第1話 ゼノン・バスカヴィル


「気絶することもないだろう……ここまで怖がられると、さすがに落ち込むぞ?」


 小さな石造りの部屋の中。1人残らず気を失っている子供達を見下ろして、俺は深々と溜息をつく。

 自分の顔が怖いという自覚はある。だから、できるだけ子供とは目を合わせないように下のだが……それでも耐え切れずに気絶してしまったらしい。


「……やはり俺はレオンとは違うな。どれほど仏心を出して人助けをしたとしてもヒーローにはなれないらしい」


 何故だかわからないが急に自己紹介をしなくてはいけない気がしたので、改めて名乗らせてもらおう。


 俺の名前はゼノン・バスカヴィル。スレイヤーズ王国において侯爵家の位階を授かった貴族家の嫡男……改めて、現当主である。


 俺の生家であるバスカヴィル家はこの国において『悪の化身』として恐れられており、奴隷売買や暗殺ギルド、違法な薬物やアイテムの取り扱いなど、あらゆる悪事の裏で糸を引いていた。

 だが……その実態は国王陛下直属の影の組織。スレイヤーズ王国内に存在するあらゆる悪を統制し、管理することを使命とする秘密結社の元締めである。


 そんな特殊な家に生まれ育った俺は、1ヵ月ほど前に父親であるガロンドルフ・バスカヴィルとの決闘に勝利して、家督を継ぐことになった。

 現在は王都にある学校に通いながら、バスカヴィル家の当主としても活動している。


 しかし、そんな俺にはもう1つ秘めたる正体が存在した。

 俺の正体はこの世界に生まれ変わり、『ゼノン・バスカヴィル』という青年の身体を乗っ取った転生者である。前世では日本で暮らしているごく普通のサラリーマンで、ゲームを趣味としていた。

 さらに補足すると、この世界は俺が日本にいた頃にプレイしていた『ダンジョン・ブレイブソウル』というゲームと酷似している。

『ゼノン・バスカヴィル』もまたゲームの登場人物であり、物語の中心人物である『レオン・ブレイブ』のヒロインを寝取るもう1人の主人公だった。

 ゼノンによってヒロインを全て奪われたレオンは魔王を復活させてしまい、この世界は滅亡に追いやられるというのがゲームのエンディングだったのだが……鬱展開が嫌いな俺は『ゼノン・バスカヴィル』を忠実に演じるつもりはない。ヒロインを寝取るつもりもないし、この世界を破滅に導くつもりもなかった。


 俺の目的はただ1つ。

『ゼノン・バスカヴィル』としてこの世界を生き抜き、復活した魔王を倒して平和を取り戻すことである。

 悪役であるはずのゼノンが勇者のレオンを出し抜いて世界を救う……これほど痛快なことはないだろう。


 魔王を倒す──その目的のために、俺は今日もバスカヴィル家の当主として『悪』を捌きながら、魔王軍配下の魔物と戦い続けているのであった。


「とか何とか言ってみて……子供に怯えられて気絶される俺。救おうとした人間にまで怖がられるとかガチでへこむよな……」


「ご主人様が落ち込んでますのー。慰めてあげますのー」


 鬱屈した気持ちになって肩を落としていると、軽やかな声と共に腰に小さな衝撃があった。

 視線を下ろすと、白い髪の小柄な美少女が俺に抱き着いている。


 ウルザ・ホワイトオーガ。

 俺が奴隷オークションで購入した娘であり、ダンジョンを冒険する時にはいつも連れ歩いているパーティーメンバーだった。


 ウルザは黄金の瞳で俺を見上げ、幼い相貌にニッコニコの満面の笑みを浮かべている。

 だが……そんなウルザの服は真っ赤な鮮血に染められており、毒々しいまでのまだら模様になっていた。


「……随分と服が汚れているな? 何人、殺ったんだよ?」


「15人ですの! ナギサさんとどっちがたくさん潰せるか競争して、ウルザが勝ちましたの!」


 子猫が飼い主に甘えるような仕草で、ウルザがスリスリと俺の胸元に顔を擦りつける。


「今夜はウルザがお夜伽をしますのー。勝者の特権ですのー」


「…………そうかよ」


 俺は長い沈黙の後で、それだけ答えた。


 奴隷でありパーティーメンバーでもあるウルザであったが……彼女は頻繁に身体を重ねている愛人でもあった。

 幼い少女と淫行におよぶなんてクズ野郎め……とか思われそうだが、ウルザの実年齢は俺よりも上。いわゆる合法ロリというやつなので許してもらいたい。


 ちなみに、俺にはウルザの他にも同居して肉体関係を持っている女性が3人ほどいるが……流石にそれは許してもらえない気がする。


「……まあ、どんな色好みのハーレム野郎でもコイツに比べればマシだろうよ。この獣以下の下種野郎に比べれば、俺なんて聖人みたいなものだ」


 俺は床に転がっている『モノ』を見下ろして、忌々しげに舌打ちをする。


 床に転がっている男の名前はベロンガ・ジャクソルト。

 裏社会において『人喰い伯』と呼ばれている最悪の悪党だった。

 この男は部下を使って子供を……特に十歳前後の少女を誘拐しており、その肉を喰らうという悍ましい趣向を持っている。

 その被害を受けた子供は100とも200とも呼ばれており、忌々しい所業から恐れられていた。


 伯爵の名の通り貴族であるジャクソルトであったが……この国、スレイヤーズ王国の人間ではない。

 ジャクソルトは北の隣国である『マーフェルン王国』に領地を持つ貴族であった。

 マーフェルン王国はスレイヤーズ王国よりも身分制度が厳しく、貴族が犯罪まがいのことをしたとしても無罪放免になることが多い。

 それ故に、ジャクソルトのようなクズが生まれることがあるのだが……他国にやってきてまで同じことをして穏便に済むわけがない。


「……この国にまでやってきたのは間違いだったな。テメエが自分の国で何をしようが勝手だが、スレイヤーズ王国の闇夜はバスカヴィル家のナワバリだ。好き勝手に荒らしておいて生きて帰れると思ったことが間違いなんだよ」


 ジャクソルトは母国でも子供を攫っては殺して喰うという悪逆非道を尽くしていたのだが……最近になって何故かスレイヤーズ王国に侵入し、同じような犯罪に手を出していた。

 手ごろな屋敷を金で買い、子供を攫ってきて地下室に監禁するようになっていたのである。

 その結果、バスカヴィル家の捜査網に引っかかることになり、こうして粛清されることになったのだ。


「……どうしてこのクズ野郎がウチの国までやってきたかは知らんが、それは死体を尋問してみれば・・・・・・・・・・わかるだろう。後のことは任せたぞ!」


「ハッ! 承知いたしました!」


 ウルザに続いて後から地下室に下りてきたバスカヴィル家の部下に子供達のことを任せ、俺は階段を昇っていく。


 今夜も道を踏み外した『悪』を粛清した。これでまた、スレイヤーズ王国の夜は平穏を取り戻すことだろう。


「帰ったらいっぱエッチしますのー。今日こそ、ご主人様の子鬼・・ができるといいですのー」


「……避妊はさせろ。この年で父親になる覚悟はねえんだよ」


 どうやら──『夜』の仕事はまだ終わっていないらしい。屋敷に帰ってからも一悶着ありそうだ。

 俺は鬱屈したため息をつき、ご機嫌な顔でついてくるウルザの頭を掌ではたくのであった。

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