第13話 星読み
模擬戦で俺にやられたレオンであったが、意外なことに昼休み明けには教室に顔を出してきた。
かなりボコボコにしたつもりなのだが、あっさりと復活したようだ。実力だけでなくタフさも身についているようで何よりである。
教室に入ってきたレオンは俺に顔を向けて、無言で握り拳をつくってきた。
そんなアクションだけでは何を言いたいのかはわからないが……まあ、挑戦的な意味合いなのだろう。
俺の本気を目の当たりにして、改めてふんどしを締め直したようである。
レオンはこれからも成長することだろう。
ヒーローの飛躍に貢献することができて、悪役冥利に尽きるというものだ。
午後の授業は全て座学だった。
俺は午前中と同じように、教室の片隅でそっと睡眠学習にいそしんだ。
「ご主人様―、授業が終わりましたの—」
「ん……ああ、もうそんな時間になったのか」
いつの間にか午後の授業が終わっており、下校時刻となっていた。
バスカヴィル家の当主として夜の活動を始めてから、授業はもっぱら眠る時間になっている。実技科目以外はほぼ寝て過ごしていた。
幸いにして、『ゼノン・バスカヴィル』は頭だけは優秀だ。2、3度教科書を読めばテストで上位の成績をとることができる。
「やはり『闇魔法』は便利だな……。教員にバレずに余裕で眠れる」
俺は闇魔法のスキルを使って首から上を幻影で偽装し、さも真面目に授業を受けているように振舞っていた。
仮に堂々と寝ていたとしても、バスカヴィル家を恐れている教師であればわざわざ指摘することはない。だが、担任のワンコ先生だけは俺を恐れることなく叱りつけてくるので、やむを得ずこんな方法をとっているのだ。
「……ナギサとエアリスはクラブ活動か?」
「はいですの。夕食までには屋敷に戻ると言ってましたの」
剣魔学園も学校には違いない。当然ながら、部活やクラブといったものは存在する。
ナギサは剣術部の活動に参加しており、この学園の生徒に青海一刀流を広めていた。裏切り者の邪剣士によって滅亡に追いやられた流派を復活するため、虎視眈々と学園の生徒を勧誘しているのだ。
エアリスは厳密にはクラブ活動ではないのだが……貴族の子女が開催しているサロンに足繁く通っている。エアリスなりに俺の役に立とうと考えているらしい。セントレア家の娘として、バスカヴィル家の未来の夫人として顔を広めながら、貴族社会の情報収集をしていた。
「ウルザは……今日はアリサはよかったのか?」
「アリサさんはジャンさんと買い物に行くらしいですの! うるさいのがいなくて清々ですの!」
ウルザは唇を尖らせて拗ねた顔になっている。
性格はともかく容姿だけは極上の美少女であるウルザは、アリサをはじめとしたクラスの女子からマスコット扱いされており、放課後はいつも学食や喫茶店でスイーツをごちそうされていた。
今日はアリサの都合でそんな放課後の女子会もないようだ。ウルザとしては、うるさいのがいなくて嬉しいやら、スイーツが食べれなくて悲しいやら……複雑な心境なのだろう。
「それじゃあ……俺も用事を済ませに行くかな」
「ウルザもお供しますの! ご主人様と放課後デートですの!」
立ち上がって教室から出ていく俺に、ウルザがスキップするような足取りでついてくる。
デートというほど色気のある場所に行くわけではないのだが……ウルザはまるで飼い主についてくる子犬のように幸せそうな顔をしていた。もしも尻にしっぽが生えていたら扇風機のごとくブンブンと大回転していたことだろう。
連れ立って訪れたのは学園のクラブ棟。その片隅にある部屋だった。入口には『新聞部and占星術研究会』などとプレートが掲げられている。
軽くノックをするが部屋の中から応答はない。事前に約束をしていたはずなのだが……怪訝に思いながら横開きの扉を開けると、黒いカーテンの閉まった部屋の中は真っ暗であった。
「……スピリチュアルの世界へようこそ。憐れで哀しく、されど愛おしい子羊達よ」
「…………」
暗闇の中に蝋燭の火が点った。うっすらとしたオレンジの光に照らされたのは……部屋の中央に置かれた椅子に座ったローブ姿の人物である。道で遭遇したら回れ右して引き返すレベルの妖しさ爆発の格好だった。
