第58話 公園デート


 大通りの片隅で、1人の男がうずくまっていた。20代ほどの若い男性である。

 一見すると病気で倒れているようにも見えたが、よくよく見て見ると四つん這いになって何かを探しているようだ。


「はあ……ない。ここにもない……」


 つぶやかれた声音は疲れ切っており、まるで今日世界が滅亡すると宣言されたかのように絶望に染まっている。

 明らかに不審な男性に道行く人は怪訝な目を向けるも、関わり合いになりたくないとばかりに無視して通り過ぎていく。


「うわ……本当にいたよ」


 俺は思わずつぶやいて、男に後ろから近づいた。


「もしもし、ひょっとしてコレをお探しですか?」


「ああっ!」


 先ほど少女からもらった宝石を差し出すと、男が驚きの声を上げた。

 俺の顔を見ることなくかすめ取るように石を奪い、顔の前にかざしてまじまじと見つめる。


「これ、これです! 結婚指輪の石です!」


 男は目に涙まで溜めて、探し物を見つけたことに歓喜の叫びを上げる。


「指輪から石だけ外れてしまって、ずっと探していたんです! よかった、本当に良かった! もしも石を無くしてしまったと妻にバレたらきっと……!」


 ――と、そこでようやく男が俺の顔に目を向ける。

 おそらく礼の言葉を言おうとしていたのだろうが、男は石を持ったままその場に凍りつき、人食い虎にでも出くわしたように顔を引きつらた。


「ひっ……取り立て屋だあああああアアアアアアッ!?」



     〇          〇          〇



「人の顔を何だと思っていやがる……」


 俺は公園のベンチに腰かけて、忌々しく言い捨てる。

 ウルザとナギサとデートをする傍らで、行く先々で『わらしべ長者』イベントを進めていった。


 母親への誕生日プレゼントを探している幼女に森で採ってきた『紅竜花』を渡し、道に落ちていた『宝石』をもらった。


 幼女から受け取った『宝石』を道で探し物をしていた男に渡し、細工職人をしている男から『装飾入りナイフ』をもらった。


 探し物男から受け取った『装飾入りナイフ』を街路樹の剪定をしていた植木職人に渡し、枝に引っかかっていた『虹色の羽』をもらった。


 植木職人からもらった『虹色の羽』を帽子に付ける飾りを探していた服飾デザイナーに渡し、デザイナーが作った『魅惑のドレス』をもらった。


 これで残すところは1ヵ所。この『魅惑のドレス』をある場所に持っていけば、『わらしべ長者』の終着点であるスキル晶石を手に入れることができる。


「とはいえ……流石に鬱陶しいな。ここまで騒がれると」


 物々交換は順調に進んでいるものの、何故か行く先々で悲鳴を上げられてしまい、ギャングだの人攫いだの地上げ屋だのと謂れのない中傷を受けているのだ。

 自分の悪人顔には慣れてきたつもりであったが、流石にここまで連続すると精神的にダメージがあった。


「仕方がないですの。ご主人様の素敵な顔は凡俗には理解できませんの」


 ベンチの隣に腰かけたウルザが慰めるように言って、「よしよし」と俺の頭を撫でてくる。

 反対の手には先ほど店で買ったクレープが握られており、白いクリームとたっぷりのフルーツが中からはみ出している。


「我が師の顔は非常に凶悪だからな。初対面の人間であれば、無理もない」


「…………」


 反対隣りに座ったナギサの言葉に、俺は憮然とした顔で黙り込む。

 ゼノン・バスカヴィルの顔が悪人顔であることは自覚しているのだが、ここまでいくと何かの呪いであるとすら思えてしまう。


「あ! あっちでアイスクリームが売ってますの!」


「……まだ食うのかよ。本当によく食べるな」


 言いながらも、俺は銀貨を取り出してウルザに渡す。

 ウルザはベンチから素早く立ち上がり、少し離れた場所にある出店へと駆けて行く。

 俺はナギサと二人になってベンチに残された。


「それにしても……我が師よ。先ほどから何をしているのだ?」


「……まあ、ちょっとした人助けだな。デートの途中で他のことに気を取られて、悪いとは思っている」


『わらしべ長者』についてはウルザとナギサには説明していない。

 傍目に見れば、俺はデートをしながらあちこちで見知らぬ人と接触し、謎の物々交換をしているように見えるだろう。


「別に構わないよ。こうして飲み物なども奢ってもらっているし、文句など言える筋合いはない」


 ナギサは手に持っているジュースに口をつける。

 その原料は『ジャイアントオレン』というオレンジによく似た果実であったが、その大きさはバスケットボール程に大きさである。

 店員がドリルのような器具で果実に穴を開けて果汁を絞っているのは、なかなか見応えがある光景だった。

 俺もナギサと同じようにジュースに口をつけ、柑橘系の味わいを楽しむ。


 公園には遊んでいる子供とその母親、スポーツに興じている若者、のんびりと散歩をしている老人など、大勢の人の姿があった。

 それはとても心が安らぐ光景であり、魔物との戦いでで溜まった疲れが癒えるような穏やかな時間だった。


「ところで我が師よ。もう一つ、貴方に訊きたいことがあったのだが」


 ジュースを飲みながら和んでいる俺に、ナギサが思い出したように口を開く。


「何だよ、言ってみな」


「貴方は……どうして私のことを抱かないのだ?」


「ブフッ!?」


 予想外の発言を受けて、思わず口に含んでいた飲み物を噴き出した。

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