第11話 初めてのダンジョン


 この世界に転生してゼノン・バスカヴィルになり、父親を超えることを決意して1週間。それから何事もない学園生活が続いていた。

 相変わらずレオンは険悪なオーラを放っていたが、積極的に関わってくるつもりはないらしい。あちらから話しかけてくることはなかった。

 他のクラスメイトも一定の距離をとり、怯えるような眼差しを向けてくるばかりである。入学式と変わらないボッチライフが続いていた。


 睨みつけてくる正義漢主人公は置いておくとして、授業自体はそれほど苦にはならないものである。

 例えば数学の授業などは日本の中学生レベルの内容であり、それほど難しいものではない。歴史などの暗記科目がネックになるかと思われたが、それも不思議とスポンジが水を吸うようにスッと頭に入ってくる。魔法の使い方が身体に沁みついていたように、知識もまたゼノンの頭に残っているのかもしれない。


 まるで学生時代に戻ったかのような気分を味わいながら、そつなく授業をこなしていき、やがて待ちわびていた授業の時間がやってきた。学園における実技科目――『ダンジョン探索』である。

 ダンジョンというのはこの世界に無数にある魔物の巣窟であり、モンスターや宝物が自然発生する不思議な場所だった。

 学園の敷地内にもその1つが存在している。『賢人の遊び場』という名称で、ゲームにおいてチュートリアルとして扱われるダンジョンだ。


「これより『ダンジョン探索』の授業を始めます。皆さん、事前に決めておいた『パーティー』に分かれてください」


 ダンジョンの入口前に集合した生徒に向けて、ワンコ先生が落ち着いた口調で宣言した。

 オリエンテーションの際、授業でダンジョン探索をするからパーティーを決めて置くように事前通達されている。パーティーの人数は上限4人までだ。

 すでに入学してから1週間が経過している。クラス内でも行動を共にする仲良しメンバーができており、クラスメイトの大部分が3~4人のパーティーを作っていた。

……ごく一部の例外を除いて。


「それではパーティーごとに順番でダンジョンに入ってもらいます。ええと、誰ともパーティーを組んでいないのは……」


 ワンコ先生がチラリとこちらに目を向けてきた。

 クラスメイトからやたらと怖がられている俺は、当然のようにボッチである。誰のパーティーにも混ぜてもらえなかった。

 チュートリアルダンジョンくらい、1人でも楽勝なのだが……何故だろう、目尻が少しだけ熱くなってしまう。


「……俺は別に構わない。1人で十分だ」


「私も問題はない」


 ボッチは俺だけではなかった。メインヒロイン三巨頭の1人であるナギサ・セイカイもまた、どこのパーティーにも加わることなく孤高に佇んでいた。

 剣術少女のナギサはとある理由で留学してきたのだが、最初は人間不信であり、クラスメイトともほとんど交流を持っていないのだ。

 後にレオンに命を救われて、それがきっかけで仲間になって周囲にも心を開くようになるのだが……それはまだ先のことである。


「……ソロでの探索は危険が大きすぎます。初めてのダンジョンですし、余っているのなら2人で組んでも構いませんよ?」


「結構だ」


「無用だ」


 俺とナギサが同時に断言する。

 レオンの邪魔をしないためにも、メインヒロインであるナギサとの接触は最低限にしたい。意味もなく寝取りフラグを立てるつもりはなかった。


 頑なにしている様子の俺達に、ワンコ先生が頭痛を堪えるように眉間を指で抑える。


「はあ……そうですか。このダンジョンにはそれほど危険なモンスターは出てきませんが……ダンジョン内では何があっても自己責任ですよ。命を落としたとしても学園は一切の責任は取りませんから、くれぐれも無理はしないように」


 ワンコ先生が呆れたように首を振り、気を取り直したように両手を叩いた。


「はい、それじゃあ順番に探索を始めてください。前のパーティーが入ってから10分後に次のパーティーが探索を開始してください。ちゃんと見つけた収集物や魔物の素材は持ち帰るように。他のダンジョンのように管理ギルドが買い取りをすることはありませんが、成績に反映されますから」


「よし! まずは俺達からだ!」


「ちょっと待ってよ、こっちが先でしょう!?」


 ワンコ先生の説明を受けて、クラスメイトがダンジョンに入る順番を巡って言い争いを始める。

 ゲームではこんな描写はなかったが……みんな早くダンジョンに入りたくて仕方がないようだ。いっそ先生が順番を決めてしまえばいいのに、生徒の自主性を尊重しているのか、ワンコ先生は少し離れた場所で生徒の言い争いを見守っている。


