第22話 最深部
その後もサクサクと謎を解いてダンジョンを進んでいき、ようやく最下層へと足を踏み入れた。
痕跡はここまで途切れることなく続いている。つまり、俺達が追いかけている探し人はこの先にいるので間違いない。
「まるで誘い込まれているようで気になるが……ともあれ、これでもう逃がすことはしない。必ず捕まえてやる」
レオンだろうが、ボルフェデューダだろうが、こんなに手間をかけさせてくれたのだ。タダで済ませるつもりはない。
一発ぶんなぐってやらなければ気が済まなかった。
「この先にレオンお兄ちゃんが……!」
「生きてると決まったわけじゃないですの。期待するなですの」
「あうっ……」
ウルザの言葉に、モニカがしょんぼりと肩を落とす。
エアリスが困った様子でモニカの頭を撫でて、泣きそうな少女を宥める。
「ウルザさん、あまりイジメちゃダメですよ」
「イジメてないですの。事実を言っただけですの」
「それでもです。ウルザさんの方がお姉さんなのだから、子供をイジメちゃいけません」
「ムウ……」
優しく諭してくるエアリスに、ウルザが拗ねたように唇を尖らせた。
外見のせいで忘れそうになるのだが……そもそも、ウルザはこの中で一番年上である。エアリスが説教しているのもおかしな光景だった。
途中で何度か戦闘はあったものの、やはり危なげなく攻略して先に進むことができた。
そして、たどり着いたのはダンジョンの最深部。ダンジョンの核であるコアとそれを守るボスモンスターが鎮座している部屋である。
「これは……!」
しかし、ボス部屋に入った俺達が目にしたのは思わぬ光景。倒れたボスモンスターと、その傍らに立つ一人の男の姿である。
「グッ……人間か。我を追ってきたというのか」
「……お前かよ。ボルフェデューダ!」
ボスモンスターの横で血まみれになって立っているのは魔王軍四天王の武闘派――ボルフェデューダである。
真っ赤な肌、燃えるように逆立った髪を持つ魔人であり、青い燐光が浮かんだ瞳でこちらを睨みつけてきた。
「お兄ちゃん!?」
そして……ボルフェデューダは一人の男の身体を肩に担いでいる。それは俺達が探し続けていたレオン・ブレイブであった。
遠目であるが、レオンはまだ息があるようで小さく呼吸しているのがわかる。
「生きていたか……運が良かった。いや、この状況を見るにそうも言えないか?」
「お兄ちゃん! しっかりして、レオンお兄ちゃんっ!」
「モニカさん、近づいちゃいけません!」
駆け寄ろうとするモニカをエアリスが抱きとめる。この状況で相手の懐に飛び込んでいくなどあってはならない。
いくらモニカが強くなっているとはいえ、相手は魔王軍四天王の一角。その中でも特に戦闘能力が高い武闘派中の武闘派なのだから。
「とはいえ……随分と弱っているじゃないか。レオンにやられた怪我か?」
ボルフェデューダは血まみれになっている。
それはボスモンスターを倒して返り血を浴びたというのもあるが、この男自身の血も多量に混じっていた。
レオンにやられたのか、あるいはボスモンスターにやられたのか。どちらにしても満身創痍には違いない。
「我を追いかけてここまで来たのか……この男、勇者の仲間か?」
「仲間ではないな。だが……返してもらうぞ! その男は
「させるものか! ヌウンッ!」
俺は剣を抜いて、目の前の男に斬りかかろうとする。
だが……それよりもわずかに早く、ボルフェデューダが思いきり地面を殴りつけた。
瞬間、割れた地面から火柱が上がって部屋が両断される。
「炎か……!」
燃え盛る炎が俺達の行く手を阻む。
炎の向こうでボルフェデューダが背中を向けて、ボス部屋の奥にある部屋へと走っていく。
あの部屋にはボス討伐の報酬であるアイテムがあったはず。価値のあるアイテムには違いないが……ボルフェデューダがそこに向かう理由はわからなかった。
「下がれ、我が主! 波切不動!」
ナギサが前に出て、刀を抜いた。
刃から迸る青いオーラ。水属性の斬撃によって炎が切り裂かれる。
「お兄ちゃん……!」
