第83話 別れ、そして……


「さようなら……バスカヴィル様、どうかお元気で……!」


 その日、俺は仲間と一緒にマーフェルン王国の王都を後にする。

 見送りに出てきてくれたのはリューナだけ。シャクナはベッドの上でダウンしており、起き上がってくることはなかった。

 意外なことではあるが……夜の方は妹の方が強いらしい。

 はかなげに見えるがアッチのほうは淫魔のように手強かった。正直、何度か死にかけたものである。


「またな。姉の方にもよろしく伝えてくれ」


 俺がリューナに口にしたのは簡単な別れの言葉だけ。

 すでにベッドの中で話すべきことは話している。これ以上は必要なかった。

 軽く手を振り、振り返ることなく竜車に乗り込んだ。


「それでは出発いたします」


 御者が告げて、砂竜に引かれた竜車が出発する。

 王宮が用意した御者であり、今度は賊の変装などではないだろう。

 乗っている竜車も豪奢な装飾が施された立派なものであり、冷房の魔道具がついているため快適な気温が保たれている。

 竜車の周りには砂竜にまたがった護衛の兵士もついており、国賓にふさわしい待遇だった。


「未練か……らしくねえな」


 移動アイテム――『ホルスの羽』を使えば一瞬で砂漠の入口まで転移することができるが……あえて竜車で帰ることを選択した。

 マーフェルン王国での滞在は一ヵ月にも満たない期間だったが……色々なことがあった。

 仲間とはぐれて空を旅するという稀少な体験もしたし、新しい女も抱いた。仲間と呼んだ男を死なせてしまった。

 良い事もあったし、悪い事もあった。

 正直、邪神との戦いなんかよりもずっと貴重な体験をした気がする。


「さようなら! この御恩は一生、わすれません!」


 走りだした竜車の中までリューナの声が響いてくる。

 窓から顔を出してやれば喜ぶかもしれないが……これ以上、未練を残さないためにあえてそうはしなかった。


「よろしいのですか、ゼノン坊ちゃま?」


 広い竜車の中、対面に腰かけたレヴィエナが訊ねてくる。

 いつものメイド服を着た美女の問いに、俺は肩をすくめて答えた。


「必要ない。その気になればいつだって会えるからな」


 転移のアイテムを使えば一瞬でマーフェルン王国まで行くことができる。

 今生の別れでもあるまいし……そこまで別れを惜しむことはしない。

 リューナだって淡白な俺を責めはしないはず。未練たらたらに離れ離れになることを嘆くような女々しい男でないことくらい、わかっているはずだ。


「アイツはもう俺の女だ。俺がそういう男であることくらい理解できるさ。それが覇者に侍る伴侶というものだからな」


「むう……強力なライバルが出現しましたの。二人……いえ、三人も同時に……!」


 ウルザが不機嫌をあらわにジト目になる。

 俺の右隣に座ったウルザであったが……彼女の視線が向けられているのは、反対隣に座っている小柄な女性だった。


「…………」


 無言、無表情で俺の左隣に座っているのは……ミュラ・アガレス。

 俺が『ゾディアックの小さな鍵』を使用して召喚した悪魔系モンスターである。

 赤髪のゴスロリ少女の姿をした悪魔は、何故か戦闘終了後も消えることなく存在しており、当然のように俺の横を陣取っていた。


「ピンチですの。危機感ですの……ウルザ以外のロリがご主人様の隣に……! これは由々しき事態ですの!」


「自分で自分をロリとか言うな……というか、お前もどうして消えないんだよ?」


 魔法やアイテムによる召喚の効果時間は戦闘終了までである。

 戦闘が終わったら召喚されたモンスターは消えてしまう。それがルールのはずだった。

 しかし、ミュラは戦闘終了後もこうして地上に存在している。俺の隣にただの子供のようにチョコンと座っていた。


「…………?」


 ミュラは赤い瞳で俺を見上げてコクリと首を傾げた。

 可愛い……じゃなくて、何を言いたいのか全く分からない。ハッキリ言葉をしゃべってくれないだろうか?


