第23話 砂賊


 そのまま何事もなく砂漠を進んでいた竜車であったが……突如として「ガタンッ」と大きく車体が揺れて停止する。

 砂に車輪をとられてしまったのかと思ったものの、すぐに別の理由であることに気がついた。外から野太い男の声が響いてきたからである。


「出てきやがれ! 余計なことをするんじゃねーぞ!?」


「……どうやら、トラブルが起こったらしいな。降りるぞ」


 ウルザとレヴィエナが頷きを返す。

 竜車の入口を蹴り開けて外に出ると、途端に灼熱の陽光が降りそそいできた。焼けるような日差しに眉を顰める俺であったが……すぐに視界に別のものが飛び込んでくる。


「へっへっへ……楽しい旅行もこれまでみたいだなあ。貴族様よお」


「盗賊……いや、『砂賊』というんだったか。この国では」


 竜車の外には十数人の男達が待ち構えていた。いずれの男達も武器を持っており、ヘラヘラと嬲るような目でこちらを見つめている。

 砂賊の中には、竜車の御者として雇った現地の案内人も混ざっていた。捕まっているようではなく、他の砂賊と同じように武器を持っている。


「……どうやら、嵌められたみたいだな。あの男は砂賊の仲間だったらしい」


 俺は深々と溜息をついた。

 おそらく、その男は案内人として竜車の御者を務めながら、獲物として襲う人間を見定めていたのだろう。例えば……金払いが良く、かつ護衛を連れていない人間を。

 竜車をレンタルする際に多めのチップを渡したのが仇になったらしい。襲う価値のある金持ちであると判断されてしまったようだ。

 案内人は竜車を操って仲間が待ち構えている場所に誘導し、正体を現して襲ってきたのである。


「何というか……いい度胸ですの。ご主人様を襲うなんて」


「ゼノン坊ちゃまの恐ろしさをわかっていないのでしょうね。今日はサングラスもしていますし」


「……俺限定かよ。いや、確かに今日は目元を隠しているからなあ」


 ウルザとレヴィエナの言葉に苦笑しつつ、俺は顔に嵌めたサングラスに触れる。


 砂漠の旅ということもあり、今日の俺は日差し避けのサングラスを装備して目元を隠していたのだ。

 サングラスは防御力が『1』、光属性のダメージを10%軽減という微妙な効果のアクセサリーだったが、キャラクターの容姿を変えるファッションアイテムとして人気のある装備である。


「目元が見えていたらカモにしようなんて思わなかったんだろうな……俺の悪人面を見て、ケンカを売る命知らずはいないだろうよ」


「お頭! コイツラ、ビビってますぜ!」


「ガハハハハハハッ! 女連れのおぼっちゃんが俺達『赤槍団』に捕まっちまったんだから当然だろうが!」


「ヒヒヒッ……いい女を連れていやがる。どんな声で啼くのか楽しみだぜ!」


 竜車から降りて棒立ちになった俺達に、砂団──『赤槍団』というらしき賊共は下卑た笑みを浮かべている。

『赤槍団』というのがどんな一味なのかは知らないが……ゲームには登場することなく、隣国の悪党の元締めである俺の耳にもその存在は入っていない。つまり、その程度の連中ということである。


