番外編 ナギサの仕事(前編)


 スレイヤーズ王国王都にて。夜も更けてあたりは闇夜に閉ざされている。

 中央通りから外れた路地裏には街灯なども立っておらず、数メートル先を見通すのにも難慮するほど深い闇が広がっていた。

 そんな人気のない路地裏に悲鳴と争いの声が響き渡る。


「青海一刀流――波切不動なみきりふどう


 白刃が閃き、青い魔力のオーラを纏った斬撃が放たれた。

 鋭い斬撃が目の前にいる男に浴びせられる。武装していた男が武器もろとも斬り裂かれ、断末魔の悲鳴を上げた。


「ぎゃああああああああっ!?」


 斬られた男が地面に倒れる。

 戦闘が終了したことを確認して、刀を持った女性が満足げに頷く。


「これにて任務達成。特に問題はなかったな」


 抑揚のない声で呟き、その女性はクルリと右手に持った刀を回転させて鞘に納める。


 彼女の名前はナギサ・セイカイ。

 ゼノン・バスカヴィルの仲間であり愛人。そして、今や裏社会でも名うての殺し屋として知られるようになった美貌の女剣士だった。

 極東の民族衣装である着物に身を包み、黒い髪を頭の後ろでまとめたナギサの頬には返り血が赤い線を描いている。

 その横顔は非常に美しいのだが……端正に整った顔立ちがかえって羅刹女のごとき凄みを引き立てており、見る者の背筋を凍らせるようだった。


 人気のない路地裏で行われた凶行。

 ナギサの周囲には10人ほどの男達が倒れており、いずれも血を流して絶命している。

 剣やナイフで武装した男達であったが、彼らを倒したのはナギサだった。ナギサは誰の手を借りることもなく、たった1人でこの場にいる全員を斬り伏せていた。


「アイヤー、本当に一人で倒しちゃったヨー。お姉さん、すごく強いネー?」


 場違いに明るい声が路地裏に響く。

 ペタペタと不用心な足音を修羅場に足を踏み入れてきたのは、これまた異国の衣装を身に着けた小柄な少女である。

 路地裏に散乱した血と死体……それにまるで怯えた様子もなく姿を現したのはチャイナドレスを着た少女。裏社会において『死喰い鳥』の異名で知られる異国の呪術師だった。


「この程度、大それたものではない。ここにいる者達は数が多いばかりでいずれも雑魚。刀の砥石としても使いものにならぬ雑兵だ」


シイ。それもそアルネー。ただ、お姉さんがすごいというのは否定しないヨー。ジパングのサムライ、マジパナイネー」


「称賛は素直に受け取っておく。流派の剣を褒められるのは悪い気はしない。それにしても……」


 最近知り合ったばかりの知人――同じくバスカヴィル家に仕えている同胞に応えて、ナギサは路地裏に散乱した骸を見回した。


「……最近、また他国からの侵入者が増えたようだな。大した実力もないチンピラばかりだが、潰して回るには面倒な数だ」


「是、そうアルね。やっぱり魔王復活が関係してるのかネー?」


「おそらくな。魔王復活以来、魔物も増えてこの国も物騒になったから仕方があるまい」


 少し前、封印されていたはずの魔王が復活した。

 それからというもの、スレイヤーズ王国を中心に魔物の被害が増大しており、あちこちに混乱が生じている。

 そんな間隙を突くようにして、周辺諸国から無法者がこの国に手を伸ばしていた。

 王をはじめとした要人の命を狙う暗殺者。利権を求める悪徳商人。他国で指名手配された犯罪者。麻薬売買や人買いを生業とするギャングなど。多くの無法者がスレイヤーズ王国に侵入して、この国の夜を荒らしまわっている。

 ナギサが先ほど斬り殺した男達もまた、違法な薬物を流通させて利益を得ようとしていた他国のギャングだった。


「そんなハイエナを討ち取り、駆除するのがバスカヴィル家の稼業。我が夫にして主君たる男の生業か……」


 ナギサは決然として頷き、鞘に収まった刀を見下ろす。


 ナギサは家族と流派の仇である男を追ってスレイヤーズ王国にやってきた。留学という形で学園に潜り込み、牙を研ぎながら復讐の機会をうかがっていた。

 そんな最中、失われていた流派の奥義に類似した技を使うことができるゼノンと出会う。それは流派の復興を仇討ちの次なる目標として掲げるナギサにとって、天意のようにすら感じられた出会いである。

 ナギサはゼノンに弟子入りをする形で行動を共にするようになり、そして、そのアシストもあって仇であるシンヤ・クシナダを討ち取ることに成功した。


 今やナギサにとってゼノンは大恩人であると同時に、身も心も捧げるに値する夫となっている。

 いずれは故郷であるジパングに戻って流派を復興しなくてはならないのだが……その前に、成し遂げなければならないことがある。


(我が主の種をこの身に宿し、跡継ぎとなる子を孕む……!)


