第10話 強者への道
父親にして、スレイヤーズ王国の悪の首魁であるガロンドルフ・バスカヴィルを倒すという目標を掲げた俺は、次の日からさっそく活動を始めた。
最初にやるべきことはゲーム知識の確認である。紙にこれから起こる予定のシナリオやイベント、重要なアイテムの入手方法などを書き連ねていく。念のために日本語で書いているため、万が一、屋敷の人間に見られても問題はない。
思い出せる限りのゲーム知識を書き上げると十数枚にもなってしまった。
「……よし、完成。こんなものだな」
次に考えるべきは今後の目標。俺がこの世界でどのように生きていくかである。
この身体はゼノン・バスカヴィルから意図せず奪ったものであったが、それでも俺の身体である。返すつもりはないし、返す方法もわからない。
ならば、ゼノン・バスカヴィルとして生涯をまっとうしてやろうじゃないか。それだけははっきりと決めていた。
「どんな形であれ、『ダンブレ』の世界に生まれ変わったんだ。自由気ままに生きていきたいよな」
そのために攻略しなければいけないのは、やはりあの父親である。
闇の支配者。悪の総帥であるあの男が存在している限り、ゼノンは決して自由になることはできない。ガロンドルフ・バスカヴィルを倒さなければ、一生巨悪に支配されたままである。
家を捨てて他の国に亡命するという手もなくはないのだが、大勢のギャングや暗殺者を従えるガロンドルフから逃げられる保証はない。
また、その手段を取ってしまうと『ダンブレ』のシナリオから完全に外れてしまうことになり、レオンの行動がわからなくなってしまう。
「シナリオ通りに魔王が封印されればいいんだが……」
もしもレオンが魔王に負けてしまえば、世界が滅んでしまう。
そうなると、迂闊に他国に逃げることなどできない。いざという時にシナリオに干渉できる場所にいる必要がある。
「父親を倒すにせよ、魔王と戦うにせよ……どちらにしても、もっと強くならないといけないな」
バスカヴィル家は力を重んじる弱肉強食の家系である。
俺が親父を越える力を手に入れれば、使用人も配下も誰も文句は言わない。ガロンドルフの仇を討とうとはしないはず。
さて、強くなるためにどうすれば良いのかを考えると、まずはスキルを修得して育てることが思いつく。
『ダンブレ』はRPGにしては珍しく、レベルというシステムが存在しないゲームである。その代わりに修得したスキルに『熟練度』というものが存在しており、これを上げていくことで強く成長することができるのだ。
ゼノン・バスカヴィルが初期に修得している戦闘スキルは『剣術』と『闇魔法』の2つである。
戦闘スキル以外では『調教』という女性を篭絡するためのスキルも覚えているのだが……これは使う機会がないことを祈るばかりである。
「ステータス」
――――――――――――――――――――
ゼノン・バスカヴィル
ジョブ:
スキル
剣術 20
闇魔法 20
調教 20
――――――――――――――――――――
つぶやくと、目の前に正方形の画面が表示された。
そこに表示されているのはゼノン・バスカヴィルの職業と所有スキルである。
ゲーム上のステータス画面とは異なり、『アイテム』や『設定』、『セーブ』、『ロード』などといったコマンドは消えていた。
「……戦闘スキルの熟練度は『20』。最大値は『100』だから、まだまだ十分に成長の余地があるな」
強くなるためにはスキルを修得し、熟練度を上げなくてはいけない。
特定のスキルを一定値まで上昇させれば、初期ジョブから強力な上位職に転職する道だって開かれる。
「それとアイテムも手に入れないといけないよな……」
RPGのお約束として、強い武器や防具を装備することで能力値を上げることができる。特定のアイテムを使用することで新しいスキルや魔法だって修得できる。
強い武器や防具、アクセサリーや、ダメージを軽減させる護符などなど。確保しておきたいアイテムは山ほどある。
アイテムを手に入れる方法は店で購入するか、ダンジョンに潜って自力で入手すること。イベントをこなして報酬として得ること。
稀少なアイテムは通常の店ではなく、オークションに参加しなければ買うことができない。そのためには莫大な資金が必要になる。
ダンジョンはランダムでアイテムが出現するため、重要な固定アイテムを除いて運任せとなってしまう。ゲーム知識は役に立たない。
「イベントで手に入るアイテムは出来るだけレオンに譲ってあげるべきか? 下手にアイテムをぶんどって、魔王に負けても困るし」
今さらシナリオを遵守するつもりはないが、だからといってレオンを邪魔するのは避けるべきだ。いくら俺がガロンドルフを倒したところで、魔王が世界を滅ぼしてしまえばゲームオーバーなのだから。
レオンとヒロインが絡むことになるイベントは可能な限り邪魔をしないように回避するべき。寝取りイベントなどもってのほか。
「入ってもよろしいでしょうか。ゼノン坊ちゃま」
――と、そんなことを考えていると部屋の扉が控えめにノックされた。聞き慣れた女性の声が扉の向こうから響いてくる。
「ああ、入れ」
「失礼します。朝のお食事をお持ちいたしました」
扉を開けて入室してきたのは、やはり専属メイドのレヴィエナであった。
レヴィエナは銀色のカートを押しており、そこには料理を盛った皿が乗せられている。
