第71話 懐かしの学園


 そして――ようやく謹慎が明けて、俺は久しぶりにスレイヤーズ剣魔学園へと通学することになった。


 早朝、ナギサと一緒に庭で鍛練をして、軽く汗を流してから朝食を摂る。


 朝の準備を終えてバスカヴィル家の馬車に乗り込むと、その後ろをウルザが、さらにエアリス、ナギサが続いて乗り込んでくる。


 奴隷であるウルザが屋敷で寝泊まりするのは当然であるが……エアリスとナギサまでもが、当然のようにバスカヴィル家で寝泊まりしていた。

 留学生のナギサは宿屋を借りて1人暮らしをしているのだが、すでにその下宿は引き払ってしまったらしい。本格的に俺の家に居つくつもりのようである。


 問題は枢機卿の娘として自分の家があるエアリスなのだが……彼女は正式に父親から外泊の許可を取り、大手を振ってバスカヴィル家の屋敷で暮らすことになったのだ。

 先日は無断外泊したことを随分と絞られたようだが、1日かけて俺の家で暮らすことについて説得したらしい。

 セントレア子爵だってバスカヴィル家の悪名は聞いているだろうに、よくぞまあ許可を出したものである。


「全ては神の思し召し。私がゼノン様と共にあるのも女神のお導きであると、父も最後には納得してくれました」


 ――というのは、エアリスが巨大な胸を得意げに突き出して語った内容である。

 セントレア子爵が何を考えて、娘を俺に預ける選択をしたのかはわからないが……お願いだから、挨拶に来いとかいう展開はやめて欲しいものである。

 そんな「娘をください」的なことをするのは勘弁してもらいたい。


「ふむ……」


 馬車に揺られながら、3人の美少女と同じ馬車で過ごす。

 最近は毎晩のように彼女達とメイドのレヴィエナを交えて同室で寝ているのだが、いまだに同じ空間にいることに違和感があった。

 別に悪いことをしているわけではないのだが、妙な罪悪感というか、場違いな気がしてならないのだ。


 エアリスとナギサはレオンと結ばれるはずのヒロイン。ウルザは別ゲームに登場するキャラクター。

 本来であれば俺と共にあるわけではない3人が相手なので、当然と言えば当然なのかもしれない。


 30分ほど馬車に揺られていると学園の正門にたどり着いた。

 馬車から降りて開かれた門扉の前に降り立つと……登校している他の生徒から、ざわりとどよめきが生じる。


「あれって、もしかして……」


「ゼノン・バスカヴィルじゃないか……! 学校をやめたってウワサは嘘だったのか!?」


「ダンジョンで気に入らない生徒を殺したって聞いたけど……学校に来てもいいのかしら?」


「学園に圧力をかけて、事件を揉み消したのかもしれないな。気に入らない教員を辞めさせたとかいう話もあるし……」


「おいおい……風評被害が半端ないな」


 いったい、どんな噂が流れているというのだろうか。

 一部事実なものもあるが……背ビレに尾ビレ、胸ビレや尻ビレまでガッツリ生えており、完全に俺が悪者という形に脚色されている。

 これも悪人顔が原因なのか。

 それとも、バスカヴィル家の悪名のせいだろうか?


