第17話 成金の部屋
ダンジョンの奥に進んで行くと、やがて広い空間が目の前に現れた。
先ほどまでレオン一行とガーゴイルが戦っていたであろう場所には、地面に鋭い刃物で引っかいたような痕があり、壁は魔法で黒く焼け焦げている。
色濃い戦いの痕跡に感心しつつ、俺は部屋の中央にある台座へと向かう。
台座の上には金属製のメダルがジャラジャラと置かれている。その1枚を手に取ってポケットに入れて、軽く服の上から叩いた。
「これでダンジョンクリアー。ほぼ無傷でのミッションコンプリートだな」
このメダルはダンジョン【賢人の遊び場】を到達達成した証。
これを手に入れることで実技成績に加点され、さらに上のレベルのダンジョンへの探索が許可されるようになるのだ。
「ゲームでは泣かされたよな……ガーゴイルを追い払ってそれで終わりと思って外に出たら、メダルを取ってこなかったせいでダンジョンクリアーが認められないんだから」
おかげで、攻略したダンジョンにもう1度潜ることになってしまった。
『ダンブレ』をプレイしたことがある人間にとってはあるあるの失敗談である。
そういえば、レオン達はこのメダルを持って帰ったのだろうか?
ガーゴイルとの戦いで満身創痍になっていたようだから、ひょっとしたら忘れているかもしれない。
「ご愁傷様ってね。えーと、あとは……」
俺はもう1つの用事を達成するべく、部屋の周囲を丁寧に調べていく。
実はこの部屋にはもう1つだけ秘密が隠されているのだ。
それはプレイ2周目以降でのみ現れる特典。初めてのプレイでは得ることができないボーナスなのだが、この世界にも反映されているだろうか。
「……見つけた。ここだな」
壁の一部に少しだけ色が違う場所があった。その箇所を手で押すと、まるで忍者屋敷の隠し扉のように壁が回転して新しい通路が出現した。
俺は迷うことなくその通路に足を踏み入れる。そのまま10メートルほど歩いて行くと……目がくらむような光が俺の視界に広がった。
「おおっ……ちゃんとあるじゃないか。『成金の部屋』!」
目の前に黄金の山が現れた。
無数の金貨が見上げるほどの山になって積み重なっている。その周囲には、宝石で彩られた豪奢な装飾が施された宝箱がいくつも置かれていた。
この部屋の名称は『成金の部屋』。ゲームを周回プレイすることで出現する、クリア特典の1つである。
『ダンブレ』のシナリオにはいくつかのルートとエンディングが用意されており、プレイヤーが周回プレイすることを前提として作られている。
そして、そういったゲームのお決まりとして、エンディングに到達することで解放されるクリア特典が用意されていた。
その特典の1つが、『成金ニューゲーム』。前回クリア時に持っていた金とアイテムを引き継ぐことができるというものである。
2周目以降に最初のダンジョンである『賢人の遊び場』を訪れると、その最奥に隠し部屋が出現する。隠し部屋の中には引き継いだ金とアイテムが保管されており、自由に持ち出せるようになっているのだ。
俺は宝箱の1つを空けて、中に入っていたマジッグバッグを取り出した。これはゲーム終盤に手に入る貴重品アイテムで無限にアイテムが収納できる。
アイテムを収納できる道具はいくつかあったが、個数無制限なのはこのマジックバッグだけだった。
「ふ、フフフフッ……クククッ、笑いが止まらないな! これだけの金! アイテム! いきなり億万長者じゃないか!」
俺は押し寄せる衝動のままに笑いながら、部屋中に積み重なっている金貨をどんどんマジックバッグに収納していく。
宝箱には素材アイテム、消耗アイテム、装備アイテムときちんと分類されてアイテムが入れられており、それも残すことなくマジックバッグに放り込む。
「お? この剣はまさか……?」
アイテムの中に1本の剣を見つけて、思わず手を止めてしまう。
宝箱の中から取り出されたのは、カラスの濡れ羽のように黒く染まった片端の剣である。
日本刀のように反りの入った刀身には、よく見ると赤い筋が血管のように浮き出ており、まるで生き物のように小刻みに脈打っている。
「『魔剣・天乃羽々斬丸』――お前もこの世界に来ていたんだな。愛しくも懐かしい、俺の愛剣よ……」
それはかつて、ゲームプレイ時に俺が作り出した武器である。
『ダンブレ』は鍛冶屋に依頼をすることで、新しい武器を作成することができる。武器の性能は持ち込んだ素材アイテムによって変化するため、自分だけのオリジナル武器を生み出すこともできるのだ。
天乃羽々斬丸は俺が造り出した最高の武器である。時間をかけて素材を集め、気の遠くなるような資金を投入して、何度も強化を繰り返しながら育て上げた名刀である。
10回以上の周回プレイを経て鍛えた性能は、シナリオ後半で手に入る最強武器の『聖剣・エクスブレイブ』すらも凌駕する。
カンストまでスキルを育てた主人公が装備すれば、ハードモードの魔王にさえも大ダメージを与えることができる威力があった。
「この剣があるってことは……やっぱり、この部屋にあるのは俺の周回データを元にしたアイテムってことだよな? いったい、誰が用意してくれたんだ?」
このクリア特典が存在するということは、この世界は俺がプレイした『ダンブレ』から生まれた世界ということになる。
つまり、俺は偶然にこの世界に迷い込んで『ゼノン・バスカヴィル』の身体に憑依したわけではなく、何者かの意思によって意図的にこの世界に転生させられたのではないだろうか。
「いったい、誰が……何のために……?」
日本にいた頃にゲームのキャラクターに転生する系統のラノベは何度か読んだことがあるが、自分がその立場になるとは思わなかった。
神か悪魔かは知らないが、この世界に自分を送り込んだ者の目的は何なのだろう。
『1』の主人公であるレオンではなく、『2』の悪役主人公であるゼノンに転生したことも偶然ではないはず。必ず、何かの意味があるのだろう。
俺はしばし悶々と考え込んでいたが、やがて諦めて肩を落とした。
世界を創り出すような存在の意図を人間ごときが測ることなどできるものか。正解か不正解かも判断できない問題など、考えるだけ時間の無駄だ。
うじうじと考え込んでいたら、それこそ日が暮れてしまう。
外ではワンコ先生や先にダンジョンから出たクラスメイトも待っているだろうし、さっさとアイテムの回収を済ませてしまおう。
俺は無意味に考えるのをやめた。
頭を空にして、ひたすら手を動かしてアイテムをマジックバッグへと収納するのであった。
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