第60話 傾城の美女


 とうとう『わらしべ長者』イベントも大詰め。最後の1つとなった。

 最終ミッションは『魅惑のドレス』をとある場所に持っていくこと。その場所とは、王都の中央にある劇場だった。


 休日ということもあり、円形のドーム型の劇場には大勢の人間が出入りしている。

 この劇場では毎週、人気の劇団による公演が開かれていた。そのため、週末になると老若男女を問わず大勢の観客が集まるのである。


「ほほう、これは随分な賑わいだな」


「カップルも大勢いますの。デートっぽいですのー」


 劇場に集まっている人波に、ナギサとウルザが物珍しそうにキョロキョロと見回している。

 どうやら本日の公演はラブロマンスな舞台らしく、劇場の入口に入っていく観客の半分以上は若いカップルだった。

 ナギサは東国の出身で、武術一辺倒の性格からして華やかな場所とは無縁だったのだろう。亜人種であるウルザもまた同様である。

 二人ともこういったデートスポットに訪れるのは初めてのようだった。


「ここには届け物に来ただけなんだが……」


「おお、菓子と飲み物も売っているのか! 舞台を見学しながら食べるのだな!」


「あっちでパンフレットを配っていましたの! 戦士が悪いアンデットから女の子を助け出すという話みたいですの!」


「…………」


 どうやら、二人は公演に興味津々のようである。

 こうなってしまうと、物々交換だけを済ませて帰るというのも野暮である。


「……まあ、今日はデートだからな。別にこれくらい構わないか」


 俺は肩をすくめて、公演のチケットを買うために財布を取り出した。

 受付でチケットを3枚購入して、ウルザとナギサにそれぞれ1枚ずつ手渡す。さらにウルザに銀貨を数枚握らせる。


「俺は少し用事を済ませてくる。先に入って席を取っておいてくれ。これで好きな物を買って来ていいぞ?」


「わーいですの! ポップコーンを買いますの!」


「ふむ……人手がいるのならば、私もついて行くが?」


「簡単な用事だ。すぐに戻る」


 ナギサに言って、時計を確認する。

 演劇の公演が始まるまでには、まだ30分ほど余裕があった。『魅惑のドレス』を渡して報酬を受け取るだけならば、十分な時間だろう。


 俺は2人と別れて劇場の裏口へと向かう。

 そこには劇団員らしき男が経っており、中に入ろうとすると止められてしまう。


「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」


「キャサリン・ローズレッドに届け物だ。珍しいドレスが手に入った」


「む……これは……」


『魅惑のドレス』を取り出して劇団員に見せると、息を飲む気配がした。

 深紅のドレスは見るからに煽情的なデザインをしており、同時に高貴さや気高さのようなものを感じさせる不思議な衣装である。

 素人の目にだって、これが素晴らしいドレスに映るに違いない。


「……いいだろう。ローズレッドさんに失礼がないようにな」


 劇団員は俺の顔を胡散臭そうに見ながら、それでも劇場の中に招き入れてくれる。


 キャサリン・ローズレッドはこの劇団の座長をしている人物であり、同時にこの劇場を経営している資産家だった。彼女自身も卓越した女優として知られており、その名声は諸外国にまで届くほどだ。

 ゆえにファンも多く、訊ねてきた人間には細心の注意を払っているのだろう。

 ローズレッドが舞台衣装として募集している「魅惑的で新しいデザインのドレス」を持ってこなければ、とても会うことなどできなかったに違いない。


 俺は劇団員に連れられて、劇場の奥にある一室へと連れて行かれる。扉の左右には色鮮やかな花のアーチが飾られていた。


「支配人、お客様をお連れしました」


「入りなさい」


 劇団員が木製の扉を控えめにノックすると、すぐに中から応答があった。花の蜜のように甘く耳に残る美声である。


「失礼します。例のドレスの公募に、応募してきた者が来ています」


「あら? それは楽しみねえ。そちらに座ってくださるかしら?」


 その女性――キャサリン・ローズレッドはソファに腰かけて脚を組んだ姿勢で、俺達を出迎えた。

 ワインレッドの長い髪と、同色の二つの瞳。深い鼻筋の相貌はまさに『傾城の美女』といった造形である。一度目にすれば網膜に焼き付いて、二度と彼女の顔を忘れることなどないだろう。

