第86話 宴の後
翌日、改めて学園にマルガリタ峡谷での出来事を報告にいった。
担任のワンコ先生だけではなく、普段は生徒の前に現れることのない教頭や校長、もっと上の地位にいるらしい理事にまで説明をさせられることになった。
話を聞いた教員の反応は半信半疑。騎士団の詰所で事情聴取をされた時と、似たり寄ったりの反応である。
魔王軍四天王の一角であるシンヤ・クシナギ。
強者を殺して悪魔の右腕で喰らうことによって力を増すあの男は、世界各国で有力な戦士を襲って指名手配を受けていた。
これまで名のある騎士や武術家、冒険者を殺害してきた男をタダの学生が倒したなど、やはり信じがたいことなのだろう。
マルガリタ王妃によって魂を喰われたシンヤの身体は消滅しているが、証拠となるドロップアイテムを回収している。
『悪魔剣士の魔石』に『妖刀・
「この刀は……あの邪悪な剣士の持ち物に間違いありませぬ。戦場であの男が振るっているのを見たことがありますから」
そんな風に俺の説明を後押ししたのは、2年生の担任をしている男性教諭だった。
ゲームでは名前も出てこなかったモブキャラであるが、その教員は元・傭兵であり、その実力を買われて剣魔学園の教師としてスカウトされたらしい。
「かつて私が所属していた傭兵団は、あの男に団長を殺されて解散することになったのです。まさか、あの恐るべき剣鬼が我が校の生徒に討たれるとは……」
「トドメを刺したのは俺じゃなくて王妃の亡霊だ。勇者の子孫であるブレイブとも戦った直後だし、それなりに消耗していたんじゃないのか?」
「ふうむ……勇者の血には魔族を弱体させる力があると聞く。勇者の力で弱っているところを倒したとなれば納得がいくのか……?」
教員は難しい表情で考え込みながら、俺の説明を受け入れてくれた。
色々と疑いはかけられたものの、最終的に学園側は俺がシンヤ・クシナギを討伐したことを認めてくれた。
人類の宿敵である魔王軍の幹部を討ち取ったのだ。実技試験の成績には、特別に加点が与えられるとのことである。
また、シンヤは各国で指名手配がされており、その首には多額の賞金も懸けられていた。
俺達の功績が国から正式に認められれば、表彰と共に報奨金も支払われるそうだ。
「……ゲームでは賞金なんて出なかったな。もらえる物ならば何だって頂戴するが」
ちなみに……学園や騎士団からはドロップアイテムを譲り渡すように求められたが、これは拒否した。
『悪魔剣士の魔石』は強力な武具を生み出すことができる稀少な素材だし、『神弑ノ村正』は元々、ナギサの父親の持ち物だ。
父親が殺された際に奪われたものであり、所有権は遺族であるナギサにあるだろう。
「重ね重ね、感謝する。我が父の誇りである佩刀を取り戻してくれて何と礼を言っていいことか……」
「礼の言葉は聞き飽きたからいらねえよ。どうせ俺には刀なんて装備できないからな」
感極まった様子のナギサに肩をすくめて、事情説明を終えた俺達はバスカヴィル家の屋敷へと帰還した。
実技試験が終わってから3日間はテスト後の休暇になる。その間に、教員によって筆記と実技が採点されるのだ。
テストの結果が出るのは4日後の登校日。結果を待つ生徒にとっては、テストが終わったことへの解放感と、もはやどうにもならない結果に悶々とする閉塞感を同時に与えられる3日間だった。
「後は野となれ山となれ……か。まあ、テストの結果なんてどうでもいいけどな」
焦ったところで、期待したところで、すでに終わってしまったテストの結果は変わらない。泰然自若として結果を待つだけのことである。
テストの結果などより気になるのは、今後の魔王軍の動向のほうだ。
シンヤ・クシナギ――魔王軍四天王の一角を崩したのだ。敵側にしてみれば、これは予想外の損耗だったに違いない。
魔王軍はほぼ間違いなく、レオンがシンヤを倒したと考えるだろう。
奴らにしてみれば厄介なのは勇者の子孫であるレオンだけ。ゼノン・バスカヴィルなど最初から眼中にないはずだ。
さらなる刺客を送りつけてくるか。それとも、魔王の封印が完全に解けるまでは様子見をするのか。
魔王軍がどのように行動するのか、気になる所である。
「今回の戦いでレオンがさらに奮起して強くなってくれればいいんだが……悩ましいところだな。うむ、悩ましい」
「どうかしたのか、我が主よ」
「悩ましい……悩ましいな……本当に、とんでもなく悩ましい……」
「何が悩ましいのかは知らないが……痒いところはないだろうか? 目に泡は入っていないな?」
「悩ましい……悩ましいぞ……」
俺は現実逃避するように繰り返して、ゆっくりと首を振る。
学園から帰宅した俺であったが、現在、非常に厄介な状況へと追いやられていた。
場所はバスカヴィル家の屋敷。その浴室である。
風呂場ということで当然のように全裸になった俺であったが……その背後には、同じく一糸まとわぬ姿のナギサがいた。
ナギサは俺の髪を石鹸で泡立てて、両手で熱心に洗っているのだ。
「…………」
少し意識を向けるだけで、背中にもっちりとした感触が当たるのがわかる。
その柔らかな感触の正体は明白だったが、深く考えれば理性が飛びかねない。
本当に、心から悩ましい状況である。
ナギサと同居を始めてから随分と経つ。一緒に入浴するのも初めてではないが、いまだに喜びよりも緊張が勝ってしまう。
「ああ、畜生。本当に悩ましい人生だ」
俺は下半身に血流が集まるのを感じながら、深く溜息をついた。
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