フードを深々と被っているためその人物の顔は見えないが……鐘の鳴るような凛とした声音から女性であることが窺える。
「さあ、その心の内を解放しなさい。偽ることなく悩みを打ち明けるのです。迷える子羊よ、貴方の行く先に星と神々の導きを与えましょう」
「……大そうなお出迎えだな。その格好でずっと待ってたのか? 部屋にやって来たのが俺以外だったらどうするつもりだったんだよ」
間違いなく、不審者として警備員を呼ばれそうである。
冷や水を浴びせるような冷静な口調で言ってやると……ローブ姿の女性が鼻白んだように唇を尖らせた。
「……なんだ、随分とノリが悪いね。少しくらい遊んでくれてもいいだろうに。我らが盟主殿」
不満げに言って、女性がローブを脱ぎ捨てた。
漆黒のローブの中から現れたのはショートカットの女性である。明るく快活そうな顔立ちをしており、ボーイッシュな容姿は異性よりも同性からモテそうだ。制服のリボンの色から上級性であることがわかる。
「さて……来訪を歓迎するよ、盟主殿。よくぞお越しくださいました。剣魔学園新聞部……あるいは、占星術研究会に」
好奇心の強そうな大きな瞳が俺に向けられる。女性は道化じみた気取った仕草で頭を下げてきた。
新聞部と占星術研究会……無関係とも思える2つの部活の長である彼女の名前はポラリス・マスカレイド。
剣魔学園に通っている3年生の先輩にして、学園内のあらゆる情報に精通した情報屋。さらに、卓越した占い師として学園の女子生徒から多大な信頼を集めている女性。
「さあ、そちらのテーブルに腰かけてくれたまえ。歓迎させてもらうよ、我らが盟主殿」
ポラリスは明るい口調でそう言って、窓を覆っていたカーテンを開け放つ。部屋の中に西に傾いた日の光が差し込んできた。
部屋が暗くて気がつかなかったが……部屋の奥にあるテーブルにはティーカップが置かれており、茶菓子まで用意されている。客人をもてなす準備はバッチリなようだ。
言われるがままに椅子に座ると、ウルザが当然のように隣に腰かけてきた。ウルザはすぐさま茶菓子に手を付けて口に放り込み、途端に幸せそうな顔になる。
「モグモグ。ムシャムシャ……美味しいですの。良いお菓子ですの」
「おいおい……まだ茶も淹れてないってのに……」
「気にしないでくれたまえ。可愛い小鬼ではないか。私も飼いたくなってきたよ」
無礼を咎めようとする俺に、ポラリスが苦笑しながらティーポットを手に取った。
俺とウルザの前にティーカップが置かれる。カップの中には緑色の液体が注がれており、細かい茶葉がティーカップの中でふわりと踊っていた。
「緑茶か……珍しいな」
俺は感慨深げに言いながらカップに口をつける。上質な緑茶の芳醇な味わいが口いっぱいに広がっていく。
日本で飲んだのと同じ味。懐かしい味である。この世界はヨーロッパと同じ世界観のため、日本の緑茶を飲むのは久しぶりである。
器が湯飲みではなくティーカップなのが非常に不釣り合いだったが。
「……結構なお点前で」
「気に入ってくれたようで何よりだよ。東方から取り寄せた甲斐があった」
「東方……ジパングか。ナギサに飲ませたら喜びそうだな」
「よければ、土産に持って帰るといい。愛人さんにも飲ませてあげてくれたまえ」
「それは助かるな……ところで、そろそろ本題に入らせてもらっても構わないだろうか?」
俺は一息ついて、ティーカップをテーブルに置く。
隣でウルザがガツガツと茶菓子を喰らっているのを横目に見つつ、ポラリスへと言葉を向ける。
「頼んでいた調査結果を受け取りたい。もちろん、仕事は済んでいるよな」
「ああ、もちろんだとも。我らの情報力ならば容易な仕事だったよ」
ポラリスが得意げに言いながら分厚い紙の束を取り出してきた。
ポラリス・マスカレイド。
新聞部と占い研究会の部長というのは仮の姿であり、その本性は別にあった。
バスカヴィル家傘下の情報機関──『星読み』のメンバーにしてリーダーの娘。
俺がバスカヴィル家の当主となったことで配下に加わることになった女性諜報員である。
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