第79話 邪悪なる剣士


「先行する! エアリスと一緒に後から来い!」


「承知した!」


 1人だけスピードが遅いエアリスをナギサに任せて、俺は先に崖を駆け降りる。


「『ブラックコート』!」


 足を止めることなく魔法を発動させる。

 布のように薄っぺらな闇が俺の身体を覆っていき、外套となって覆い隠す。

 魔物から姿を隠して、一時的に標的タゲを無効化する闇魔法である。これで下で戦っている何者かに気がつかれないように接近できるだろう。


 崖下にたどり着くと――そこでは、見慣れた少年が敵と交戦していた。


「くっ……このおおおおおおおおおおっ!」


 裂帛の気合と共に白い斬撃が放たれる。

『剣術』と『光魔法』を組み合わせた魔法剣を放ったのは、我らが主人公であるレオン・ブレイブだった。

 どうやら……いつの間にかレオンは俺達のパーティーを追い抜いて先に進んでおり、マルガリタ峡谷の深部まで到達していたようである。

『光魔法』がアンデッドに対して有効であることを考慮しても、相当に頑張ってここまでたどり着いたのだろう。よほど公園での挑発が堪えたに違いない。


「っ……!?」


 だが……本当に驚かされたのはここから。

 レオンと戦っていたのは、予想だにしない相手だった。


「ああっ! 悲しい……我は悲しいぞ! 貴様の弱さが悲しい!」


 その相手は芝居がかった口ぶりで叫びながら、手に持った武器で光の斬撃を弾き飛ばす。

 無駄のない素早い動き。それは理性のないアンデッドには到底不可能なものであり、レオンと戦っているのが生きた人間であることを如実に語るものである。


 レオンが戦っているのは人間。20代ほどの若い男……のように見える『ナニカ』であった。

 真っ白に染まった髪を頭の後ろで結んでおり、顔立ちは流麗。役者のように整ったものだった。しかし、赤い2つの瞳だけが恐ろしく冷たく、獲物を嬲る酷薄な色を湛えている。

 男は濃紺色の外套を羽織っており、左手に日本刀のような片刃の剣を握っていた。対して、右側の袖はから。男の動きに合わせて袖がフワフワと舞っており、どうやら右腕が肩から切断されているようだった。


「それで終わりか、未熟でか弱い勇者の子孫よ! そんな温い攻撃では我を倒すことなど永久にできぬぞ!」


「つ……強い……! だけど……負けられないっ!」


 レオンが荒い息を吐きながら、疲労に歪んだ顔で男に斬りかかる。


「悲しい悪あがきだな! 無様極まりない」


 だが……苦し紛れに放った一撃はあっさりと避けられてしまい、すれ違いざまに男の蹴撃がレオンの背中に叩き込まれる。


「カハッ!?」


「レオンくん!」


 蹴り飛ばされて地面を転がっていくレオンに、高い声音の悲鳴が投げかけられる。

 声を上げたのは、少し離れた場所にいたメガネのおかっぱ少女。レオンの新しい仲間であるメーリア・スーだった。

 メーリアは地面にしゃがみ込んでおり、その前にはシエル・ウラヌスが気を失って倒れている。どうやら、メーリアはシエルの手当てをしているようだ。

 シエルの胸部は血に染まって紅くなっており、顔は真っ白になっていた。浅く胸元が上下していることから死んではいないようだが、かなり危険な状態に見える。


「これ以上……僕の仲間には手出しはさせない……守るんだ、絶対に守るんだ……!」


 レオンは地面を転がって泥だらけになりながら、毅然と立ち上がって剣を握る。

 どうやら、レオンは仲間を庇って1人で戦っているようだ。


「フッ……悲しいな。仲間を守れない貴様の弱さが悲しい!」


「黙れええええええエエエエエッ!!」


 レオンと男は再び、剣をぶつけ合う。

 必死な形相のレオンに対して、男は余裕綽々に薄笑いを浮かべている。

 実力の差は歴然。明らかに、レオンは格上の敵にもてあそばれていた。


「冗談だろ……何でアイツがここにいやがる……!」


 俺は戦いから距離をとり、魔法で姿を隠したままひっそりとつぶやく。

 レオンと戦っている敵には見覚えがある。あの男もまた『ダンブレ』に登場する敵キャラだった。


 男の名前は『シンヤ・クシナギ』。

 魔王軍に所属するボスキャラにして、最高幹部である四天王の一角。

 人間でありながら力を求めて悪魔と契約を交わし、『魔人』となった堕落の剣士。

 本来であればシナリオ後半で戦うことになる敵であり、序盤の主人公では逆立ちしても勝つことはできない強敵だった。


「最悪だ……まさか、どうしてこのタイミングでこの男が……俺はどこで選択をしくじった? コイツが出てくるようなフラグを知らないうちに踏んでたのか!?」


「む……我が師は何処へ行った?」


「ぜ、ゼノン様……?」


 自問しているうちに、ナギサとエアリスが追いついてきてしまった。

 2人は少し離れた場所で立ち止まり、姿を消している俺を探して周囲に目を走らせる。


「っ……!?」


 やがて、その視線がシンヤに向けられる。

 剣を交えているシンヤとレオンは気がついていないようだが、2人からはレオンが戦っている相手の姿がはっきりと見えていた。


「あ……」


「ナギサさん?」


 レオンに剣を向けている隻腕の優男――それに顕著な反応を示したのはナギサの方だった。

 ナギサは切れ長の瞳を極限まで見開き、唇をワナワナと震わせる。

 優美に整った顔に浮かんでいる感情は、驚愕、恐怖、憎悪、後悔、そして……


「はっ……ははっ、あはっ! アハハハハハハハッ!」


 凄絶なほど激しい歓喜だった。

 同居生活を始めて以来、見たこともないほど喜びの感情を剥き出しにして、ナギサは哄笑する。


「アハハハハッ! 見つけた……見つけたぞ! 父上の仇、流派の仇!!」


「あ……!?」


「怨敵――奇那岐クシナギ真夜シンヤ! 覚悟おおおおおオオオオオオッ!」


 ナギサがエアリスを置き去りにして、シンヤに向けて一直線に駆けていく。


 そう――あの男、シンヤ・クシナギこそがナギサの父親を殺害した犯人であり、ナギサがはるばる極東の国から追い求めてきた仇敵だったのである。


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