第30話 勇者の末路?

「うわあああああああっ!?」


 己の頭部に向かって迫りくるトゲ付きの金棒に、レオンは驚愕の叫びを上げた。

 それでもさすがは主人公の勇者である。そのまま殴られるような真似はせず、俺の肩を掴んでいた手を放して後ろに飛んだ。

 金棒が空を切って地面へと突き刺さった。舗装された校庭の地面が割れて、大きなヒビ割れが生じる。

 ウルザはすぐに顔を上げて、キッと後方に下がったレオンを睨みつけた。


「逃がしませんの! ご主人様の敵はぶっ殺ですの!」


 ウルザは再び鬼棍棒を構えて、後方に下がったレオンを追撃していく。その機敏さは金属製の棒を持っているとは思えないような速さである。

 迫りくる金棒少女に、レオンは慌てて手を振りながら制止の声を張り上げた。


「ま、待ってくれ! 僕は君を助けようとしていたんだ! 落ち着いて話を……!」


「臓物ぶちまけろ、ですの!」


「ちょ……うわあっ!?」


 レオンが慌てた様子で腰の剣を抜いて、横薙ぎに振るわれる一撃を受け止める。

 ガキンと重々しい音が鳴った。小柄な体格とは裏腹に恐るべき腕力を誇るウルザに、レオンは愕然と目を見開いた。


「や、やめ、待ってくれ……! 僕は君の敵なんかじゃない。君を奴隷から解放したいだけなんだ!」


「そ、そうよ! レオンは貴女の敵じゃないわ! お願いだから話を聞いて!」


「問答無用ですの!」


 レオンとシエルが2人がかりで説得を試みるが、ウルザは聞く耳持たずに金棒を振り回す。標的にされたレオンがぎゃあぎゃあと悲鳴を上げて逃げ回った。

 シエルも救い出そうとしていた少女に追い詰められる幼馴染みの姿に、顔面を蒼白にしている。


「うわあ、こわっ……………………いや、呆けてる場合じゃねえ!」


 ウルザの暴れっぷりにしばし言葉を失っていた俺であったが、さすがにこれ以上は放置するわけにはいかない。暴れる従者を止めに入ろうとする。


「ちょ……待て、ウルザ! 1回止まれ!」


「ご主人様の敵は殺しますの! ぶっ殺ですの、超殺ですの!」


「おいこら! 話を聞け!」


 どうやらウルザは戦闘になると周囲が見えなくなるタイプのようである。流石は戦闘民族だと感心すればいいのか、それとも狂戦士っぷりに呆れればよいのか。


「ちょ……これって不味いんじゃ……」


「私、先生呼んでくる!」


 暴れ狂う少女に、周囲で見守っていた生徒の1人が教員を呼ぶために校舎へと走って行く。教員が駆けつけるのが先か。はたまた、レオンが金棒に潰されるのが先か。


「くっ……是非もないか!」


 こうなったら仕方がない。巻き込まれるかもしれないが、ウルザの身体に飛びついてでも止めるしかない。

 保護者として、主としての責任だ。ケガをしてでも強引にウルザを止めなければ。

 こんなところで、魔王を倒すことができる勇者の子孫をミンチにするわけにはいかない。


 俺は決死の覚悟を決めて、ウルザの小さな身体めがけて飛びかかろうとする。

 しかし――それよりも先に、このドタバタな乱闘劇に決着がつくことになった。


「チェスト、ですの!」


「く、このっ……」


 上段から振り下ろされた一撃を、レオンは頭上に剣を構えて受け止めた。

 しかし、そこでウルザの攻撃は終わらない。レオンの両手が防御に使われている隙を見て、下から蹴撃を放ったのである。


「潰れろ、ですの!」


「ぐひっ……!」


「あ……」


「うわ……」


 ウルザのつま先がレオンの両脚の間……すなわち、股間部分に突き刺さる。

 俺が、シエルが、周囲で騒動を見守っていた登校中の生徒らが言葉を失い、まるで時間が停止したように音が消える。

 俺も含めて、様子を見ていた男子全員が顔を引きつらせて自分の股間を手で押さえた。


「ひ、ぎゅ……あ、あぱっ……」


 レオンの口からおかしな声が漏れ出した。剣を手放して、膝を屈して地面にうつぶせに倒れていく。

 そんなレオンめがけて、ウルザが鬼棍棒を掲げる。


「トドメですの!」


「こら、待て待て待て!」


「はうっ、ご主人様!?」


 ようやく俺はウルザを羽交い絞めにして、動きを制止する。

 俺の腕の中でもぞもぞと鬼人族の少女は身をよじるが、振り払う様子はない。


 そして――ようやく校舎のほうから教師が走ってきた。

 朝の校庭を騒がせた乱闘は、こうして主人公の尊い犠牲と共に幕を下ろしたのであった。






――――――――――

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