「モニカさん!?」
炎が割れて道ができるや、モニカが前に飛び出した。
左右を炎に挟まれた道を迷うことなく駆け抜けていき、レオンを抱えて去っていった敵を追いかける。
「さすがの行動力……! やっぱりレオンの妹かよ!」
俺はモニカを追いかけて走り出す。
少しも安全が確認されていないというのに飛び出していくだなんて……迷惑なくらいの無鉄砲さはレオン譲りだ。
「一人で行くな! 俺に任せておけ!」
「ダメ! お兄ちゃんを助けないと……!」
「ああ、畜生! 待てって言ってるだろうが!」
俺はどうにかモニカに追いついて、ボルフェデューダが入っていった奥の小部屋へと飛び込んだ。
俺とモニカが同時に小部屋に入ると……そこにはボルフェデューダが立っていて、床にレオンが倒れている。
その部屋はダンジョンの中枢。『ダンジョンコア』と呼ばれるものが安置されている部屋だった。
ダンジョンコアは文字通りにダンジョンを生み出している『核』である。これが破壊されるとダンジョンが崩壊するという設定だったが……ゲームでは破壊不能の飾りのオブジェクトであり、具体的に何かできるというわけではない。
この部屋もダンジョンコアよりも、その前に置かれている宝箱の方がプレイヤーにとっては重要だった。
「追い詰めたぞ! レオンを返してもらう!」
「お兄ちゃんを返して! この化け物!」
「クックック……もう遅い。すでに準備は整った。これでこの世界から勇者は消える……!」
ボルフェデューダが肩を揺らして笑う。
すでに全身が血まみれになっている男は半死半生。いつ倒れてもおかしくはないはずなのに、顔には会心の笑みが浮かんでいた。
「我ら魔族の勝利だ! 魔王様万歳!」
「シャドウジャベリン!」
俺の手から放たれた影の槍がボルフェデューダの胸に突き刺さる。
しかし……ボルフェデューダの右手はすでにダンジョンコアに触れており、コアが高温の熱を発しながら赤く輝いた。
「グ……オオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
次の瞬間、床に寝かされていたレオンの身体が跳ねる。
まるで高圧電流を流されているかのようにビクビクと何度も痙攣し、見開かれた瞳は真っ赤に充血していた。
「レオンお兄ちゃん!?」
「待て! 近寄るな!」
モニカが駆け寄ろうとするが……レオンから邪悪なオーラを感じ取り、モニカの肩を掴んで止める。
直後、俺が感じたオーラが皿に強大になり、レオンの身体が内側から弾けた。
「おお、おおお……オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
弾けた身体の内部から鱗に覆われた腕が飛び出してくる。
白い鱗に覆われた太い腕が四本。同じく鱗に覆われた両脚が続いて現れる。
左右に裂けた頭部から出てきたのは爬虫類の頭。耳元まで避けた口には獰猛な牙が生えそろっており、割れた蛇の舌がチロリと伸びる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「お、お兄ちゃん……?」
天井に向かって高々と吠えるレオンだったもの。モニカが茫然として膝をつき、震える声で兄の名を呼ぶ。
妹に名前を呼ばれたレオンであったが、それに反応することなくカチカチと音を鳴らして上下の牙を合わせている。
真っ赤な瞳に浮かんでいるのは色濃い殺意。混じりけなしの暴力的なオーラが俺達に向けて放たれた。
「これで、人類は終わり……役目は果たした……」
ダンジョンコアの傍らでボルフェデューダが倒れるが……それを気にする余裕は俺達にはなかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
レオンだったものが飛びかかってくる。
俺は咄嗟に剣を構え、かつて好敵手と呼んだ男を迎え撃つのであった。
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