第48話 新たなる刺客(メイド母)

「ああ、起きたのね。ゼノン君」


「…………」


 ダイニングに足を踏み入れると、そこにはメイドがいた。

 見慣れたレヴィエナではない。レオンとモニカの母親であるアネモネ・ブレイブがメイド服を着て料理をテーブルに並べていたのだ。


「……家事を手伝ってもらえるのは有り難いが、別にメイド服を着ろとは言ってないんだがな」


「あらあら、これがこの屋敷で働く使用人の正装だと聞きましたよ? だったら、ちゃんと着ないといけないでしょう?」


 アネモネが頬に手を添えて、柔らかな口調で言ってくる。


 アネモネはおっとりとした美女であり、外見的には二人の子供を産んでいるとは思えないくらい若々しい。

 転生前に読んだ設定資料によると年齢は三十七歳であるそうだが、二十代でも通るくらいの見た目である。

 メイド服も変に似合っており、初めて袖を通すとは思えないほどだ。

 モニカのメイド服姿は衣装に着られているような垢抜けない雰囲気が強いのだが、母親の方はきっちりと着こなしている。


「今日のメニューは若鶏のソテーとサラダ、クリームスープ、デザートは桃のタルトですよ。ゼノン君……じゃなくて、やっぱり『旦那様』と呼んだ方が良いかしら?」


「……『ゼノン君』で結構。同級生の母親に主人と呼ばれたら、倒錯的な気分になって情緒がおかしくなりそうだからな」


「そう? それじゃあ、ゼノン君と呼ばせてもらうわね。この屋敷で暮らしている間は使用人として働かせてもらいますから、何かあったら遠慮なく言ってちょうだいな」


「……そうさせてもらう」


「ゼノン君さえ良かったら、お風呂で背中も流してあげますよ? ウフフフ……」


「…………」


 冗談とも本気ともとれる口ぶりのアネモネに、俺は黙って食卓についた。


「ゼノン様、お待たせしました」


「ご飯ですのー! モリモリ食べますの―!」


「ふう、今日もいい汗をかいたな。美味い夕餉が食べられそうだ」


 エアリス、ウルザ、ナギサが順にダイニングに入ってきて、いつもの食卓風景となる。

 モニカとアネモネはテーブルについていない。

 仮初とはいえ使用人が主人と同じテーブルにつくわけにはいかないとのことで、別室で食事をとるようだ。


「さて、前にも言っていた王への謁見の話だが……」


 食事がひと段落ついたタイミングを見計らい、俺は今日の出来事について情報共有をしておくことにした。


 国王と謁見して『永久図書館』への立ち入り許可を得たこと。

 何故か王女であるエレクトラ・ル・スレイヤーズが一緒に同行することを願い出たこと。

『永久図書館』にはこの世のあらゆる知識が収められており、そこであれば怪物化したレオンを助け出す方法が見つかるかもしれないこと。


 一通りの情報を開示すると、ナギサが箸を置いて「フム……」と唸った。


「『永久図書館』なる迷宮は魔法使いでなければ攻略できないのだな? なれば、私が付いていっても出来ることはないのだろうか?」


「そういうことになるな。ナギサとウルザには通常通りのバスカヴィル侯爵家の仕事、それとモニカに修行を付けてやって欲しい」


「むう……ご主人様についていけませんの?」


 俺の言葉にウルザが不機嫌そうに唇を尖らせる。


「『永久図書館』には四人一組しか入れないからな。魔法使い以外では活躍できないし、戦士職では活躍できない。ここは我慢してもらう」


「……仕方がないですの。それじゃあ、子守をしてあげますの」


 外見的にはウルザもモニカも同い年くらいに見えるのだが……ウルザは一応、俺よりも年上である。


「無理はさせなくていい。できるだけ安全マージンをとって経験を積ませてくれ。モニカまで万一のことがあって使い物にならなくなったら、いよいよ打つ手がなくなるからな」


 モニカは『戦乙女』というジョブについているのだが、これは『勇者』の女版であると俺は考えていた。

 まだまだスキルの熟練度が低くて強敵との戦いには連れていけないが、レオンがこのまま再起不能になるようなら、モニカに魔王を封印してもらう必要がある。


「『永久図書館』には俺とエアリスでいく。残りの二人は臨時メンバーとしてウラヌスを、それと不本意ではあるがエレクトラ王女を同行させるとしよう」


 レオンパーティーの魔法使いであるシエル・ウラヌスであれば実力は十分。

 問題はエレクトラ王女であったが……こちらもゲーム通りのステータスであれば、足手纏いにはならないだろう。

 問題があるとすれば、初めてパーティーを組む二人と連携がとれるかどうかである。

 俺と同じ懸念を抱いたようで、エアリスも表情を曇らせた。


「大丈夫でしょうか……特に、エレクトラ王女殿下は」


「……まあ、どうにしよう。先行き不安な冒険は慣れっこだ。上手いことやってみせるさ」


 俺は首を振って内心の不安を振り払い、即席の魔法使いパーティーでの冒険を決意するのであった。

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