第8話 ナギサ VS ルーフィー


 補助魔法による青いエフェクトに包まれて、ルーフィーが拳を構えながら口を開く。


「魔法をかけ終わるまで待っててくれるなんて、私のことを舐めてるのかしらあ? 油断大敵って言葉、知らないのお?」


「これが実戦であったのならば刹那に斬っている。だが……これはあくまでも模擬戦だからな。弱い敵と戦っても何の訓練にもなるまい?」


 ルーフィーの眠たそうな眼を睨み返し、ナギサが淡々とした口調で語る。


「即席であっても強者になってくれるのならば、こちらとしては願ったりだ。先手は譲ってやる。かかってくるがいい」


「ふうん? つまりは……すごーく舐めてるってことよねー。そこまで言うのなら……ちょっと後悔させてあげましょうっと!」


 ルーフィーが地面を蹴った。

 補助魔法によって速度も上昇しており、一瞬でナギサの間合いの内側へと足を踏み入れる。

 そのまま鋭い拳をナギサの顔面に向かって振り抜いた。


「なるほど……速い」


 ナギサが首を傾け、顔面に迫る拳を躱す。

 わずかでも回避が遅ければ、ナギサの端正な顔がぐちゃぐちゃになっていたことだろう。


「それに、迷いのない良い攻撃だ。躊躇いなく女の顔を狙ってくるあたり、君の容赦のなさが窺える」


「嫌いな人に手加減するほど器用じゃないからねえ」


「ほう? 私が君に嫌われているとは初耳だな。君とはほとんど会話をした覚えがないのだが?」


「人を嫌いになるのに理由なんていらないでしょお!」


 距離を詰めたルーフィーが立て続けに拳打を繰り出した。

 次々と放たれる打撃を、ナギサは手に持った剣で捌いていく。

 息を呑むような激しい攻防。周囲にいる生徒らも、固唾を飲んで戦いの行方を見守っている。


「うん、強いな。想像以上だ」


 俺は感心して頷いた。


 ナギサが強いのはもちろん知っているが、ルーフィーがここまで善戦をするとは思わなかった。

 補助魔法による強化を抜きにしても、かなり良い動きをしている。


「1ヵ月前からブレイブとパーティーを組んでいるようだが……それなりに修羅場をくぐっているようだな。こうなると、ブレイブの成長ぶりも気になるところだ」


 仲間が成長しているということは、パーティーのリーダーであるレオンもまた成長しているということだ。この後の模擬戦が楽しみになってくる。


「ハアッ!」


 今度はルーフィーが蹴りを放つ。鞭のようなハイキックをナギサは上体を逸らすことで回避する。


「これも躱すのねえ。嫌な感じい」


「称賛として受け取っておこう。そろそろ、こちらも反撃させてもらいたいのだが……」


「そんなことはさせませーん。もう離れないわよお?」


 ナギサが剣を振って反撃しようとするも、ルーフィーが素早く懐に入ってきて抵抗を封殺した。

 手甲による格闘戦で戦っているルーフィーに対して、ナギサの武器は剣である。

 リーチで言えばナギサが有利だったが、裏を返せば、懐に踏み込まれてしまうと何もできなくなってしまう。

 ルーフィーは巧みに距離を詰めることで、ナギサが剣を触れないようにしていた。


「この距離だったら『剣士ソードマン』は何もできませんよねえ? もう離しませんよーだ」


「む……!」


 ルーフィーの拳がナギサの頬をかすめる。

 鋭い拳打によって、ナギサの頬に真一文字の傷が生じた。

 ナギサがバックステップで距離をとって反撃に転じようとするも、離れたらその分だけルーフィーが接近して、剣を振るうための空間を作らせない。

 ルーフィーの戦いぶりは、『強い』というよりも『巧い』と称するべきだろう。見事に格上の相手であるナギサを翻弄していた。


「このままだと……ナギサさんが負けてしまいますね。ルーフィーさんが完全に戦いの流れをコントロールしています」


「敵を潰せるときに潰しておかないからこうなりますの。舐めプとかしちゃって、ざまあないですの」


 エアリスとウルザがそろってそんなことを言う。

 確かに……このまま戦いが続けば、ナギサが敗北することだろう。

 補助魔法には時間制限があるが、それまであの猛攻を耐えるのは至難の業だ。


「とはいえ……それはあくまでも、俺の仲間になる前のナギサだったらの話だな。今のナギサは昔とは違う」


 俺がつぶやくと同時に、ナギサが行動に出た。


 ルーフィーが拳を振るってナギサを殴りつけようとするのと同時に、金属の小手に剣を叩きつける。

 ろくに振りかぶってもいない斬撃はほとんど攻撃力なんてない。ダメージにつながるような一撃ではなかったが……


「くうんっ!?」


 軽いはずの攻撃でルーフィーの拳が大きく弾かれ、そのまま体勢を崩して転倒してしまう。

 眠そうな半開きの瞳が初めて見開かれており、愕然とした表情になっている。


「カウンターパリィ……決まったな」


 俺はパチリと指を鳴らした。

 それはゲームにおいて、プレイヤーが使っていたテクニック技である。

 相手の攻撃部位の中心にこちらの攻撃を叩きつけることで相手を弾きとばし、ダウンを取るという技だった。


 一方的に攻めていたはずのルーフィーが唐突に転ばされた姿に、周囲にいる生徒から困惑のざわめきが生じている。

 並の使い手では、ナギサが何をしたのかもわからないに違いない。


「青海一刀流奥義──逆波流し」


 ナギサがルーフィーを弾き飛ばした姿勢のまま、静かにつぶやく。

 カウンターパリィはナギサの使う流派において『逆波流し』などと呼ばれており、師範である父親の死によって失われた技らしい。

 ナギサは俺に師事することでその極意を掴んでおり、一度は失われた奥義を再びこの世に甦らせることに成功したのだ。


「さて……これで私の勝利だ。文句はあるまい」


 ナギサが倒れたルーフィーに剣を突きつける。


「…………」


 一瞬で逆転された形勢。眼前にある切っ先にルーフィーはわずかに表情を顰めるが……やがて諦めたように肩を落とした。


「……はいはい。私の降参ですよーと。これで文句はないわよねえ?」


 両手を上げて、拗ねたように唇を尖らせる。

 勝利したナギサは大きく頷きながら剣の切っ先を引く。


「アストグロウ、君もなかなか悪くはなかった。ただ……1つだけ訂正させてもらおう」


「……何かしらあ? 嫌味でも言うつもりい?」


「私のジョブは『剣士』ではない。先日、神託を受けて『剣豪サムライマスター』にジョブチェンジした。認識を改めていただこう」


「…………」


 勝ち誇る様子もなく言い放ち、ナギサは倒れたルーフィーをそのままに体操服の裾を翻すのであった。

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