「着きましたのー」


「ふう、ここに来るのも久しぶりですね」


「私もだ。ずっと授業に出ずにダンジョンで修業をしていたからな」


 俺に続いて、ウルザ、エアリス、ナギサが馬車から出てくると――周囲からのざわめきがさらに大きくなってしまう。


「ええっ! あれって枢機卿の娘のセントレアさん!?」


「留学生のセイカイさんもいるぞ!? どうして成績優秀者の2人がアイツと一緒に……!?」


「おいっ、目を合わせるんじゃない! アレは『玉蹴り大鬼ブレイクボール・オーガ』だ! 子供を作れない身体にされるぞ!』


 エアリスとナギサは成績優秀者なので名前が知られているのはわかるが、ウルザにまでおかしな異名がついていた。


「……懐かしきかな我が母校。また、騒がしい学校生活になりそうだな」


 俺はつぶやきながら校舎に向けて歩いていく。

 謹慎明けで久しぶりに通う学校は、やはり一筋縄ではいきそうもない。

 これから巻き起こるであろう騒動を予期して、深々と溜息を吐くのであった。



     〇          〇          〇



 学園にたどり着いた俺達は、まずは謹慎明けの挨拶として職員室に向かう。

 ワンコ先生は2週間ぶりに顔を合わせる俺へと、真面目腐った顔でお説教をしてくる。

 それでも、「困ったことがあったらすぐに相談するように!」などとこちらを案じる言葉で説教を締めてくるあたり、やはり良い先生であると改めて分かった。


 職員室から出た俺は教室へと向かう。後ろの扉を開けて中に入ると、数少ない友人であるジャンがこちらに向かって手を振ってきた。


「よう、バスカヴィル! 停学が解けたのかよ!」


「ああ……ちょっと早いが、なかなか刺激的な夏休みだったよ」


 俺は軽く肩をすくめて、ジャンの挨拶に応えた。


「ウルザちゃーん! 元気だったー!?」


「むぐっ!? は、離せなのですっ!」


 ジャンの恋人であり、パーティーメンバーでもあるアリサがウルザに抱き着いてきた。

 まるでクマのぬいぐるみでも抱くかのような抱擁を受け、ウルザが手足をばたつかせる。

 その気になれば力づくで振り払えるのだろうが、それをしないあたり、ウルザも本気で嫌がっているわけではないのかもしれない。


「あ、セントレアさん。お久しぶりー」


「元気でしたかー?」


「はい、皆様もお元気そうで何よりです」


 少し離れた場所では、エアリスが自分の友人らと歓談を始めている。

 人当たりが良く、『聖女』などと称されるエアリスには、俺と違って多くの友人がいるのだ。


「おお、セイカイさんじゃないか!」


「学園にきたってことは、修行はもう済んだのかよ」


「ああ、なかなか有意義な鍛練だった。おかげで、良き師とも巡り合うことができた」


 意外だったのは、孤高の剣士であり人付き合いも苦手そうなナギサもまた、クラスメイトに囲まれていることだ。

 エアリスと話しているのが女子ばかりなのに対して、こちらは男子生徒が大半である。ガタイの良いいかにもな体育会系ばかりである。


「驚いたな……ナギサの奴、結構モテるんだな?」


「あ? ああ、アイツらはセイカイさんと手合わせをして負けた連中だな。バスカヴィルは知らないかもしれないけど……セイカイさんって、入学してから色んな部活で道場破りみたいなことしてたんだよな。一部の生徒はそれで敬遠しているみたいだが、逆にそれがきっかけで仲良くなった奴もいるみたいだぜ?」


