第38話 悪魔の巣窟

 EXレベルダンジョン──『サロモンの王墓』

 魔術王と呼ばれたサロモンの魂が眠っているそのダンジョンは、地獄から呼び出された無数の悪魔が守っている。

 ゲームでは何度となく挑戦しており、階層の構造もおぼろげだが記憶していた。俺を先頭にして、一行は『王墓』を奥へ下へと進んでいく。


「フッ!」


「ハアッ!」


 俺が振るった剣が通路に立ちふさがる敵を切り裂く。

 同時に、少し離れた場所からシャクナが鞭で頭部を狙う。


 俺達の前には人間の胴体に蠅の頭を持った悪魔が立ちふさがっていた。

 俺が前衛アタッカーとして最前線で戦い、シャクナが中距離から剣舞と魔法でサポートをする。

 ヒーラーであり、パーティーで唯一の下位職であるリューナは後方に下がっており、『聖騎士』であるハディスが壁となって立ちふさがっていた。


「喰らいなさい!」


「キシイイイイイイイッ!」


 前方に飛び出したシャクナの斬撃により、頭蓋を砕かれた蠅頭の悪魔が仰向けに倒れた。

 絶命した悪魔は白い煙になって消えてしまい、ドロップアイテムの虫の羽だけが残される。


 王墓に入ってから何度となく見た光景である。

 遺跡の地下へと潜ってからというもの、見るだけで正気を削られるような不気味な怪物が立て続けに現れている。

 彼らはサロモンによって召喚された悪魔──あるいは、その眷族である。


「悍ましい怪物ね……どうして、伝説の魔術師であるサロモン王はこんな化け物を地上に呼び出したのかしら?」


 消えていく怪物を見つめながら、シャクナが気味悪そうにつぶやいた。

 姉の質問に、後ろに控えていたリューナが口を開く。


「1000年前、サロモン王がいた時代は多くの王朝が乱立して、限られた豊かな土地を巡って争っていたそうです。サロモンは終わることのない戦乱を終わらせるために地獄の軍勢を召喚して、この地を治めました。この遺跡も元々は、呼び出した悪魔が悪さをしないように閉じ込めておくためのものだったと聞いています」


「自分が呼び出した悪魔を閉じ込めておくなんて、おかしな話ね? 用が無くなったのなら地獄に追い返せばいいのではないかしら?」


「サロモン王が統一王朝を築いてからも、反発する人間、反逆を目論む人間は多かったそうです。反乱分子への牽制のためにも、悪魔を地獄に還すわけにはいかなかったようですね」


 その話は設定資料で呼んだことがある。

 悪魔の力を借りて砂漠を制覇したサロモンであったが、晩年は反逆と暗殺に怯える日々だったようだ。


 圧倒的な武力で変革を起こした支配者なんて、大抵の場合、最後には暗殺反逆で命を落としてしまう者である。

 織田信長が明智光秀に殺されたように。カエサルが仲間に刺殺されたように。秦の始皇帝やアレキサンダー大王にだって暗殺説が存在する。

 サロモン王もまた、自分が滅ぼして征服した王朝の残党や、玉座を狙う部下や身内に怯えていたのだろう。


「ですが……それが間違いだったようです。サロモン王は悪魔を地獄に帰すことなく病没し、結果として遺跡には無数の悪魔が残されました。悪魔は遺跡から外に出ないことと引き換えにサロモンの遺骸を引き渡すことを要求し、後継者となった次代の王はそれを了承しました。サロモンの魂は骸と共に遺跡に葬られることになり、今も悪魔と一緒に閉じ込められているそうです」


「…………」


 俺は知っている。

 サロモンは遺跡の最奥から出ることもできず、今もなお苦しみ続けているのだ。

 サロモンは悪魔に愛された男。悪魔は愛するサロモンを神の手に渡さぬために、自分達もろとも『王墓』に閉じ込めたのである。


「ヤンデレだよな……おっかねえ」


 俺は顔を引きつらせてつぶやいた。

 何故だかわからないが……他人事のような気がしない。

 愛されているがゆえに監禁されて、永遠に閉じ込められるとか、いつか我が身にも降りかかってきそうである。


 正体不明の恐怖に顔を蒼褪めさせていると、リューナが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「どうかしましたか、バスカヴィル様?」


「いや……」


 俺は首を振った。

 大丈夫だ。心配しなくても、ウルザもレヴィエナもそんなことはしない。彼女達は忠臣だ。俺を意に反して閉じ込めるようなことはしない。

 ナギサだって大丈夫だろう。エアリスは…………あれ?

 何故だろうか。エアリスに監禁されて、昼となく夜となく性行為を迫られている自分のビジョンが浮かんできたのだが……これは果たして、俺の妄想なのだろうか?


「不味い……物凄く恐ろしくなってきた」


 ある意味では、このダンジョンにいる悪魔よりもよっぽど恐ろしい。

 どうして、信頼すべき身内のほうが地獄からの使者に思えてしまうのだろうか?


「心配しなくても大丈夫です。そんなに怯えた顔はしないでください」


「リューナ……」


 勝手に妄想して、勝手に怯えている俺へと、『巫女』の少女が優しく微笑みかけてくる。


「ゼノン様は囲われるよりも囲う側の人間です。私を閉じ込めてあんなことをする人が、無様に監禁されるわけがありません」


「…………」


 こっちはこっちで、わけのわからない妄想に憑りつかれていた。

 未来を見ることができる巫女……はたして、彼女の頭の中で俺はどんなキャラクターになっているのだろうか。


「2人で何を話しているのかしら、さっさと行きましょうよ!」


「うむ、ここで立ち止まっていては敵が追ってこないとも限りませぬ。前へ進みましょう」


「…………ああ」


 俺はシャクナとハディスに促され、『王墓』を奥へ奥へと進んでいく。


 ダンジョンに潜ってから1時間。

 俺達は早くも9階層まで到達していた。おおよその道順を覚えている俺がいるとはいえ、かなりのハイペースだ。

 次の階層は10階層。最初のボスが待ち構えているであろう部屋である。


「頑張りましょうね、バスカヴィル様!」


「…………」


 俺はやたらと人懐っこい笑みを向けてくるリューナに正体不明の不安感を覚えながら、次の階層へ向かうのだった。

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