第55話 美少女と休日

「ハアッ!」


「フッ!」


 ナギサが放った斬撃を頭上に構えた剣で受け止める。

 反撃を繰り出したときには、すでにナギサの身体はそこにはない。

 直感的に左側へと剣を向けると、そこに刀を振りかぶったナギサの姿があった。


「青海一刀流、凍波!」


 青いエフェクトを放ちながら、刀から斬撃が飛ばされる。

 首を刈るように飛んできた魔力の斬撃を、俺は姿勢を低くしてかわす。


「危ないなあ……このっ!」


 回避と同時に、一気に前方へと駆ける。

 この技も『ダンブレ』におけるプレイヤースキルであり、『トビノリ』などと呼ばれているテクニックだった。

 敵の攻撃を避けると同時に移動ボタンを押すことによって、一気にトップスピードに乗ることができるこの技は、回避からの攻撃に転じるカウンター技としてプレイヤーが多用していたものである。


「むっ……!」


 瞬時に距離を詰めてきた俺を慌てて迎撃しようとするナギサであったが、それよりも先に俺は魔法を発動させる。


「イリュージョン・ゴースト!」


「なっ……!」


 俺の姿が複数人に分裂した。幻影の分身を作り出し、回避率を上昇させる効力がある闇魔法である。

 ナギサの剣が俺の身体を斬り裂くが、それは虚像だ。次の瞬間、俺は剣の腹でナギサの腹部を殴りつけた。


「くっ…………参り申した」


 地面に倒れたナギサは、悔しそうにうめきながら降参を認める。

 俺は剣を鞘にしまい、軽く溜息をついた。


「魔法は反則とか言ってくれるなよ。そっちだってスキルを使っていただろう?」


 ナギサが放った飛ぶ斬撃――あれはナギサが持っている【刀術】のスキルによる技だ。

 魔法ではない。マンガやゲームなどでよく見るような、剣によって生じた衝撃波である。


 ちなみに……現在のナギサのステータスは次のようになっていた。


――――――――――――――――――――

ナギサ・セイカイ


ジョブ:剣士ソードマン


スキル

 刀術   45

 身体強化 40

 速度強化 42

 魔法耐性 1 NEW!

 異常耐性 1 NEW!

 致命攻撃 1 NEW!

――――――――――――――――――――


 1人きりでダンジョンに潜っていただけあって、初期スキル3つの熟練度はすでに40以上まで成長している。


 下の3つのスキルはオーブを与えて覚えてもらったもの。

 まず、ナギサの弱点である魔法と状態異常への耐性を高めるスキルを修得させた。さらに速度中心のスピードファイターの攻撃力不足を補うために、クリティカル率を上昇させる【致命攻撃】のスキルも覚えてもらっている。


 欠点を補いつつ、長所を伸ばすためのスキルを修得させた。

 現在、所有しているスキルオーブの中ではこれが最善のスキル構成だろう。


「無論。勝負に物言いなどしない。流石は私が師と認めた方……まさか『地龍走り』まで使いこなすとはな」


 ナギサが地面から起き上がり、感心したようにそんなことを言った。


「地龍走り……何だそれは?」


 聞き慣れない単語に怪訝に問いかけた。ゲームには登場しなかった言葉である。


「『地龍走り』もまた、青海一刀流の奥義とされる極意だ。相手の攻撃を避けて、そこから龍が地を走るようにして反撃に転じる。その技も、父に教えられていなかったのだが……」