 起伏に富んだグラマラスな肢体に煽情的な紫のドレスを纏っており、深いスリットの入った裾からは長い脚が蠱惑的にのぞいている。


「ゴクリ……」


 ツバを飲む音が、やけに大きく耳に残る。その音の出所はここまで俺を連れて来た劇団員のものか。それとも俺自身のものだったのか。


「そちらに座ってくださるかしらあ? ドレスを見せてちょうだい?」


「……ああ、もちろんだ」


 俺はキャサリンとテーブルを挟んで対面にあるソファに座り、『魅惑のドレス』を差し出した。

 取り出されたドレスを目にするや、キャサリンが大きく目を見開く。


「……素晴らしいわあ。予想以上ね」


 キャサリンは奪い取るように俺の手からドレスを取り、マジマジと見つめて細部まで観察していく。


「とっても情熱的で斬新なデザイン。露出がとても大きいのに、下品だとは感じさせない絶妙なライン。細かい衣装も丁寧で、一朝一夕で作れるものじゃないわね。これを作った職人の情熱と勤勉さが窺えるわあ」


「…………」


「いいわね、文句なしで合格よお」


 キャサリンは満足げに頷いて、チラリと扉の傍に控えている劇団員に目を向ける。


「こちらの方とお話があるから、席を外してくださるかしら? 自分の仕事に戻ってちょうだい?」


「で、ですが……」


「出て行きなさい、そう言ったのだけど?」


「っ……!」


 劇団員はビクリと肩を跳ねさせて、すぐに部屋から出て行こうとする。

 この劇団において、キャサリンは花型のスターであると同時に経営者でもあった。下っ端の劇団員にとっては殿上人。クビを切るのも容易い存在なのだ。


「…………!」


 扉をくぐる間際、劇団員が俺のことを憎悪を込めた目で睨んできた。おそらく、自分達のスターであるキャサリンに近づく男が気に入らないのだろう。

 俺は肩をすくめて、ヒラヒラと手を振って男を見送った。


「さて……まずは聞きたいのだけど、これを作ったのはどちらの職人かしら?」


「……王都の商業区に住んでいる、ダラスという名前の若い服飾職人だ。ミス・ローズレッド、貴女をイメージして作ったと口にしていたな」


「……そう、彼が作ったのね。私のために」


 キャサリンが物憂げにつぶやき、赤い唇から溜息を吐く。

 これは後から明らかになる事情なのだが、このドレスを作ったダラスという服飾職人とキャサリンは幼馴染みであり、幼少時に将来を誓い合った仲なのだ。

 お互いの身分の違い、立場の違いから離れることになったものの、別れた後もひっそりと思い合っていたらしい。

『魅惑のドレス』も元々はキャサリンに送るためにその職人が作ったものなのだが、その男は超一流の女優になった幼馴染みに会う勇気が湧かなかったようだ。

 愛する女性に心を込めて作ったドレスを渡すことができず、けれどそれを捨てることもできず――最終的に、キャサリンへの未練を断ち切るために物々交換によって手放したのである。


「彼は立派な職人になったようね。嬉しいわあ」


「それは結構。ところで……ドレスの報酬をいただきたいのだが?」


「わかってるわよお。これで如何かしら?」


 キャサリンが立ち上がり、壁際の棚から小さな宝石箱のようなものを持ってきた。テーブルにおいて箱を開けると、そこには虹色の水晶玉のようなものが収められている。


 水晶玉の正体はスキルオーブ。

 ゲーム内屈指の稀少スキルである『成長加速』を修得することができる、レアアイテムだった。


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