 ナギサとゼノンの子供であれば、間違いなく時代を代表するような偉大な剣士になることだろう。

 滅んだ青海一刀流を復興するだけではなく、国一番の剣術流派へと押し上げるに違いない。

 そのためにも、もっと主の役にたって寵愛を得る必要がある。優れた男は女を惹きつけるもの。ライバルは大勢いるのだから、負けてはいられなかった。


「我が主の留守は私が守る。遠征から帰ってくるその日まで、何人にもこの国の夜を犯させわしない!」


ハオ! すごい覚悟ネー。近づいたら火傷しちゃいそアルヨー!」


 ナギサの決意を見て、『死喰い鳥』が「アッチッチ!」とおどけたように両手を振る。


「私は別に主様の寵愛はいらないけど……頑張ってる姉さんに恥はかかせられないヨー。ちゃんと仕事するアルネー?」


 リンファはケラケラと笑いながら、魔法を発動させる。


「死霊魔法――招鬼の術ネー」


「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ」」」」」


 リンファが魔法を発動させると、ナギサに斬り殺されたギャングの死体が起き上がった。

死霊術師ネクロマンサー』であるリンファの魔法によって、男達の死体がアンデッドモンスターとして作り替えられたのである。


「はいはい。みんな、ちゃんとお片づけするヨー。来た時よりも美しくネー」


 リンファに命じられたアンデッドが自分達の血をふき取り、砂をかけて埋めたりして惨劇の証拠を抹消する。アンデッドが掃除をしている姿はどこかシュールだったが、とても笑えるような光景ではない。

 リンファはアンデッドに囲まれながらクルクルと楽しそうに回っており、まるでヘタクソなダンスでもしているようだ。


「それじゃ、片付けが終わったら撤収ヨー。この子達は私が処分しとくから心配ないネ。ついでに情報も引き出しておくから、また報告するアルヨー」


「ああ、かたじけない」


「問題ないネー。これもお仕事アルから…………んん?」


 リンファがコテンと可愛らしく首を傾げた。

 主の命令に従って路地裏から出ていくアンデッドであったが……1体だけ、動くことなく棒立ちになっている者がいるのだ。


「何をやってるネー。さっさとおうち、帰るある……」


「危ない!」


「わあっ!?」


 強烈な殺気に気がつき、ナギサが咄嗟にリンファに抱き着いた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 それと同時に、アンデッドの男が拳をふるって殴りかかってくる。

 ナギサのせいで目標を失うことになった拳が路地の壁に叩きつけられると、石の壁を粉々に粉砕して穴を開けた。


「アイヤー!? 何が起こってるアルかー?」


「様子がおかしい! 下がっていろ!」


 ナギサが刀を抜いて、リンファを背中に庇って下がらせる。

 警戒の目で生ける屍となった男を睨みつけると……男が両手で頭を抱え、夜空に向かって絶叫を放つ。


「ウガ、ウガ、ウガ……ウガアアアアアアアアアアアアアッ!」


「な……!?」


 ナギサとリンファが見つめる先で、男の姿がみるみる変わっていく。


 中肉中背だった肉体が盛り上がって筋骨隆々として膨らんでいく。身体のサイズそのものが一回りも二回りも巨大になり、2メートルを越える大男に変貌した。

 おまけに髪が抜け落ちた頭部には巨大な単眼、耳元まで裂けた口がついており、頭頂部から一本角が生えてくる。


「驚いたな……まさか骸が鬼に化けるとは」


「ウガアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ハハッ! 期待外れの雑魚かと思えば、なかなかに魅せてくれるじゃないか! 面白い、刀の錆にしてくれよう!」


 驚きと闘争心に笑みを浮かべ、ナギサが単眼一本角の鬼に斬りかかった。


 スレイヤーズ王国の夜を舞台にした戦いは、まだまだ終わる様子はなかったのである。

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