「ふむ……青海一刀流の奥義というのは他にもあるのか? 知ってる限りでいいから、教えて欲しいんだが」


「もちろん。まずは……」


 ナギサが青海一刀流において奥義や秘技とされている技について語ってくれる。

 ナギサの口から出てきたのは、いずれも『ダンブレ』プレイヤーが使っていたテクニック技だった。

 どうやら、青海一刀流の奥義とされる技はプレイヤースキルのことらしい。これもゲーム内では出てこなかった設定である。


「……その技だったら、どれも教えることが出来そうだ」


「なんと……! 是非ともご教授いただきたい!」


 ナギサが必死な形相で詰め寄ってきて、俺の手を握りしめてくる。

 人生の大部分を剣術に捧げてきた少女の手は筋張って固かったが、それでもやはり女性の手だ。俺の手よりもずっと小さい。


 こんな小さな手で、ナギサは背負ってきたのだろう。

 剣の師であった父親を殺されたこと。流派をつぶされたこと。

 その怒りと悲しみを、たった1人で。


「……これから一緒に戦っていく仲間なんだ。教えられることは、全部教えてやるよ」


「有り難い! どうかよろしく頼む!」


 ナギサが満面の笑みで笑い、握りしめた手をブンブンと上下させる。

 普段からクールに振る舞うことが多いナギサであったが、こうして屈託なく笑っている顔は年相応の少女のものだ。


 この顔が見られるのであれば、師匠などという慣れない役割を果たすのも悪くないかもしれない。

 俺はそう思いながら、ナギサの笑顔をしっかりと目に焼きつけるのであった。



     〇          〇          〇



 訓練を終えた俺とナギサは、軽く身体を水で流して清めてからダイニングへと足を運んだ。

 ダイニングでは朝食の準備をしている最中らしく、レヴィエナとエアリスが料理を盛りつけた皿を並べていた。

 皿の上のスープからは食欲を誘う匂いが香ってきており、思わず腹の虫が泣いてしまう。


「美味そうな匂いだな、レヴィエナ」


「ああ、ゼノン坊ちゃま。ちょうど呼びに行こうと思っていたところです。今日のスープはセントレア様が作られました」


「ゼノン様、厨房をお借りいたしましたよ」


 エプロン姿のエアリスが笑顔で言って、「さあ、召し上がれ」と椅子を勧めてくる。

 テーブルにはすでにウルザが座っており、皿の上に置かれたソーセージを爛々とした目で見つめていた。両手にはフォークが握られており、口の端からはだらしなくヨダレが垂れている。


「……腹が減ってるなら、先に食ってても良かったんだぞ?」


「う、ウルザはご主人様の奴隷ですの! ご主人様よりも先に食べるわけにはいきませんの!」


「変に律儀な奴だよな……まあ、別にいいんだが」


「朝から運動をしたから空腹だな。私もご相伴を預かろうか」


 俺に続いてナギサがテーブルにつき、料理を並べ終えたエアリスも続く。

 席順は長テーブルの上座に俺が座り、左右にウルザとエアリス。エアリスの横にナギサが座っている。メイドであるレヴィエナは椅子に座ることなく、背筋をきっちりと伸ばして後ろに控えていた。

 俺達はそろって食卓につき、朝食を食べ始める。


「ところで、我が師よ。これからの予定を聞かせてもらいたいのだが?」


 ナギサがスクランブルエッグをスプーンで掬いながら尋ねてきた。


「たしかこのパーティーはギルドで依頼を受けているのだったかな? 私は新参者なので、出来る限りそちらの予定に合わせるつもりなのだが……」


「あー……そうだな」


 思案しながら、コップに注いだ飲み物に口をつける。

 これからやらなければいけないこと――最初に思いつくのは、昨日の探索で入手した紅竜花を依頼主に納品することだろうか。

 このアイテムを依頼者に渡すことにより、報酬としてわずかばかりの金銭と小さな宝石が手に入る。

 その小さな宝石が『わらしべ長者イベント』のスタート。そこから、王都中を周ってアイテムを交換していくことになるのだ。


「そうだな……今日は休暇にしよう」


「ほう? ダンジョンには行かないということかな?」


「昨日は遠出したばかりだからな。それに、ちょうど市場にアイテムを補充しに行きたいと思ってたんだ」


「然り。確かに探索の準備は大事なことだな。それでは新入りの私も付き合おう。荷物持ちくらいはさせてもらう」


「む……まあ、いいだろう」


 俺は少し考えて頷く。

『わらしべ長者』は1人でやろうかと思っていたが、同行者がいても問題はないだろう。

 買い物をしながら王都を周り、さりげなく済ませてしまうとしよう。


「ちょ、ちょっとお待ちください! 休日デートなんてハレンチです!」


 俺達の会話を聞いていたエアリスがカッと目を見開き、声を張り上げる。


「一緒に風呂入って同衾までしておいて、何を今さら。もっとハレンチなことをしまくってるじゃねえか」


「それとこれとは話は別ですとも! セイカイさんばっかりずるいです! 私だってゼノン様と休日デートがしたいんですよ!」


 どうやら、単に羨ましかっただけのようだった。

 この女のどこが聖女なのだろう。恋愛に関しては貪欲すぎる。


「別にエアリスが来たって構わないんだが……今さらの話だけど、お前はうちの屋敷に無断外泊して家のほうは大丈夫なのか?」


「あ……」


 俺の言葉に、エアリスは顔を蒼褪めさせた。

 エアリスの父親――セントレア子爵がどういう人物かは知らないが、娘が無断外泊したらさぞや心配することだろう。

 ひょっとしたら、何か事件に巻き込まれたかと思うかもしれない。


「ど、どうしましょう……! お父様、絶対に心配していますよね!?」


「……昨晩に気づくべきだったな。まあ、俺も失念していたが」


 とりあえず、エアリスには朝食を終えたらすぐに家に帰ってもらったほうがよさそうだ。今日の買い出しに連れて行くわけにはいかない。

 エアリスはがっくりと肩を落として、対照的にウルザが華やいだ声を上げる。


「ウルザもお買い物に行きますのー。ご主人様と休日デートですのー」


「ううっ……私だけ仲間外れ。ゼノン様とのデートが……」


「……泣くことないだろうが。それくらいで」


 やれやれと肩をすくめながら、俺はエアリスが作ってくれたスープをスプーンで掬って口に運ぶ。

 深みのある味わい。その正体はコンソメだった。どうしてゲームの世界に転生してコンソメスープが出てくるのだろうと疑問がよぎったが、美味いのだから文句を言うつもりはない。


 とりあえず、エアリスにはどこかで埋め合わせしてやったほうが良さそうだ。美味なスープのお礼にプレゼントの1つでも送ってやろうか。


 そんなことを考えながら、俺は目の前の料理に舌鼓を打つのであった。


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