番外編 ウルザとレヴィエナの冒険 ④


「おい!」


「こっちに入ったぞ!」


 尾行に気がついたウルザとレヴィエナが裏通りに飛び込むと、慌てたように野太い声が追いかけてきた。

 2人に続いて裏通りに入ってきたのは、いかにも無法者といった風体の男達である。砂漠の男だけあって褐色肌の日焼けした肌をしていた。


「捕まえろ、逃がす……うおおおおおっ!?」


「ハアッ!」


 裏通りに入って来た無法者。その先頭にいた男の腕を掴み、レヴィエナが投げ飛ばす。

 柔道でいうところの巴投げを仕掛けられた男は、受け身をとることもできずに地面に叩きつけられる。


「なっ……テメエ……グッパッ!?」


「ぶっ殺ですの!」


 別の無法者の胴体に鬼棍棒が叩きつけられる。

 荒々しいトゲがついた金棒を振るったのは、もちろん鬼人族の少女――ウルザだった。


「チッ……尾行に気づいてやがったのか!?」


「この女ども、デタラメに強えーぞ!?」


 不意打ちで無法者のうち2人を仕留め、残りの3人が武器を取り出した。

 ナイフや警棒のようなものを構えてウルザとレヴィエナに襲いかかろうとするが……


「そんなっちゃな武器で何をするつもりですの?」


「無謀という言葉を知っていますか? 教えて差し上げましょうか?」


「うっ……」


 淡々と告げてくる女性2人の言葉に、無法者は顔を引きつらせた。


 好戦的な表情のウルザはトゲトゲの金棒を。ゴミでも見るような冷たい表情のレヴィエナは剣と盾を構えている。

 2人の装備している武器と比べれば、無法者らの装備など取るに足らない蟷螂の斧のように情けないものだった。


「これは……」


「……ああ、仕方がないな」


 男達の決断は早かった。

 頷き合うと、一目散に路地裏から逃げ出したのである。


「逃がしませんの!」


「サーチ・アンド・デストロイ! メイドとはいえ、私だってバスカヴィル家の人間だということを知らないようですね!」


「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」


 逃亡を図った無法者であったが……裏通りから出ることもできず、あっさりと捕まってしまった。

 ウルザとレヴィエナは無法者らを適当に痛めつけ、地面の上に正座をさせて尋問を開始する。


「さて……それでは答えていただきましょうか。どうして私達のことを尾行したのかを」


「……すんません。マジ勘弁してください」


「……出来心だったんです。ホントホント。初犯なんすよ」


 顔をボコボコに腫らした無法者が地面に手をついて謝罪した。

 感情の籠った必死な謝罪であったが、ウルザが金棒を片手に恫喝する。


「聞いてもねえことをしゃべるなですの! 次、勝手にしゃべったら玉を潰してやるですの!」


「「「「「ヒイイイイイイイイイイッ!?」」」」」


 無法者らが限りなく土下座に近い姿勢で泣き叫ぶ。まるでカツアゲでもされているような哀れな姿。もうどっちが悪者なのか、傍目にはわからないような状況である。


「こ、答えます。答えますから! その……俺らがお二人を襲ったのは……その、売りとばすためでして……」


「はっきり答えろですの! まずは耳ですの!」


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」


「答えます、答えますから! 神殿に売り飛ばそうとしていました! すんません!」


 無法者が泣きを入れながら答える。

 売り飛ばす……その不穏な単語に驚きはなかった。

 スレイヤーズ王国にだって女子供を攫って売り飛ばそうという犯罪者はいた。悪を管理するバスカヴィル家にとっては倒すべき敵である。

 ウルザ自身、異国で捕らえられて奴隷として売り飛ばされたという壮絶な過去を持っていた。本人にとっては、理想の主人に出会えた運命的な出来事であったが。


「神殿……と言いましたか? この国では神殿が人身売買をしているのですか?」


 意外だったのは売り飛ばされる先である。

 ギャングでも貴族でもなく、神殿に売り飛ばすというのはどういうことだろうか。


「えーと……この国も元々はそんなことはなかったんだけど、何年か前から急に治安が悪くなって……」


「そうそう、神殿が人買いを始めたのもそれくらいからで」


「特に子供や女性だと高値で買ってくれるんすよ。姐さんらみたいないキレイどころだったらなおさらに」


 男達が口々に説明する。

 恐怖に引きつった無法者らの話を聞いて……レヴィエナが考え込む。


「ひょっとして……その人身売買には導師ルダナガが関わっているんじゃないですか? ルダナガが何らかの理由で奴隷を欲しているとか……?」


「さ、さあ……導師ってのは神殿のトップでしょう? 俺らには縁遠い相手ですし……」


「金を払ってくれるのは末端の神官でして……誰が元締めかは知らなくて……」


 男達がしどろもどろになって目を逸らす。

 そんな無法者にウルザが舌打ちをして、片手で金棒を振り上げた。


「チッ……使えねえ奴らですの。もう用済みになったことだし、潰してやりますの」


「「「「「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」」」」」


 男達が泣き叫ぶ。彼らは縋るような目でレヴィエナの方を見るが……レヴィエナは肩をすくめて首を振った。


「これまでも人を誘拐しては売ってきたのでしょう? どんな目に遭わされたって自業自得ではありませんか?」


 ここで無法者を見逃すのは簡単なことだが……彼らが再び人を襲わないという保証はなかった。

 ウルザもレヴィエナもバスカヴィル家の人間。悪に対して情けも容赦も持ってはいなかった。


「まあ……命までは取らないので安心してください。そうですよね、ウルザさん?」


「もちろんですのー! 虚勢をしたら犬は大人しくなるらしいので、更生させてやるだけですのー!」


「そ、そんな……」


「有言実行ですのー!」


「「「「「ピイイギャアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


 路地裏に男達の悲鳴がこだまする。

 痛みと悲しみと喪失感と……あらゆるものを内包した慟哭だった。


 男として大切な何かを失ったことで、男達はウルザの狙い通りに大人しくなった。

 彼らが見せしめになったのだろうか……この日を境に、王都で起こる誘拐や拉致は大きく数を減らしたのである。






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