「かわいい……すき……」


「いや、そういうことを言って欲しいんじゃねえよ!」


「すき……おこってる、かわいい……」


「……そればっかりだな、お前は」


 口を開けば、コレである。

 ミュラの口から出てくる言葉は「すき」か「かわいい」ばかりで、まるで要領を得ていなかった。


「あー……俺が可愛くて好きになったからついてきたいってことか? わざわざ、アイテムの使用時間に逆らってまで」


「…………」


 ミュラは答えない。

 答える代わりに……俺の左腕を取って抱き着いてきた。


「ぬわあっ! 抜け駆けですのっ!? 泥棒猫ですのっ!?」


「…………」


「ケンカを売られていますの! これはもうファイトするしかありませんのっ!」


「…………」


 馬車の中で騒ぎまくっているウルザに対して、ミュラの方は無言である。

 整った相貌も無表情であったが……ウルザを見返す瞳は「どうだ」とばかりに挑発的になっている気がした。


「落ち着け、竜車の中で暴れるな!」


「むう……ご主人様に怒られましたの……!」


 叱ってやると、ウルザが涙目になってイジイジしだす。


「ウルザだって頑張っているのに……ご主人様と離れ離れになった後も頑張ったのに……ご主人様は新規の女ばっかり大事にしてますの。中古のウルザは捨てられますの……」


「いや……新規とか中古とかやめてくれないか? マジで」


 俺は呆れて顔を引きつらせた。

 とはいえ……今回の一件では、ウルザ達に随分と迷惑をかけたのは事実である。多少は労ってやってもバチは当たらないだろう。


「まったく……仕方がないな」


「あうう……」


 俺はウルザの頭を撫でてやった。

 白い絹のような髪を撫でつけ、丁寧にいてやる。


「よくやった。屋敷に戻ったら褒美をやるから待っておけ」


「本当ですの? ウルザにご褒美をくれますの? ご主人様の小鬼を産ませてくれますの?」


「……それは勘弁しろよ。調子に乗るな」


「当然、私にもご褒美はくださいますよね……坊ちゃま?」


 対面からレヴィエナも身体を乗り出してきた。

 穏やかな笑みを浮かべているが……瞳が獲物を狙う肉食獣のように爛々と輝いている。怖いからやめて欲しいものである。


「私だってその気になれば、小鬼くらい産んで見せますよ?」


「お前が産んだ子供がどうして小鬼になるんだよ……いや、わかった。屋敷に帰って落ち着いたら、お前のことも労ってやると約束する。まったく、身体がいくつあっても足りないな……」


 俺は嘆息して、竜車の窓から外を見た。

 外には砂の大地が広がっている。すっかり見慣れた砂漠の景色もいずれ見納めになるだろう。

 数日後にはスレイヤーズ王国に帰還する。また学園生活と『バスカヴィルの魔犬』の両立生活が始まるのだ。


「エアリスとナギサも俺達の帰りを待っているだろうな……ヤバい、死ぬ気がする」


 ウルザとレヴィエナのことを労ってやらなくてはいけないし、留守番をしていた二人も迫ってくることだろう。

 激しく迫ってくるであろう四人の美女。古代の邪神などよりも遥かに恐ろしい。

 屋敷に帰るのが恐ろしくて仕方がない。帰還したその日が俺の最期の夜になるかもしれなかった。


「帰りたくない……やっぱり、この国に残れば良かったか……?」


 逆ホームシックに陥り、俺はぼんやりと外の景色を見つめた。

 すると、外から耳障りな音が聞こえてくる。


『ンギャー、ンギャー!』


「ん……?」


 現実逃避ぎみに外を見つめる俺であったが……赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえてきた。

 同時に、竜車の扉が外からノックされる。ノックしているのは護衛として同行しているマーフェルン王国の兵士だった。


「あの……よろしいでしょうか」


「どうかしたのか?」


 兵士が砂竜にまたがって竜車の横を並走しながら、困惑した様子で竜車の扉を開く。


「失礼します。先ほどから竜車の上をおかしな鳥が飛んでいまして、脚に手紙のようなものを……あ!」


『ンギャー、ンギャー!』


 兵士が扉を開いた隙に、竜車の中に鳥が飛び込んできた。

 真っ黒なカラスによく似た鳥だったが、首から上の部分に蜥蜴の頭がついている。

 カラスとトカゲを強引に接着したような奇妙な生き物だった。


「これは……『死喰い鳥』の使い魔か?」


 それは『死喰い鳥』が伝達のために使っている伝書カラスだった。

 ネクロマンサーである彼女が生み出したアンデッド系モンスターであり、見た目の通りに二種類の生き物を死骸を接着させたキメラである。


「……あの女がコレを使うのは緊急時の連絡だけ。スレイヤーズ王国で何かあったのか?」


 伝書カラスの脚には手紙が付けられていた。

 脚についた手紙を外すと……役割を終えた伝書カラスが灰になって崩れ落ちる。

 突然、灰になって消滅した謎の生き物に護衛の兵士が驚きの声を上げた。


「わあっ!?」


「ああ、もういい。仕事に戻ってくれ」


「は、はい……わかりました」


 兵士が困惑しながら竜車の扉を閉じる。

 竜車には再び、俺と三人の女性が残された。


「ふむ……」


 俺は手紙を開いて読んでいく。

 『死喰い鳥』のヘタクソな文字で書かれた文章を読み終わり……表情を歪めた。


「ゼノン坊ちゃま、どうされたのですか?」


 俺のただならぬ様子に気がついたのか、レヴィエナが声をかけてくる。

 左右にいるロリ少女も不思議そうにこちらを見上げていた。


「…………」


 俺はもう一度手紙をしっかりと読んで間違いがないことを確認し、その内容を仲間へと告げる。


「勇者――レオン・ブレイブが死んだ。魔王の手先に殺されたらしい」


 主人公の死亡。

 俺がスレイヤーズ王国を留守にしていた間に、魔王を倒すことができる唯一の男がゲームオーバーになってしまったようである。






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