「……戦って友情が芽生えたってことかよ。脳筋だな」


 呆れ半分、感心半分につぶやいて、ジャンの近くの席へと腰かける。

 すると、ジャンが好奇心に目を輝かせて詰め寄ってくる。


「いや、驚いたのはこっちだっての。お前こそ、いつからセイカイさんと親しくなったんだよ。一緒に登校とは妖しいじゃないか」


「まあ、な……色々あったんだよ。本当に色々とな」


 俺は語り切れない万感の想いを込めてぼやき、遠い目を窓の外へと向ける。


 実際、謹慎期間中は色々な出来事があった。

『わらしべ長者』中にナギサと会って弟子入りを志願されたり、一緒に休日デートをしたり。

 紆余曲折あって、レオンと決闘まがいなことまですることになった。


「ん……そういえば……?」


 教室にレオンの姿が見えない。幼馴染のシエルもだ。

 決闘をしたのはつい先日のことだが……学校を休まなければいけないほどのケガをさせた覚えはないのだが。


 そんなことを考えていると、教室の前の扉が開いてレオンが入ってくる。

 後ろにはシエルと……もう1人見慣れない女子生徒を引き連れていた。


 レオンに連れられた見慣れない女子生徒であるが、紫がかった黒い髪を頭の後ろでまとめて髪飾りでとめている。

 黒縁のメガネをかけた容姿はどことなく地味な印象であるが、よくよく見ればエアリスやナギサにも劣っておらず、十分に『美少女』と評価できる顔立ちであった。

『ダンブレ』のゲームには登場しなかった人物だ。見覚えはない。


「っ……!」


 レオンは俺の顔を見るや、一瞬だけ気まずそうに表情を歪める。

 それでも、話しかけるようなことはせず、俺達から距離を取った席に座った。

 ちなみに、シエルはあからさまに敵意を込めた目で睨みつけている。まるで親の仇でも見るような目だった。


「おーおー、またブレイブに恨まれるようなことをしたのかよ? 相性バツグンじゃねえか」


「茶化すなよ。ちょっと小突いてやっただけだ……それよりも、ブレイブと一緒にいるあの女子は誰だ? うちのクラスにあんな奴いたっけか?」


「あ? 誰って……お前はクラスメイトの名前も覚えてねえのかよ」


 俺の問いに、ジャンは呆れたように頭を掻いた。


「あの娘はメーリア。メーリア・スーだ。最近、ブレイブと仲良くしているらしいぞ。期末の実技テストでは一緒にパーティーも組むみたいだぜ?」


「へえ……やっぱり記憶にないけどな、そんな奴」


 俺は腕を組んで考え込むが、思い出すことができなかった。

 はっきり言って……クラスメイトの名前など半分も覚えてはいない。

 ゲームに登場したキャラクターを除けば、会話をしたことがあるのもジャンとアリサくらいのものだ。


「一応、入学試験では6位だったらしいけどな。入学式で呼ばれはしなかったけど、かなりの優等生だよ」


「ふーん、それは結構なことだ。良い仲間を見つけたようだな」


 この辺りは流石の主人公である。

 エアリスやナギサは逃したものの、ちゃっかり別の美少女を引き連れているとは。


「ところで……来週からいよいよ、期末テストが始まるな。バスカヴィルはもう実技試験のパーティーは決まっているのか?」


 何気ない調子でジャンが話を変えてくる。

 どうせすぐにわかること。別に隠すこともないので、俺は素直に肯定した。


「ああ。俺とエアリス。それにナギサの3人でテストを受けようと思っている。ウルザは学園の生徒じゃないからパーティーには入れないな」


「3人パーティーか……ま、成績優秀者ばっかりだし、実力的には十分か」


 ジャンは頷き、人差し指を立ててクルクルと円を描くように回す。


「うちのクラスは、もうほとんどパーティーが決まってるな。だいたいクラス内で纏まったみたいだけど、他クラスにいるクラブ仲間とかと組んでる奴もいる」


「お前はやっぱり、アリサと組むのか?」


「ああ、そりゃあな。うちのパーティーのメンツは入学から変わってねえよ」


 ジャンは幼馴染みの恋人へと目を向ける。

 アリサはカバンからアップルパイのようなお菓子を取り出して、ウルザに「あーん」と食べさせていた。


「あーん! やっぱりウルザちゃんってば可愛い! こっちも食べてー!」


「むぐむぐ……子供扱いするなですの。ウルザのほうが年上ですの!」


「そんな嘘ばっかり―。ほらほら、チョコもあるよー」


「むう……相変わらず不愉快な女ですの!」


 ウルザは不愉快そうに文句を言いながらも、素直に口を開いてお菓子を食べさせてもらっている。これはこれで友情の形の1つなのかもしれない。


「はい、それでは授業を始めますよ。席に着きなさい」


 教室の扉を開けて、スーツ姿のワンコ先生が入ってきた。

 クラスメイトと歓談していた生徒達が、それぞれ席に座っていく。


「お隣、失礼いたします」


「座らせてもらうぞ。我が師よ」


 当然のように、俺の左右にエアリスとナギサが座ってきた。

 ウルザもこちらに向かってこようとするが……途中でアリサに捕まってしまい、隣の席に座らされてしまう。


「はい、それでは最初は期末試験のテスト範囲を確認します。静粛に聞くように」


 2週間ぶりに受ける授業が始められた。

 以前と異なるのは、俺の左右にヒロインが座っていることである。


 期末テストを直前に控えて、俺の新しい学園生活が始まるのであった。


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