第70話 食卓と期末試験
「なるほど……そんなことがあったのですね」
バスカヴィル家の屋敷。ダイニングで夕食をとりながら、エアリス・セントレアがしみじみと言う。
玄関でヤンデレ化したエアリスと合流した俺達であったが、そこから先はひたすらデートを除け者にされた彼女の機嫌を取ることになった。
あらゆる不幸を煮詰めたような瞳になったエアリスは、とんでもなく恐ろしい。俺はもちろん、ウルザやナギサでさえも戦慄に顔を引きつらせたほどだ。
1時間ほどかけて宥めすかし――背中から抱きしめたり、頭を撫でたりして、ようやくエアリスをいつもの穏やかな表情に戻すことに成功したのである。
そして――夕食の時間になると、料理を並べたテーブルを囲みながら、今日の出来事について話すことになった。
「まさか、ブレイブさんと会うなんて偶然ですわ。それに、ゼノン様とブレイブさんが決闘をするなんて……」
「ブレイブも弱くはなかったけどな。それでも……やっぱり鍛練不足が目立っていたな。今のアイツが相手なら、100回戦っても全勝できるだろうよ」
俺はナイフで切り分けた肉を口に運びながら、正直な感想を言ってのける。
レオン・ブレイブは主人公だけあって、
俺はもちろん、ナギサやウルザだって、十分に成長したレオンに勝つことはできないだろう。
それでも……正規のシナリオから外れたことで、本来通るべき試練を意図せず回避しているレオンは、そこまで強いとは言えなかった。
ゲームの知識と周回アイテムを使って最短ルートで成長してきた俺にとって、決して脅威と呼べるほどの相手ではない。
「もっとも……今回の敗北をきっかけに、化けるかもしれないがな」
そうなってもらわなくては意味がない。
これから先も平穏に暮らしていくためにも、レオンには魔王を倒してもらわなくては困るのだ。
レオン抜きで魔王が倒せるのならば、放っておいてもいいのだが……復活した魔王を封印するためには『勇者の血』が不可欠だった。
魔王が復活するまでもう半年を切っている。それまでに、少しでもレオンには成長してもらわなければ。
「そんなに根性があるようには見えなかったですの。あの玉無しは脆そうですの」
ウルザがローストビーフの塊にハムハムと食らいつきながら、辛辣な評価をくだす。
女の子が玉とか言わないで欲しい。蹴り飛ばされて痛打したが……たぶん、まだ付いているはずだ。
「ふむ……ブレイブは剣の素質は悪くなかった。問題はお人好し過ぎる性根だな」
浴衣のようなデザインの部屋着に着替えたナギサも、そんな風にレオンを評価する。
「孤独であることが強さであるというつもりはない。『護る強さ』があることも理解している。ただ……奴には、何としてでも強くなってやろうという必死さが足りなかった。おそらく、これまでの人生で敗北を経験したことがないのだろう」
ナギサはどこか物憂げな表情を浮かべながら、スプーンでスープをかき混ぜる。
「敗北や屈辱は辛く苦しいものであるが、飛躍する糧にもなる。あの男は決定的な敗北を経験せずにいたおかげで、弱さに嘆き、強さに焦がれることがなかったのだろうな」
「……そうかもしれないな」
ナギサ・セイカイという女剣士は、流派と一族を抹殺されるという『決定的な敗北』を経験したことで、ここまで戦い抜く強さを得た。
その経験から出る言葉は、まさに金塊のような重みがあった。
レオンは、その決定的な敗北をガーゴイル戦で得るはずだったのだろう。
ガーゴイルを倒しきることができず、それが原因でクラスメイトを死なせてしまい……その敗北をきっかけにして、勇者として成長するのが正しいシナリオだったのだ。
「……俺との戦いが、その代わりになればいいんだがな」
俺は沈痛な気持ちでつぶやき、切り分けた肉を口に運ぶ。
高級な肉。熟練のシェフによって味付けされたそれは、まさに下の上でとろけるような味わいのはずだった。
しかし――レオンのことで悩んでいるためか、今一つ味がわからなくなっていた。
「……いかんな。俺が悩んでも仕方がないだろうに」
何を思い悩んだところで、レオンが急に強くなるわけではない。
悪役として、憎まれ役として、出来ることはしてやったのだ。
あとは……主人公のガッツを信じるとしよう。
「どうせすぐに結果は出るか……楽しみだな。期末テストが」
「そういえば、来週からでしたわ。あらあら……色々と忙しかったせいで、全然勉強できていませんわ。どうしましょう?」
エアリスが困ったように頬を両手で押さえた。
スレイヤーズ王国剣魔学園の期末試験は、筆記と実技の両方が行われる。
筆記試験は日本の一般的な学校と同じ。授業で習った内容が答案として出題されることになる。
対して、実技試験では4人1組でパーティーを組み、特定のエリア内でモンスターの討伐やアイテム収集を行うことになる。
稀少なモンスター、アイテムほど得点が高いため、実質的な争奪戦になるのだ。
「そういえば……」
ナギサが思い出したようにつぶやき、首を傾げる。
「最近は学園に行かずにダンジョンにばかり潜っているが……ひょっとしたら、私達のいない場所でパーティーが決められているのではないか?」
「いや……期末試験のチーム分けは自由なはずだ。勝手にどこかのチームに入れられているということはない。とはいえ……」
俺達も期末テストに向けて、パーティーを組む必要がある。
エアリス、ナギサと組んだとして3人。ウルザは正式な学生ではないため、期末試験に参加することはできない。
「むう、今度はウルザが仲間外れになっちゃいますの!」
「拗ねるなよ。今度お菓子を買ってやるから……それにしても、あと1人、どこかでパーティーメンバーを探す必要があるのかな? 3人だと試験に参加できないんだったか?」
ゲームでは夏の期末試験の時点でシエル、エアリス、ナギサの3人が仲間に加わっているため、メンバーに困ることはなかった。
もしもメンバーが集まらなかった場合、どうするのだったか?
「確か……メンバーが足りない場合は、足りない人数のまま参加することになるはずです。実技試験の点数はメンバーの頭数で等分されるため、3人でもそれほど不利になることはないかと思いますが……」
俺の疑問に、エアリスが答えてくれる。
実技試験は決められた試験エリア内でモンスター討伐、アイテム収集をすることで点数が加点される。
最終的には、そうして集めた得点をパーティーメンバーで均等に割り、成績として採点されるということか。
「それだったら、下手に人数を増やさないほうがいいかもしれないな。中途半端な実力の奴をパーティー入れたところで足手まといになるだろうし、頭数が増えた分だけ点数も持ってかれちまうからな」
「同感だな。私もこの3人で挑むべきだと思う」
俺の考えに、ナギサも同意を示す。
実力主義者の女剣士は俺と同じ意見のようだが……一方で、エアリスが難しい表情で考え込んでいる。
「攻撃系の魔法職がいないのはバランスが悪いですが……すでに実力のある魔法使いはパーティーに参加しているでしょうし、今から探すのは難しそうですよね?」
「そうだな。実力者はまず残ってはいないだろう」
「それに……これ以上、ゼノン様の周りに女の子が増えるのは困りますわ。また除け者にされたら堪りませんもの」
「…………」
エアリスの言葉に何と返してよいかわからず、俺は無言で視線を逸らした。
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