第63話 退屈な劇場
劇場の客席に足を踏み入れると、すでに席の大部分は埋まっていた。
チケットに書かれている番号を頼りに自分達の席を探し当て、3人で並んで腰かける。
座席の並びは当然のように俺が真ん中に置かれ、右にウルザ、左にナギサが座っていた。
「はぐはぐ、もぐもぐ」
ウルザは席に座るや、すぐに食事を再開させる。
周囲の席に座っている者達が何事かと驚いていたが、意にも介さずに食物を口に放り込んでいく。
周囲の客の中には、食事の音や匂いに迷惑そうにしている者もいた。しかし、幸いなことに観客席は薄暗く、外野の視線はそれほど気にはならなかった。
俺達が席についてしばらくすると、「プオー」とラッパのような音が鳴り、前方の舞台にかけられていた幕が開いていく。どうやら劇が始まるようだ。
「ああ! 何と言うことでしょう!」
舞台の上にドレスを着た女性が現れて、大声で叫んだ。キャサリンとは違う、俺と同年代の若い役者だ。
女性の悲痛な声を皮切りに、次々と役者が舞台上に現れてストーリーを進めていく。
「む……つまらんな」
進んでいく舞台を見つめながら、俺は軽く表情をしかめた。
舞台のストーリーはそれほど奇抜なものではない。
とある国に美しいお姫様がいて、隣の国の王子と恋仲になる。
少しずつ愛を深めていく2人であったが、邪悪なアンデッドが現れてお姫様を攫ってしまう。
王子はお姫様を救い出すために旅に出る。いくつもの試練を乗り越えて、仲間と出会い、最後にはアンデッドを打ち倒してお姫様を救出する。
要約すると、そんな内容のストーリーだった。
「演出は良くできているのだろうが……脚本がチープだな」
役者の演技も悪くないと思う。
演技のことなどまるでわからないが、舞台上を縦横無尽に動き回っている役者の動きは躍動的で、なかなかに鬼気迫る演技である。
問題は脚本のシナリオだ。王道過ぎるストーリーは物珍しいものではなく、見ていて後の展開が読めてしまう。
もっとも……これは俺が日本にいた頃に、多くの本を読んできたからかもしれない。
ファンタジーなライトノベル、ネット小説は山ほど読んできたし、こういった王道ストーリーには慣れたものだ。
実際、俺以外の観客はみんな演劇に魅入っており、役者の一挙一動に歓声や悲鳴を上げている。
「はぐはぐ、もぐもぐ」
「すー、すー……」
「…………」
前言撤回。
俺以外にも、演劇を楽しめていない奴らがいる。
それもものすごい身近に。それも左右にいやがった。
「もしゃもしゃ……美味しいですの」
俺の右側では、ウルザが一心不乱に食べ物を口にしている。食べ物に集中したウルザは、全くと言っていいほど舞台に目を向けてはいない。
大きなバケツサイズのポップコーンを空にしたウルザは、しょっぱい物の次は甘い物を食べたくなったのか、チョコバナナを口に含む。
「ペロペロ、レロレロ……んっ、おっきいですの」
「…………」
どうでもいいが、チョコバナナをエロい感じで食べるんじゃない。
ほっぺにチョコが垂れているし、近くの席に座っている男性客がチラチラとウルザを見ながら前かがみになっているじゃないか。
「すー、すー……んんっ……」
俺の左側ではナギサが寝息を立てている。ナギサがしっかりと舞台を見ていたのは最初の10分ほどで、中盤以降は完全に眠っていた。
ナギサは俺の肩に頭を預けており、安心しきった表情で寝ついている。こうして間近で見て改めて気づかされたが、ナギサはとんでもない美人だった。
睫毛は長く、和風の顔立ちながら鼻筋はしっかりと通っている。紅い唇はふっくらとぶ厚く、思わず吸いつきたくなってしまうような艶があった。
「はんっ……んうっ……」
「…………」
いったい、どんな夢を見ているのだろうか。
ナギサの熱い吐息が鎖骨辺りに当たっていて、背筋にゾワゾワと肌が粟立つような感触が走る。
「…………何だ、この状況は」
俺はデートで演劇を見にきたはず。というか、コイツらが見たいと言うから劇場に入ったのではなかったか。
それなのに……どうしてこんな状況になっているのだろう?
「これはデートなのか……? いや、逆にこっちのほうがデートっぽいのか?」
自分が置かれている状況がデートとして適切なのか、そうでないのか、もはやわからなくなってしまった。
わかっていることは、またしても俺は2人の女子に振り回されてしまったということだけである。
「邪悪なるアンデッド――地獄の公爵、ゼロモンよ! 二度と地上に現れぬよう、葬り去ってくれる!」
そうこうしているうちに、舞台は佳境に入っていた。
主人公の王子が、光り輝く剣を黒衣のドクロマスクに突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!」
舞台を白いスモークの煙が包み込む。観客席からは歓声が上がった。
ドクロマスクは悲鳴を上げながら舞台袖へと消えていき、王子が輝く剣を天に掲げる。
「悪は滅んだ! 世界が光を取り戻したぞ!」
「ああ、王子! 助けに来てくれたのですね!」
「姫! ようやく貴女に会うことができた!」
ラスボスらしきアンデッドが消え去り、王子と姫が抱き合って熱い口づけを交わす。
観客席から万雷の拍手が上がり、舞台の幕が下りていく。
「……ようやく終わったか。何の時間だったんだ、これは?」
正直、途中から左右の女子が気になって舞台の内容が入ってこなかった。
そういえば、キャサリンはこの劇に出ていなかった気がするが、あのドレスは別の劇で使うのだろうか?
「ま……どうでもいいか」
舞台が終わり、客席から1人また1人と観客が立ち上がって出入口のほうに向かっている。俺達も引き上げることにしよう。
「おい、帰るぞ。いつまで食べてるんだ? ナギサもそろそろ起きろ!」
「あー! 面白かった!」
「どこが…………あ?」
前の客席から上がった声に思わず反論しかけて、俺は眉をひそめた。その声は聞き覚えのあるものだった。
「え……あなた達は……?」
「お前は……」
前の客席に座っていた男女のカップル。その女性のほうが振り返り、驚きに目を見開いた。
俺もまた、予想外の顔を見て言葉を失う。
観客席が薄暗くて気がつかなかったが、前の席に座っていたのは学園のクラスメイト。
それも、『ダンブレ』におけるメインヒロインの一角――シエル・ウラヌスだった。
「となれば、連れの男は……」
「お前は……バスカヴィルじゃないか!?」
「やっぱり、テメエもいやがるのかよ……レオン・ブレイブ」
目の前に現れた金髪の男――『舞台』ではなく『ゲーム』の主人公であるレオン・ブレイブの姿を見て、俺はうんざりと嘆息したのであった。
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