか、ブレイブの妹だったのか……これは驚いたな」


「私も驚きました! お二人がお兄ちゃんと同じ学校に通っている同級生だなんて偶然です!」


「…………」


 俺のすぐそばでナギサとモニカ……レオンの妹が歓談している。

 まさか、悪徳貴族から助けた少女がレオンの妹であるとは思わなかった。本当に偶然というのは恐ろしいものである。

 聞けば、モニカは町に薬草を売りに来たところを誘拐されてしまい、地下牢に入れられてしまったらしい。

 ゲームのシナリオではゼノンに捕まって良いように弄ばれる彼女であったが、まさか捕まり癖でもあるのだろうか?


「お前はピーチ姫かよ……まったく」


「えっと……お二人はお兄ちゃんの友達なんですよね?」


「友達……?」


 可愛らしく小首を傾げて訊ねてくるモニカに、俺は顔をしかめた。

 レオンと俺との関係はなかなか言葉にしづらいものがある。

 友達というほど親しくはないが、敵というほど険悪でもない。

 仲間では決してないし、ただのクラスメイトと断じるには気持ちの悪いほど強い縁がある。


「友達ではないが……お互いに切磋琢磨しつつ、共通の目標に立ち向かっている同志……というところだろうか?」


「なるほど……つまり、ライバルなんですね!」


「ライバルか……」


 そう言われると、そんな関係がもっとも近いような気がする。

 少なくとも……レオンの方は俺のことをそういうふうに見ているだろう。


「あー……モニカと言ったな。君はどうしてこの町に来たんだ? 領主を訪ねていたようだが……家族はどうしたんだよ」


 レオンが暮らしていた村は王都寄りの場所にあるので、ここからかなり距離がある。少女が一人旅で来れるような場所ではなかった。


「もちろん、行方不明になった兄さんを探すためです! ここには叔父さんに頼み込んで連れてきてもらったんです!」


 モニカが間髪入れずに答える。


「兄さんが行方不明になったって聞いて、居ても立っても居られなくなっちゃって……それで行商人をしていた叔父さんに頼んで、ここまで来たんです!」


「それはまた……随分と無茶なことをしたな」


 この都はつい先日まで戦場だったのだ。安全が確保されたという保証だってないはず。

 そんな場所に勢いだけで来るだなんて……子供だからこそできる無茶である。連れてきた叔父とやらも何を考えているのだろう。


「叔父さんは丁寧にお願いしたら「うん」って言ってくれました! 叔母さん以外の女の人と歩いてたのを見たって話したら、すぐに頷いてくれたんです!」


「それは脅しだろうが……マジかよ、このガキ……」


 叔父の浮気現場を見てしまい、それをダシにしてここまで連れてこさせたのか……。恐ろしいほどの行動力。目の前の少女が主人公の妹であると改めて痛感させられてしまう。


「……レオンもよく無茶をするからな。おかげで玉を失いそうになっていたし」


「玉ですか?」


「ガキは知らなくていい……そうか、俺と目的は同じか」


 俺は少し考えて、モニカに提案する。


「だったら……お前も領主との面会に同席するか? レオンの安否を聞きに来たんだろう?」


「いいんですかっ!?」


「うおっと!?」


 モニカが前のめりになって詰め寄ってきた。

 俺は元気過ぎる小型犬に吠えられたような気持ちになりながら、軽く身体をのけぞらせる。


「ま、まあやることは変わらないからな。別に構わん」


「ぜひ同席させてくださいっ! よかった、これでお兄ちゃんの無事を確かめられる……!」


 無事でいるとは限らないのだが……それを口にするほど、俺も冷酷な性格ではない。

 そうこうしているうちに警備の兵士が門まで戻ってきた。小走りでかけてきた兵士は肩で息をしながら、俺達に向かって口を開く。


「りょ、領主様がお会いになるとのことです……! どうぞ、お入りになってください……!」


「ああ、ご苦労」


 俺はナギサとモニカを引き連れて公爵家の門扉をくぐった。

 当たり前のようについてくる平民の娘――モニカに兵士はわずかに表情をしかめたが、特に口出ししてくることはない。

 屋敷の中まで通された俺達は、執事服を着た男に応接間へと案内された。


「ああ、よくぞ来てくれたな。バスカヴィル侯爵殿」


「ん……?」


 応接間で出迎えてくれたのは二十代くらいの年齢の若い女性だった。

 亜麻色の髪を後頭部に結っており、何故か男性物のスーツを着ている。

 中性的な顔立ちの男なのかと一瞬思ったが……スーツの胸元を押し上げる膨らみから、女性であることに疑いようがなかった。


「王都からこんな辺境まで長旅だったことだろう? 出来ることなら公爵家をあげて歓待させていただきたいのだが……すまないね。戦後処理で忙しくて、宴の一つも開いてあげられないんだ」


「お心遣い痛み入る……が、貴殿はどなたかな?」


 失礼を承知の上で、俺は訊ねた。

 ゲームに登場したアルテリオ公爵はロマンスグレーの髪とヒゲの中年男性だったはず。決して、目の前に立っているような若い美女ではなかった。


「すまない、申し遅れたな」


 女性は胸元に片手を添えて、紅を塗った唇の端を嫣然として上げる。


「私の名前はクリスロッサ・アルテリオ。戦死した父に代わってアルテリオ公爵家を継いだ、新たな当主である!」

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