「今日はお身体も辛いかと思って、こちらに運ばせていただきました。食欲はございますか?」
「身体は何ともないが……ちょうど腹が減っていたところだ。助かる」
「それは良かったです。どうぞお召し上がりくださいませ」
ニッコリと笑いながら、レヴィエナが部屋のテーブルに食事の用意を始めた。俺は今後の計画が記された紙を隠しつつ料理の皿へと目を向ける。
『ダンブレ』のゲームでは料理もまた回復・補助の効果があるアイテムとして扱われていた。
テーブルに並べられた食事のメニューはサンドイッチにコーンスープ。コーヒーである。サンドイッチとコーンスープはそれぞれ体力回復、コーヒーは状態異常を治癒する効力があったはず。
昨晩、ガロンドルフから受けたダメージは治癒しているが……その料理からはレヴィエナの気遣いと労わりが感じられた。
「美味そうだな。ありがとう」
「そんな……使用人として当然のことをしたまでです! 坊ちゃまからお礼を言っていただけるようなことは何も……」
「それでも……俺はお前に礼を言いたい。本当にありがとう」
「ううっ……」
重ねて感謝の意を告げると……レヴィエナが急に顔を抑えてうつむいた。
ポタリポタリと小さな音を立てて床に落ちたのは……赤い液体。血である。
「は……?」
「し、失礼しました! お皿はあとで回収に参ります……!」
一方的に言い残して、レヴィエナは顔を手で覆ったまま部屋から出て行ってしまった。部屋の床には小さな血痕が残されている。
「まさかと思うが……アイツ、俺に礼を言われたくらいで興奮して鼻血を出したのか?」
怖い。非常に恐ろしい。
いったい、昨日の号泣もそうだったが……あのメイドはどれほどゼノンのことを溺愛しているのだろう。
「……ゼノンにはちゃんと味方がいた。トチ狂って、他人の女を寝取る必要なんてなかったんだよ」
ぼやきながら、俺はテーブルに並べられた料理に手をつけた。
〇 〇 〇
食事を摂ってから、学園の制服に着替えて部屋から出る。
昨日はガロンドルフから虐待を受けてしまったが、そんなことはお構いなしに今日も学校があるのだ。
そのまま玄関へと向かおうとするが……前方に大きな影が立ちふさがる。
「おはようございます。ゼノン様」
「……ああ、ザイウスか」
廊下に待ち構えていたのは、執事服を着た初老の男性である。
彼の名前はザイウス・オーレン。バスカヴィル家に仕えている執事であり、家令として屋敷の管理を任されている人物である。
ロマンスグレーのオールバックに、カイゼル髭。左目につけられた片眼鏡。背筋を伸ばした姿勢は使用人としては理想的なものであり、いかにも出来る執事といった風体である。
しかし、アンバランスなことに首から下はプロレスラーのように筋骨隆々としており、素手で人間の首をへし折れそうなほどに逞しい。きっちり着込んだ執事服は筋肉によってはちきれんばかりになっており、今にもボタンが千切れて飛んできそうである。
ガロンドルフの側近である男の登場に、俺は警戒しながら口を開く。
「……何か用か。あまりのんびりしていると学校に遅刻してしまうんだが?」
「登校前にお時間をいただき、失礼をいたします。ただ……今朝は庭で訓練をしていなかったようですから、体調でも悪いのかと気になりまして」
「朝練は自主的にやっているものだ。たまには気分が乗らない時もある」
ましてや、昨日は父親から拷問をされたのだ。訓練どころではない。
ぶっきらぼうに答えて横をすり抜けようとするが、ザイウスがさっと身体をずらして再び道をふさぐ。
「旦那様はゼノン様が成長して、バスカヴィル家にふさわしい強者となられることを望んでおります。もしもゼノン様が鍛錬を怠るようでしたら、旦那様に報告をしなければいけないのですが」
「へえ……俺がさぼっていたら親父が帰ってきて、また昨日みたいに折檻をするってことかよ? 教育熱心なことだな」
ゼノンの父親であるガロンドルフは年の大半を留守にしており、屋敷に帰って来ることは滅多にない。
帰って来るときといえば、昨日のようにゼノンを叱りつけるときくらいである。
母親については不明。ガロンドルフの愛人の1人が産んだ子供らしいが、ゲームにゼノンの母親は登場しなかった。
教育熱心な両親などゼノンにはいないのである。
「……旦那様はゼノン様に期待しています。どうかその期待を裏切られませぬよう、お願い申し上げます」
ザイウスが困ったような表情で窘めてくる。
「ふんっ……」
鼻を鳴らして、今度こそザイウスの横をすり抜けた。大柄な執事は今度は進路を妨げることなく、大人しく道を譲る。
そのまま玄関に向けて歩いて行こうとして、ふと思いついて振り返った。
「これからも鍛錬を休むことがあるだろうが……心配はいらない。ちゃんと親父の期待には応えてやるさ」
「ほう……何か、強くなるためのお考えでもあるのですか?」
「素振りをするだけが強くなる道じゃないだろう。俺は俺のやり方で強くなってやるよ……それこそ、親父の度肝を抜くくらいにな」
捨て台詞のように言い残して、さっさとその場を立ち去る。
背中に執事の視線が突き刺さっているのを感じながら、改めてガロンドルフを越えられるくらいに強くなることを決意したのだった。
――――――――――
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