第66話 キング・サロモン


「サロモンって……まさか『キング・サロモン』か!?」


 何の前触れもなく現れた少年に、俺は思わず声を上げてしまった。


『キング・サロモン』──名前の通りに『サロモンの王墓』に葬られている人物であり、かつて魔術王と呼ばれて多くの悪魔を召喚して使役した人物。

 ゲームにおいて、このダンジョンの100階層に待ち構えるボスキャラであり、魔王以上の戦闘能力を持つバランスブレイカーである。


「本物か? ゲームと全然、姿が違うが……」


 ゲームに登場した『キング・サロモン』は見上げるほど巨大な黒い球体の姿をしていたはず。無数の眼球を表面に貼り付けて、裂けるような三日月の口を開けた異形の怪物だった。

 しかし……目の前にいるソロモンを名乗る人物はごくありふれた少年の姿をしており、ダンジョンの中において場違いな違和感しかない。


「おや? 君は不思議な魂の色をしているね。まるでこの世界の人間じゃないみたいだ」


「む……」


 少年──サロモンが不思議そうに首を傾げている。

 どうやら、俺の正体を見抜く程度には不可思議な存在であることがわかった。

 少年の言葉に急に信憑性が出てきた。あるいは、本物のサロモン王なのかもしれない。


「サロモン王って……まさか、この王墓の主のこと!? こんな子供が!?」


 俺と違って、シャクナは素直に驚いているようだ。

 サロモンはニンマリと悪戯っぽく笑いながら胸を張った。


「その通り! 僕こそが人類史上最高の魔法使い。『魔術王』と呼ばれた男さ! 焦がれ崇め奉ってくれて構わないよ?」


「え、えっと……?」


 シャクナは困惑したように俺とサロモンの顔を交互に見る。

 どうやら、疑われていることに気がついたのか、サロモンが「ムッ!」としたような顔で人差し指を立てた。


「どうやら、信じていないみたいだね。だったら……これでどうかな?」


「ッ……!?」


「キャッ!?」


 莫大な魔力が放出される。

 思わず飛び退いてしまう俺と、腰を抜かすシャクナ。

 俺達の前に数十匹の悪魔が召喚された。羊、牛、鷹、虎、狼……様々な異形の頭をもった獣頭人身の怪物が目の前に現れる。


「これだけの悪魔をこんなにたくさん……!?」


 数だけではない。

 悪魔1体1体が先ほど倒したボスモンスターと同程度の強さがあるようで、尋常ではない威圧感を放ってくる。


「わ、わかった! わかりました! 信じる、信じますから、その悪魔を消してください……!」


「そう? 信じてくれたのならいいけどさ!」


 シャクナの懇願を受けて、サロモンはパチリと指を鳴らした。途端に数十体の悪魔が煙のように消失する。

 張りつめていた空気から解放され、俺は額を流れる汗を腕でぬぐった。


「どうやら……本物の魔術王サロモンに間違いないようだな。王墓の最下層にいるはずの大ボスが、どうして50階層なんて中途半端な階層に出てきやがった?」


「んー……いつもだったら挑戦者の前にいちいち現れたりはしないんだけどねー。君達のことを魔法で見ていてさ。何とはなしに事情がわかっちゃったから出てこざるを得なかったんだよねー」


「事情……?」


「そうそう。蛇神の復活。生け贄の巫女。それにルージャナーガという名前も。まさか邪神『イルヤンカ・ノブルナーガ』が今世で復活しようとしているなんて思わなかったよ。あの蛇の司祭はどんだけしつこいんだって話だよね」


「イルヤンカ……? それが『蛇神の祭壇』にいる邪神の名前なのか? それに……どうしてルージャナーガのことを知っている?」


「蛇頭司祭ルージャナーガ。千年前……僕が生きていた頃にも、あの男はやらかしてくれたから知ってて当り前さ。僕が悪魔を大量に召喚したのも、あの忌まわしい男に立ち向かうためだったりして」


「千年って……そんなに昔からアイツは暗躍しているのか……?」


 俺の知るルージャナーガは魔王軍四天王の1人であり、様々な策謀によってレオンを追い詰める謀略家というポジションだった。

 だが……サロモンの話を聞く限り、それだけではなさそうである。

 ひょっとしたら、魔王に仕えていることのほうが仮初の姿であり、本来の目的は司祭として自分が崇める邪神を復活させることなのかもしれない。


「……どっちにしても、やることは変わらないな。ルージャナーガは潰す。あの変態悪魔は殺す。リューナは助け出すし、邪神の復活は阻止する。これは決定事項だ!」


「いいね! 君は顔だけじゃなくて信念も素晴らしいようだね! とても気に入ったよ!」


 サロモンがパチパチと拍手をした。

 キラキラと瞳を輝かせて称賛の言葉を送ってくる。


「褒めてくれたのは良いが、どうして顔の話が出てくるんだよ……お前まで悪人顔がどうのとか言うんじゃないよな?」


「まさか、とんでもない! 気がついていないようだけど……君ってさ、すごく悪魔受けが良い顔をしているよ? 人間としてもそれなりにイケメンだけど、悪魔の目には傾国の美男子のように映っているだろうね」


「そんな馬鹿な……悪魔ってのはどんな感性をしているんだよ」


 そういえば……鬼人族であるウルザも俺のことを美男子扱いしていた。

 鬼といい、悪魔といい、彼らはどんな感性をしているのだろうか?


「いやいや、冗談じゃなくて事実だよ。こんなことを言うと大げさに聞こえるかもしれないけれど……君1人を巡って地獄が割れるような戦争が勃発してもおかしくはない。地上に出てきたら国を滅ぼせるような大悪魔がこぞって君を欲しがるだろうね」


「…………」


 物凄いことを言われた気がする。

 初対面の相手には必ずといっていいほど恐れられる悪人顔だが……まさか悪魔の世界では絶世の美貌だなんて。

 ヴェインルーンという変態悪魔の頭がおかしいのかと思っていたが、やはり悪魔の感性は人間とかなりずれているようだ。


「……俺の顔についてはどうでもいい。そんなことよりも、邪神とルージャナーガについて教えてくれ」


 俺は首を振って余計な情報を頭から追い出し、大事なことをサロモンに訊ねた。


「キング・サロモン。口ぶりからして、アンタは俺達の敵ではないんだろ? 攫われたリューナを助けて邪神復活を阻止する方法を教えてくれないか?」


「構わないよ。太古の邪神の復活を阻止したいのはこっちも同じさ。話してあげよう、僕が知っている全てを」


 サロモンが再び指を鳴らすと、遺跡の床から生えてくるようにテーブルと人数分のイスが出現した。

 少年の姿をした大昔の魔術師はイスに座って足を組み、俺達にも座るように促してくる。


「…………」


 リューナが攫われ、何処に連れていかれたかもわからないが……梗塞した状況を打開するためには目の前の少年の協力が必要である。


 毒を食らわば皿まで……そんな複雑な心境でイスに腰かけるのであった。






――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます。

よろしければフォロー登録、☆☆☆の評価をお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る