「……まるで遊びに行くような気軽さだな。これから危険な場所に入るというのに、酔狂なこと」


「あ?」


 蚊帳の外で口論を眺めていると、何故かナギサが話しかけてきた。涼しげな顔つきの黒髪美少女に、俺は思わず眉をひそめてしまう。


「……驚いた。クラスメイトに話しかけられたのは初めてだ」


「それは仕方がないだろう。貴殿は見るからに悪そうな顔をしている。みんな怖くて仕方がないのだろう」


「それは申し訳ない限りだな……それで、何か用かよ?」


 俺は警戒しながら尋ねた。ナギサは涼しげな顔で鼻を鳴らす。


「貴殿だけ暇そうだったからな。皆に伝えておいて欲しい。誰から行くか決まらないのであれば、このナギサ・セイカイが先陣を務めると」


「おいおい……出し抜くつもりかよ。意外といい性格をしていやがる」


「では、頼んだ」


 俺の返事を待つことなく、ナギサはこれで話は終わりとばかりに背中を向けた。そのまま迷うことなくダンジョンの中に足を踏み入れていく。

 順番を無視したフライングに、他の生徒から抗議の声が上がる。


「お、おい! ちょっと待てよ!」


「ずるいぞ! こら、待ちやがれ!」


「…………」


 背中にぶつけられた制止の言葉を無視して、ナギサはダンジョン内部へと消えていった。

 どうやら俺以上に協調性のない人間がクラスにいたようである。俺はやれやれと肩をすくめて、クラスメイトに向けて声を張り上げた。


「お前らがいつまで経っても決めないから、時間の無駄だってよ! ジャンケンでもアミダでもいいから、さっさと決めやがれ。日が暮れるぞ!」


「う……」


 どうやら俺の悪人面が利いたらしく、クラスメイトは不毛な言い争いを止める。その後はパーティーの代表者によるジャンケンになった。

 ナギサが探索をはじめてきっかり10分後、じゃんけん大会に勝利したレオンとシエルがダンジョンへと入っていった。

 後回しになったパーティーは不満そうに時間が経過するのを待っている。


 じゃんけん大会に参加していない俺は自然と最後尾になってしまった。

 腕を組んで端の方で待っていると……今度はワンコ先生がこちらに近寄ってくる。


「驚きました……バスカヴィル君は意外とリーダーシップがあるようですね。見直しましたよ」


「……見直すも何も、俺のことなんてまるで知らないでしょう。先生」


 話しかけてきたワンコ先生に、俺はふふんと鼻を鳴らして応えた。


「そうですね……クラスの皆さんはバスカヴィル君の顔と家柄で距離を置いているようですけど、私も同じだったみたいです。教師として猛省しなければいけません……それよりも、バスカヴィル君は1番最後でよかったのですか? 順番決めにも参加していなかったようですが?」


「順番なんてどうでもいいことです……ところで、先生。1つ確認しておきたいのですが」


「何でしょうか?」


 俺は首を傾げる女教師に、確認しておくべきことを尋ねた。


「ダンジョンで獲得した物――アイテムや財宝には、国とギルドから一定の税が課せられるはずです。このダンジョンで獲得した物にも税がかかるんですか?」


「いえ、これはあくまでも授業の一環ですし、ここは学園が管理しているダンジョンですから、税金はかかりませんよ」


 ワンコ先生はクイッとメガネの中縁を指で押し上げて、クールな微笑を浮かべる。


「とはいえ……ここで手に入るアイテムは店で売っても二束三文の品ばかりですから、そもそもお金になんてなりませんよ。その代わり、強いモンスターもいないので死者が出ることもほとんどありませんが」


「それを聞いて安心しました。せいぜい頑張ってアイテムを探すとしましょうか」


「やる気があるのは結構ですが、貴方はパーティーを組んでいませんから。危なくなったら無理せずに引き返してください」


「……お気遣い。感謝しよう」


 嫌われ者の俺に対しても、ワンコ先生は身を案じる言葉をかけてくれる。

 良い先生だと心から思う。それにしっかりしている。ゲームにおいて地下室で調教されて、犬になってしまう女性とはとても思えない。


 やがて、最後のグループがダンジョン内部へと消えていく。

 自分とワンコ先生を除いて誰もいなくなったのを確認して、俺もまた迷宮につながる階段へと足を踏み入れるのであった。


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