「ヒャヒャッ! ちょーっと味見させてもらおうかなあ! こっちの女の身体……堪らねえなあ!」


 耳障りな声を上げながら砂賊の1人が近寄ってきた。男は醜悪な顔に満面の笑みを浮かべて、メイド服に包まれたレヴィエナの胸に手を伸ばそうとする。


「……下種が。俺の女に触るなよ」


 俺はすぐさま行動に移した。指先から弾かれたように放たれた闇魔法の弾丸が、まっすぐ男の脳天を貫く。


「ぴひゃっ……」


 敵を殺すのにかかった時間は1秒にも満たない。脳天を貫かれて仰向けに倒れた男には、自分が何をされたのかもわからなかっただろう。


「助けていただき、ありがとうございます。坊ちゃま」


「『近衛騎士』になったお前には余計なお世話だったろうがな……俺は自分の所有物に他人の手垢がつくのは許せないんだよ。俺の女に手を出すのなら死を覚悟することだ」


「ううっ……!」


 言葉の後半は砂賊に向けられたものだったが……何故かレヴィエナが悶絶したようにうずくまった。

 レヴィエナは掌で顔を覆っており、その指の隙間からわずかに血が流れている。


「私が坊ちゃまの所有物だなんて……興奮してしまいます」


「……とりあえず、鼻血を拭け。これから戦闘だぞ」


「て、テメエ! 手下に何をしやがった!?」


 怒鳴り散らしてきたのはクマのように大柄で毛むくじゃら男。背中には赤く塗られた槍を背負っている。


「何をしたのかわからなかったというのなら……お前はその程度の敵ということだ。冥途の土産を持たせてやる義理はない。何も知らないまま死んでおけ」


「餓鬼が……俺は泣く子も黙る『赤槍団』の頭だぞ!? 舐めてやがったらぶっころ……」


「はい、ぶっ殺ですの!」


「ぶげっ!?」


 脅し文句を言い終わることもなく、敵のボスが後ろに吹っ飛んだ。

 俺の命令を待つことなく動き出したウルザが、飛び蹴りを喰らわせたのである。


「ご主人様がレヴィエナさんとばっかりイチャイチャしてますの! ムカつくから、憂さ晴らしの運動ですの!」


「こ、この! よくも頭を……ギャアアアアアアアアアアアアッ!?」


「えいっ、ですの!」


 ウルザの振り回した鬼棍棒が賊の胴体に叩きつけられた。腰を『く』の字に折り曲げて飛んでいった賊が、放物線を描いて砂山に頭から突き刺さる。


「どんどんいきますの!」


「ぐげっ!?」


「ガハッ!」


「このガキをとめ……ぶへえっ!」


 ウルザが竜車を囲んでいる砂賊を次々に粉砕していく。まるでもぐら叩きでもするかのように、鬼棍棒で敵を薙ぎ払う。


「この……チクショウがあああああああああああっ!」


 砂賊の1人がヤケになったように俺に向かって走ってくる。刃物を持った敵を迎撃しようとするが、今度はレヴィエナが動く。


「ちょうどいい獲物です……ご主人様に成長した私の姿を見ていただきましょう!」


 俺の前に立ちふさがったレヴィエナがメイド服の裾を翻す。どうやって収納していたのか、ふわりと舞ったスカートの中から出てきたのは金属製の盾と剣である。


「シールドバッシュ!」


「ぐぎゃっ……!?」


 レヴィエナが突き出した盾に顔面を打たれ、賊が仰向けに倒れる。賊は目を回して気を失っているが……レヴィエナは胸に剣を突き刺して容赦なくトドメを刺す。


「カッ……」


「この私がいる限り、ゼノン坊ちゃまにはかすり傷の1つも許しません! 生まれ変わった専属メイド──レヴィエナがお相手いたします!」


 高々と言い放ち、レヴィエナは両手に構えた剣と盾をかざす。


 レヴィエナが転職したジョブ──『近衛騎士』は防御力が非常に高いガーダー職だった。

 敵を引き付けて仲間を守ることに長けており、カウンター系統の武技を豊富に持っている。

 パワーでは『羅刹』のウルザに、スピードでは『剣豪』のナギサに後れを取ってしまうものの、パーティーにいることで僧侶や魔法使いなどの後衛職が格段に動きやすくなる上級職だった。


「惜しむべきは、前衛3人のパーティーでは強みを活かせないことか……む」


「かかってきなさい! ご主人様の半分以下しかないフニャチンが!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 レヴィエナが大声で叫ぶと、生き残っていた砂賊がこぞって殺到していく。ガーダーの必須スキルである【挑発】によって敵のヘイトを稼いだのだ。その挑発のセリフは非常に気になるところだが。

 レヴィエナは十分に敵を引き付けたところで……大きくバックステップをした。


「ゼノン坊ちゃま! 今です!」


「ああ……なるほどな!」


 俺はレヴィエナの意図を呼んで、すぐさま魔法を発動させる。

 密集した砂賊の足元に黒い絨毯のようなものが広がり、次の瞬間、そこから黒い槍が無数に突き出した。


「闇魔法──ブラッドカーペット!」


「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアッ」」」」」


 放たれた範囲魔法によって砂賊がまとめて殲滅された。

 レヴィエナが敵のヘイトを稼いで自分に引きつけ、そこに範囲魔法を撃ち放つという見事なコンビネーションである。


「一撃であの人数を屠るとは、流石は坊ちゃまです。レヴィエナは感服いたしました」


「感服したのはこっちだぜ……大したオトリっぷりだ」


【挑発】スキルはウルザも持っているが……好き勝手に走り回って敵を殴っている狂戦士にはこんな使い方はできない。

 広い視野を持って戦場を見回し、仲間の能力を活かすために適切な行動をとることができる──これはレヴィエナの立派な才能だった。


「ウルザといい、ナギサといい……うちの前衛は勝手な奴ばっかりだからな。戦闘中までご奉仕の精神を発揮してくれるとは大したメイドだ。恐れ入るぜ」


「フフフ……坊ちゃまに褒めていただいて恐縮です。ご褒美を与えてもらっても構いませんよ」


 得意げに囁いてくるレヴィエナに悪戯心を起こして、俺はメイド服の近衛騎士を抱き寄せた。


「ふああああああああっ!? い、いきなりはダメですわ坊ちゃまっ!?」


 レヴィエナは抱きしめたこちらが驚くほどの声を上げて、起伏に富んだ身体をへにゃへにゃと脱力させる。

 さっきまでの防御力はどこに行ったのだろう。まさかハグ1発で倒せるとは。


「ムー! ウルザだって働いたのにズルいですの! ご主人様の独占は法律で禁止されてますのっ!」


「おっと!?」


 今度は背中にウルザが抱き着いてきた。愛用の鬼棍棒を投げ捨てて、両手両足でガッチリとしがみついてくる。


 状況を無視して、砂漠の真ん中でイチャつく3人。

 その周囲には、死屍累々と転がっている砂賊の死骸が転がっているのであった。


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