第85話 愛と忠義と


 それから、『救難花火』を見て駆けつけた冒険者に連れられて『マルガリタ峡谷』から脱出した。

 峡谷の入口に戻ってきた俺達は、ワンコ先生に魔王軍四天王の1人と戦いになったこと。マルガリタ王妃と遭遇したことについて報告をした。


 俺達はすぐさま地竜車で王都まで連れられ、王宮の騎士団による事情聴取を受けることになってしまう。

 騎士は魔王軍が現れたこと、その幹部の1人を学生が討伐したことに疑いを持っていたようだが、バラバラになったシンヤの残骸から回収したドロップアイテムを渡すと、ようやく納得したようである。


 2時間もの事情聴取を終えて解放されると、すでに外は日が落ちて夜になっていた。

 騎士団の詰所の前には先に事情聴取を終えたエアリスとナギサが待っており、迎えに来たバスカヴィル家の馬車も停めてあった。


「ご主人様! 心配したですの!」


「おっと……わざわざ迎えに来たのかよ、ウルザ」


 どうやら、迎えの馬車に乗ってやって来たらしい。ウルザが飛び込むようにして胸に抱き着いてきた。

 ウルザがぐりぐり、ぐりぐりと、まるで小動物がお気に入りの場所に匂いをつけるように頭を押しつけてくる。

 よほど心配をかけてしまったのだろうか。それは申し訳ない限りだが、頭の角が刺さって痛いからそろそろやめてもらいたい。


「随分と時間がかかったようだな、我が主よ」


「私達の話はすぐに終わったんですけど……どうかされたのですか?」


「……聞くなよ。説明するのも鬱陶しい」


 ナギサとエアリスの疑問に、俺は顔を引きつらせてゆっくりと首を振った。


 俺の事情聴取だけが長引いてしまった理由は、ありもしない疑いをかけられて尋問されていたからである。

 事情を訊いてきた騎士から、根拠もなく俺が魔王軍の協力者なのではないかと疑いをかけられたのだ。

 それというのも、俺の悪人顔とバスカヴィル家の悪名が原因である。


 俺がシンヤを倒したことも説明したのだが、信じてもらうのに時間がかかってしまった。

 エアリス達とレオンパーティーの話と合わせてようやく信用されたが、最後まで事情聴取を担当した騎士は疑わしい目つきをしていた。


「まったく……痛くもない腹を延々と探られるのは流石に気に入らないな。俺が何をしたというんだか」


「なるほど……それは御愁傷さまでした」


 エアリスが同情したように労い、「そうだ」と両手を合わせる。


「先ほど先生からも連絡があったのですが……私達は学園に戻らず、このまま帰ってもいいそうです。報告も後日でいいとのことですし、今日は屋敷に戻って休みませんか?」


「……そうするか。身体が重くて倒れそうだ」


 肉体と精神の両方が激しい疲労を訴えている。

 身体に負担がかかるドーピング・ボトルを2本も使用して、圧倒的に格上の敵と戦い……ようやくダンジョンの外に戻ってきたかと思えば、おかしな疑いをかけられて尋問されてしまった。

 流石に疲労がピークに達しており、全身が休息を求めている。


 身体を引きずるようにして馬車に乗り込むと、いつものように隣にウルザが座ろうとする。

 だが、それよりも先にナギサが横に滑り込む。


「ああ! そこはウルザの定位置ですの!」


「すまない、ウルザ。今日だけでいいから譲ってくれないか?」


「うー……今日だけですの」


「かたじけない」


 ウルザが恨めしげな目つきになりながら、エアリスと並んで対面に座る。

 俺は隣の座ってきたナギサに怪訝に問いかける。


「……どうした? 何か用事でもあったか?」


「ああ……我が主よ、先に礼をさせてくれ」


「礼って…………うおっ!?」


「失礼する」


 ナギサが俺の頭を掴み、身体を横倒しにして強引に自分の太腿の上に持っていく。柔らかいが少しだけ芯のある感触が側頭部にあたる。

 どうやら膝枕をされてしまったらしい。

 男としては非常に興奮するシチュエーションであったが……正直、それほど気持ち良くはなかった。


 別にナギサの太腿に不満があるわけではない。

 狭い馬車の中のため、脚を強引に折りたたんで横にならなくてはいけないのが窮屈だっただけである。


「……おいおい、急にどうした?」


「我が主よ、今回の一件では本当に世話になった。おかげで一族の仇を討つことができた」


「…………」


 膝枕のまま見上げると、ナギサが殊勝な面持ちになっている。

 こうしてマジマジと顔を見てみると、鼻筋が綺麗に通っており、睫毛も長くて改めて整った顔立ちをしている。いつものように刀を振っている姿も凛々しいが、着物で生け花などをしているところも似合いそうだ。


「……気にするなよ。結局、最後は美味しいところを持っていかれたしな」


 ナギサにとどめの一撃を譲ったつもりだったが、『不死鳥の卵』のせいで失敗してしまった。

 最後はマルガリタ王妃に魂ごと殺られてしまったし、いまひとつ不完全燃焼な結果である。


「それでも……父と同門を殺した男の首をこの手で落とすことができた。おかげで、皆の墓に良い報告ができそうだ」


「……本当に故郷に帰らなくてもいいのか? 別にいいんだぞ、里帰りしたって」


 本心を言うと、ナギサに帰られると困る。

 魔王軍四天王の一角が出てきて、シナリオ通りであれば夏休み明けに魔王だって復活する。

 これから、魔王との戦いが本格化してくることだろう。そんな状況下で貴重な戦力が抜けるのはとても困る。


 だが、ずっと追いかけていた家族の仇を討ったのだ。

 その手柄を胸にして、故郷に錦を飾りたいという気持ちはあるはずだ。


 そんな思いを込めて帰郷を薦めるが……ナギサは口端をつり上げて首を振る。


「前にも言ったが……恩人に礼を尽くさずに私心を優先させるほど、私は薄情ではない。主君である貴方への恩義を返さずして、故郷に足を踏み入れることはしない」


 ナギサははっきりと断言した。

 迷いのない澄んだ瞳には、女剣士の実直で勤勉な性格が浮かび上がっている。


「私の刀は貴方のもの。この身は貴方に奉仕するためにこそ存在する。敬愛する我が主よ。刀としても女としても、好きなように使って欲しい」


「そうかよ……ま、別にいいけどな」


 俺はそれだけつぶやき、透き通った微笑みを浮かべるナギサの顔から視線を外す。

 安心感のある温もりに頭部を預け、疲労のままに瞳を閉じるのであった。

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