第7話 アルテリオ公爵

「戦死だって……? まさか、先代の当主は亡くなったのか!?」


「ああ、知らなくても無理はないな。国王陛下にも文をしたためて報告したばかり。まだ話は広まっていないだろうから」


 驚く俺に、クリスロッサと名乗った女性が落ち着いた口調で説明する。


「前・アルテリオ公爵――グレインスル・アルテリオは先日の戦いにおいて前線で指揮を執り、敵将の攻撃によって落命している。正式な叙爵はまだだが……すでに後継者として指名されていた私が公爵家を継ぐことになったのだ」


「そうか……それはお悔やみを申し上げる」


 俺は頭を下げながら、予想外の事態による動揺を鎮める。

 アルテリオ公爵は防衛戦において指揮官として登場したが、都が落城する場合を除いて死ぬことはないNPCだった。

 ゆえに、都市の防衛に成功している現状でも生き残っていると思っていたのだが……ゲームとは異なり、戦死しているらしい。


「む……」


 予想外ではあるが……とりあえず、俺がするべきことに変わりはない。

 アルテリオ公爵にレオンの生死について訊ねる。質問する相手が前・当主であろうと、現・当主であろうと変わりはないだろう。


「当主が亡くなられて、さぞや忙しくされていることだろう。こんな時に邪魔をしてしまって申し訳ない」


「お父君は立派な武人だったのだろう。遠目で見ただけだが……あれほどの御仁を失ってしまうとは、誠に惜しいことだ」


 俺に続いて、ナギサも弔いの言葉を口にする。

 ナギサは実際に前・当主の武勇を目にしており、死を悼む気持ちも強いのだろう。


「ああ……娘の欲目もあるが、立派な男だったと思っている。こんなにも早く喪ってしまったのが残念だよ」


 などと言いながらも、クリスロッサがそれほど悲しんでいるようには見えなかった。

 怜悧な美貌はどこか冷めており、他人事のような空気が感じられる。


「…………?」


 俺は不思議に思いながらも……そこを突っ込むことはしない。

 どう考えても本筋から外れた余談だし、親子関係なんて他人からはわからないものである。

 バスカヴィル家だってとんでもなくこじれていたし、他家について口出しするような立場ではないだろう。


「それで……バスカヴィル侯爵殿はどのような用件で参られたのかな? まさか、魔物に襲われたばかりの町に観光に来たわけでもあるまい?」


「ああ……単刀直入に用件を言うが、俺はレオン・ブレイブという男について知りたくて来た。奴が生きているのかどうか……知っていることを教えてもらえないだろうか?」


「…………!」


 背後でモニカが緊張に身体を強張らせているのがわかった。

 兄の安否が知りたくてはるばるやってきたとのことだが……やはり、知るのが怖くもあるのだろう。


「レオン・ブレイブ……勇者の末裔である少年か。彼がいなければ、この都は魔族に落とされていたかもしれない。いくら感謝しても足りないな」


 クリスロッサが沈痛な面持ちでつぶやきながら、俺達にソファに座るように促してくる。

 指示されたように座ると、応接間まで案内してくれた執事が茶を淹れはじめた。


「あの少年は魔族の敵将――ボルフェデューダと名乗っていた男を刺し違えて、戦いの最中に開いた大穴に落ちていったと聞いている。穴の内部には冒険者などを捜索にやったが……良い報告は上がってきていないな。送り込んだ冒険者らが怪我をして帰ってきただけだ」


 城壁の地面に開いた大穴――『アルテリオーレの奈落』はシナリオ後半で行けるようになる高レベルダンジョンだ。並の冒険者では攻略できまい。

 調査は難航しており、レオンの生死も不明のままのようである。


「死体も見つかってはいないので死亡確認はされていないが……仮に生きていたとしても、大穴は魔物の巣窟だ。無事でいるとは思えない」


「そんな……お兄ちゃんが……!」


 隣に座ったモニカが項垂れる。

 幼い少女の目じりには涙まで浮かんでおり、今にも零れ落ちそうだ。


「兄……そちらの娘はブレイブ少年の妹なのか?」


「そうらしい。名前はモニカ・ブレイブという」


「そうか……」


 クリスロッサが痛ましげに瞳を細める。

 父親の死を語っていた時よりも、よほど感情が込められていた。


「君の兄君のおかげで我が領地は救われた。心より礼を言う」


「…………」


「後ほど、君の家に十分な額の恩賞を届けさせよう。金品などで兄君の命の代えにはならないだろうが……何かの足しにしてくれると有り難い」


「…………」


 労わるようなクリスロッサの言葉に、モニカは項垂れたままである。

 兄に向けられた賞賛を喜ぶよりも……レオンが死んでいるかもしれないことがショックなのだろう。


「なるほど……用件はこれで終わりだな。わざわざ時間を作ってもらったことに感謝する」


 俺は溜息を一つ吐いて、ソファから立ち上がった。

 執事がティーカップに入った紅茶を持ってくるが、軽く手を振って断っておく。


「忙しいところを話し相手になってくれた例だ。バスカヴィル侯爵家からも復興費用を寄付させてもらう」


「いや……そちらの娘、ナギサ殿も活躍されたと聞いている。恩賞もまだ与えられていないというのに、寄付金を受け取るわけには……」


「必要だろう? その恩賞を兵士や冒険者に行き渡らせるためにもな」


「……お心遣い、痛み入る。この恩は忘れない」


 クリスロッサが頭を下げて礼を言う。

 城壁が崩され、大勢の兵士や冒険者が怪我をしたり命を落としたりした。

 しばらくは交易都市として機能せず、収入もなくなるだろうし……復興費用はいくらあっても足りないだろう。

 王家や他の貴族らも出すのだろうが、先んじてバスカヴィル侯爵家で出させてもらうとしようか。


「その対価というわけではないのだが……例の穴に入る許可をもらえないだろうか?」


「穴に……? 別に構わないが、まさか……?」


「ああ、そのまさかだ」


 俺はいまだ座り込んで項垂れているモニカの頭に手を乗せる。


「自分の目で確かめなくちゃ気が済まない性格なんだ。レオンのことは俺が探しに行くことにする」


「ゼノンお兄さん……!」


 モニカが希望を込めた目で見上げてくる。

 キラキラと輝く瞳に苦笑しつつ、「あまり期待するなよ」と金色の髪を掻きまわしておいた。

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