第42話 王の無理難題

「『永久図書館』に入ることが許されているのはごくわずか。王族であっても、国王である余の許可がなければ、足を踏み入れることが叶わぬ場所だ。いかに王家の影であるバスカヴィル家の当主であったとしても……家督を継いだばかりで信用の薄いそなたに容易く許可は出せぬ」


「…………」


「ゆえに、そなたの力と忠義を確かめさせてもらいたい。これから、余が下す命令を果たしてもらう」


「やっぱりか……」


 俺は国王に聞こえないようにつぶやき、気疲れから視線を床に落とした。


 スレイヤーズ王国国王ジュリアス・ジ・スレイヤーズ。

 この男はクレイジーな性格をしており、他人に対して難題を吹っかけることを趣味としていた。


 RPGが好きな人間ならば経験があるだろう。

 魔王討伐のため、世界平和のためにと必死になって戦っている主人公に対して、外野のキャラクターが余計な問題を吹っかけてくることがある。

 どうして、世界のために頑張っているというのに邪魔するようなことをするのだ。

 こっちは世界のために命懸けで戦ってるんだよ。条件とか付けずに、大人しく天空の〇を寄こせや……などと悪態をついたことが、誰だってあるはず。


 ジュリアス・ジ・スレイヤーズもまた、そうやって勇者に余計な仕事を押しつけてくるタイプのNPCだった。

 ゲームではイベントでジュリアスに頼みごとをすることが何度かあるのだが、そのたびにこの国王は条件として厄介事を押しつけてくるのである。


「さて……何を頼もうか。『永久図書館』への立ち入り許可を与えるのだ。それなりの課題でなければなるまい」


 国王が意地悪そうに言いながら、顎髭を掌で撫でつけた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべる国王は心から楽しそうだ。

 こっちは勇者を復活させるために必死だというのに、本当に性格の悪いことである。


「ゼノン様……その、大丈夫でしょうか?」


「…………」


 ここまで黙っていたエアリスが心配そうに訊ねてくる。

 俺は無言で肩をすくめて応え、王の言葉を待つ。


「そうだな……では、国王である余でさえ、容易く手に入れることのできない『食宝しょくほう』を献上してもらおうか」


「…………」


「世界最大の昆虫種の一匹。伝説の女王蜂であるクイーンビーが産み落とす至宝……『王蜜』を献上してもらう!」


「はい、どうぞこちらに」


「は……?」


 王が命じると同時に、俺は事前に用意しておいたアイテムを差し出した。

 白い布に包まれた卵の殻……そこについた真珠のように輝く液体を目にして、国王が目を皿のように丸くする。


「それは……は……え……ほ、本物か?」


「どうぞ確認を」


 俺は驚きのあまり固まってしまった国王から、隣に控えている大臣に視線を移した。

 大臣は王の顔を一瞥してから、こちらに歩み寄り、俺が差し出したアイテムを手に取った。

 懐からモノクルを取り出してアイテムを見つめ……やがて、王を振り返って口を開く。


「間違いなく、本物です。クイーンビーの至宝……『王蜜』に間違いありません」


 当然だ。

 レオンの故郷であるコラッジョ村……その近くの森に生息していたクイーンビーを倒して、採ってきてアイテムなのだから。


「まさか、すでに所有していたとは……流石はガロンドルフの息子、やるではないか」


「お褒めいただき、光栄でございます。それで図書館への許可は……」


「じゃが、これだけでは足りぬぞ! 次は大海に棲む伝説の怪魚……『バハムートフィッシュ』の鱗をとってきてもらう!」


「はい、こちらにご用意しております」


「なあっ!?」


 俺は間髪入れずに品を献上した。

 一度ならずも二度までも……打てば響くような速さで無理難題を攻略されて、国王が玉座の上で身体をのけぞらせる。


「い、いやいや……これで終わりではないぞ。忠義を示すためにはまだ足りぬ……!」


 国王はさらに要求を繰り出してくる。


 極寒ペンギンの尻の羽。

 スケルトン・ドラゴンの喉頭骨。

 白銀妖精の魔粉。

 双頭ユニコーンの尾毛。


 俺は国王から要求されたアイテムを次々と取り出して、国王の前に献上していく。

 王に対価として求められるアイテムは事前にわかっていたから、用意しておくことができた。

 ほとんどのアイテムは引き継ぎアイテムとして所持していたので問題ないが……『王蜜』だけは手持ちがなかったので、コラッジョ村への訪問は渡りに船のイベントだった。


「ぬう……まさか、このアイテムも所持しているとは……」


「もう良いでしょう、国王陛下。そろそろ許可をいただけますか?」


 玉座に座ったまま項垂れる国王に、俺は控えめに声をかけた。


「よもや、これだけの品々を献上して『忠義と実力に疑いあり』……とは言わないでしょうね」


「……そうだな、問題はない」


 国王は観念したように肩を落とす。

 よほど俺に無理難題を課して困らせたかったのだろうか……一国の王ともあろう者が、何と性格のねじ曲がっていることか。


「……ハア、いいだろう。許可を出してやる」


 やがて国王が無念そうな顔でそう宣言した。


「ゼノン・バスカヴィル……そなたに『永久図書館』への立ち入りを許可する」


「ありがたき幸せ。今後も忠義に励ませていただきます」


 狙い通りの結果を手にして、俺はご満悦な気分で頭を下げた。

 隣にいるエアリスもまた同じようにお辞儀をする。


 こうして、レオンを助けるための第一段階……『永久図書館』への道が開かれたのである。

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