第57話 幼女と教育指導


 美少女2人の服装に振り回されはしたものの、休日デートならびに『わらしべ長者』イベント攻略が始まった。


『わらしべ長者』のスタートは森で手に入れた紅竜花の納品である。俺はちょうど繫華街までの途上にある依頼主の家へと訪れた。


「はい、どちらさまで……ひゃああああああああっ!?」


 扉をノックすると依頼主らしき子供が顔を出したのだが……俺の顔を見るや悲鳴を上げてしまった。

 7,8歳くらいの年齢の幼女が目に涙を溜めて絶叫している。


「お、お母さああああああん! ヤクザの人が来たっ! うちにも地上げ屋さんがきちゃったよおおおおおおおおっ!」


「……地上げ屋なんて言葉、どこで覚えたんだ?」


「ああっ! お母さんはお仕事に行ってたんだ! ふええ、誘拐される!? つかまって外国に売り飛ばされちゃううううううううっ!?」


「…………」


 依頼主の幼女は予想を超えて愉快な性格だったようである。ゲームではこんなお騒がせな描写は全くなかったはずなのだが。


「落ち着きますの。私達は冒険者ですの」


「ふえ?」


 泣き喚いている幼女を見かねて、俺の背中からウルザが顔を出す。自分よりも少し年上くらいの容貌のウルザを見て、幼女の涙が止まった。


「あなたが出した依頼を達成したので、お花を届けに参りましたの……ご主人様」


「ああ、頼む」


 俺はウルザに紅竜花を手渡した。ウルザは膝をかがめて幼女に視線を合わせて、真っ赤な花を差し出した。


「あ……このお花っ!」


 目の前に差し出された紅竜花を見るや、幼女が目を輝かせた。

 先ほどまで泣いていたというのに、子供というのは現金なものである。


「ああっ、これがお母さんの大好きな花! これでお誕生日のお祝いができる! お姉ちゃん、ありがとう!」


「構いませんの……ところで」


 幼女の頭を撫でながら、ウルザがぐいっと顔を近づける。


「ご主人様は怖い顔をしていますけど、そこがカッコイイですの。軟弱な男にはない危ない男の色気があって、とってもセクシーなんですの。あなたも素敵なレディーを目指すのならば、そういう危険な男の魅力をわかるようになったほうがいいですの!」


「ええっと、怖いお顔のほうがカッコイイの?」


 妙な迫力があるウルザの笑顔に、幼女は軽く怯えて瞬きを繰り返す。

 そんな幼気な幼女へと、ウルザは言い含めるように言葉を重ねていく。


「その通りですの。りぴーとあふたーみー。怖い顔カッコイイ、超素敵」


「こわいかおかっこいい、ちょうすてき?」


「怖い顔カッコイイ、超素敵!」


「こわいかおかっこいい、ちょうすてき!」


「怖い顔カッコイイ、超素敵―!」


「こわいかおかっこいい、ちょうすてきー!」


「そうそう、あなたも大きくなったら、ご主人様みたいに怖くてカッコイイ殿方と付き合うといいですの」


「……何やってんだ、お前は」


 子供に悪いことを教え込んでいるウルザに、俺は顔を引きつらせた。


「いったい何の宗教だ! 小さな子供を洗脳するんじゃない!」


「洗脳ではなく将来のための教育ですの。人を外見で判断してはいけないと教えているだけですの」


「…………」


 良いようなことを言っているが、先ほどの会話を聞くかぎり全然違う。

 明らかに幼女の思考を歪めて、将来に良からぬ因子をぶち込んだだけな気がする。


「……悪い男に引っかからないといいんだが。親が泣くぞ」


 母親にプレゼントする花を届けに来たというのに、親を心配させかねない爆弾を幼女の脳内に放り込んでしまった。

 俺は軽い罪悪感を覚えて、指先で額を抑えた。


「よくわからないけど、お姉ちゃんが教えてくれたことは忘れないよ! これ、お花のお礼に受け取って?」


 幼女が差しだしてきたのは100Gコインと青い色の石だった。


「何ですの、この石?」


「道で拾ったキレイな石! 私の宝物なの!」


「ふうん? もらっておきますの」


 ウルザは遠慮することなくコインと石を受け取り、そのまま俺に差し出してくる。


「どうぞですの、ご主人様」


「ああ、ご苦労」


 俺は受け取った石をしげしげと眺める。この石こそが『わらしべ長者』イベントのスタートとなる宝石だった。

 目的の物を無事に手に入れることができた。苦労して森を歩き、成り行きで幼女を洗脳したことが報われたというものである。

 子供の親が帰って来る前にさっさと引き上げようとするが、そこで幼女が目を白黒とさせているのに気がついた。


「お姉ちゃん、お金をあげちゃっていいの? みついでるの?」


「だから、そんな言葉をどこで……」


「いい女はいい男に尽くすものですの。カッコイイ男性に貢ぐことは、女の本懐ですの!」


「だから子供におかしなことを教えるんじゃない!」


 俺はウルザの首根っこを引っ張ってその場を後にする。

 これ以上ここにいたら、さらに余計なことを幼女に吹き込みかねない。


「やあ、お帰り。どうかしたのか?」


 ズルズルとウルザを引きずっていくと、少し離れた場所に待機していたナギサが首を傾げた。

 あまり大勢で押しかけるのも良くないかとウルザと2人で行ったのだが、どうやら仇になったようである。ナギサのほうを連れて行けばよかった。


「何でもない……というか、お前のほうこそどうした?」


 ナギサの足元には若い男が3人ほど倒れている。

 うめき声をあげる男達はどうやら死んではいないようだが、目を回してのびていた。


「さてな。私と食事に行きたかったようだが、どうもしつこくてね? 最終的には無理やり私の手を引っ張っていこうとしたから、倒させてもらった」


「ああ……成程な」


 どうやら、倒れている男達はナンパのようだった。

 今日のナギサは童貞殺しの服を着ており、見るからに清楚そうな美少女に見える。男達が強引に口説こうとしたのも理解できた。


「……まあ、いくら美人とはいえ、腰に刀を差している女をナンパする男達の勇敢さには敬意を抱くけどな」


 俺は溜息をついて、掴んでいたウルザの首を離した。


「それじゃあ用事は済んだことだし、さっさと街のほうに行こうか?」


「はいですの!」


「ああ」


 俺は2人を連れて、繁華街のほうへと足を向ける。

 当然のように腕を組んでくる少女2人に軽く動揺させられながらも、休日デートを続けるのであった。

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