第73話 マルガリタ峡谷
「実技試験の会場は…………マルガリタ峡谷?」
剣魔学園の実技試験では、公平を期すため、テスト直前まで会場となる場所は伏せられていた。事前に会場がわかっていれば、入念に下調べをしてくるパーティーが出てくるからである。
学園側が用意した『地竜車』に乗せられた俺達が連れて行かれたのは、王都から西にある魔物の巣窟だった。
マルガリタ峡谷。
二百年前に『傾国の王妃』と呼ばれたマルガリタ王妃が処刑されたことにより名付けられた峡谷は、アンデッド系モンスターが多数生息しているダンジョンである。
ゲーム内の設定では、無実の罪によって処刑されたマルガリタ王妃が強力な不死者となっており、自分を殺した人間達への憎しみから無数のアンデッドを生み出しているということになっていた。
一般人には足を踏み入れることさえ危険な場所であるが……『深部』にさえ入り込まなければ、さほど難易度の高いダンジョンではない。
「……おっかない雰囲気だな。気が滅入るぜ」
地竜車から降りた俺は、目の前に広がる高く深い峡谷を眺めてうんざりとつぶやいた。
グランドキャニオンをモデルにして作られたその地形は、地殻変動によって隆起した高い丘が中央に縦断する巨大な河川によって削られたような形をしている。
流水によって浸食された丘には古代から現代にいたるまでの地層の重なりが露出しており、あちこちに化石のようなオブジェクトが貼りついている。
地学者や考古学者が見ればヨダレが出るような光景であるが……空はぶ厚い紫の雲によって覆われているため、この峡谷には一切の日光が差し込むことはない。
辺り一面が薄暗く、気温は夏が近いというのに息が白くなるほど低い。その場にいるだけで、まるで命を吸い取られているかのような鬱屈した雰囲気の場所である。
「ここがテスト会場ですか。てっきりどこかの山や森になるとばかり思っていたのですが……」
俺に続いて地竜車から降りてきたエアリスが、溜息を漏らすようにそう言った。
エアリスの表情はいつもより暗いが……アーモンド形の瞳はやる気と使命感に満ちている。
どうやら、スレイヤーズ王国屈指のアンデッド生息地域を目にして、神官として緊張と使命感の両方を抱いているようである。
「多くの救われぬ魂がさまよう場所。1人の神官として、いつかは浄化に訪れなければと思っていたのですが、まさか学園のテストで来ることになろうとは……!」
「ああ、俺も驚いているよ」
もっとも……俺が驚いているのは別のことである。
『ダンブレ』のゲームでは、期末テストの会場になったのはマルガリタ峡谷ではなく、別のダンジョンだった。
どうやら……何かしらの行動が影響を与えた結果、テスト会場が変更されてしまったようである。
「ま……難易度はそれほど変わらないから、別に構わないがな」
「ふむ……亡者共が相手とは参るな。私の苦手な敵ではないか」
続いて降りてきたナギサが、俺とエアリスの横に並ぶ。
剣士であるナギサにとって、形のないゴーストタイプのモンスターは天敵と呼んでもいい敵である。
スケルトンやゾンビのように形がある敵であれば斬ることができるのだが、マルガリタ峡谷にはどちらも生息しているのだ。
「ああ、俺もだよ。闇属性の魔法はアンデッドには効果が薄いんだよな」
ナギサに応えて、俺も肩をすくめた。
俺の攻撃手段は『剣』と『闇魔法』。どちらもアンデッドを相手にするには不利なものである。
学園の生徒ではないウルザを除き、俺のパーティーは3人組。そのうち2人が苦手とするダンジョンということだ。
「とはいえ……理不尽なほど不利とも言えないだろう。属性はアイテムでカバー可能だし、それにうちにパーティーにはエアリスがいるからな」
「はい! 私に任せてください!」
エアリスが「ムンッ!」と胸を張って断言する。目の前の峡谷にも負けることのない深い谷間が目の前に突き出されてきた。
「天の国に逝くことができない哀れな魂……女神の手が届かぬ彼らを、私が救って見せます!」
「ああ、くれぐれも無理はするなよ」
「はい!」
エアリスが力強く頷いた。
やる気に満ちた様子を見る限り、また無理をしてしまいそうだが……いざとなれば、力づくで止めればいい。
「それでは実技試験について説明します! こちらに集まってください!」
少し離れた場所で、試験官であるワンコ先生が声を上げる。地竜車から降りた他の生徒達も、ワンコ先生の周りに集まっていく。
その中には、当然ながらレオンの姿もあった。
「さて……それじゃあ、俺達も行くか!」
「はい! 頑張りましょうね!」
「ああ、腕が鳴るな!」
エアリスとナギサ。そして、俺。
ウルザを除いたパーティーで何処までやれるかわからないが……もちろん、レオンにだって負けるつもりなどない。
公園での決闘ではさんざん偉そうに説教をしてしまったのだ。情けないところは見せられない。
「実技試験はトップの成績を目指すぞ! 他の連中の肝を抜いてやろうじゃないか!」
傲然と言い放ち、俺は牙を剥いて笑うのであった。
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