第34話 シエルの婚約
クイーンビーの巣を発見、無事に蜂蜜を採取することにした俺達は村に帰還することにした。
十分に蜂蜜を堪能するとアミュは俺の影の中に帰っていってしまった。どうやら、蜂蜜を食べるためだけに出てきていたようだ。
「お? あそこにいるのは……」
「エアリスさんですの。ナギサさんもいますの」
コラッジョ村に到着すると、村の入口にエアリスとナギサの姿があった。
二人のすぐそばにはレオンパーティーの姿もあり、何故かシエルが表情を暗くさせて肩を落としている。
レオンの幼馴染であるシエルは実家のウラヌス伯爵家に里帰りしていたはずだが、もうこちらに戻ってきていたようだ。
「戻ったぞ。どうかしたのか、お前ら」
「あ……ゼノン様、お帰りなさいませ」
こちらに気がつき、エアリスがパアッと顔を明るくさせる。
安堵した表情になり、小走りでこちらに駆けてきた。
「どうかしたのか、妙に雰囲気が暗いようだが……」
「それが……シエルさんが大変なことになってしまったんです」
「大変なこと……怪我はないようだが?」
村の入口にいるシエルに目を向けると、落ち込んだ様子ではあるが特に異変は見られない。
「はい。怪我とかではないんですが、実家で少し揉め事があったようで……」
「結婚しろと言われたらしいぞ。ブレイブ以外の男と」
エアリスの後ろに続いてきたナギサが補足する。
その言葉の内容は驚くべきものだった。
「結婚って……ウラヌスが? レオン以外の男と?」
シエル・ウラヌスはレオンの幼馴染であり、『ダンブレ』のゲームにおいては最初に仲間になるキャラクターである。
当然のようにレオンとは相思相愛であり、R18版の方では将来を誓い合い、身体を重ね合う場面だってあった。
最終的には『2』でゼノン・バスカヴィルに寝取られ、汚されることになってしまったが……二人の間には確かな愛情があるはずだ。
俺が首を傾げると、エアリスが困ったような表情で事情を説明する。
「シエルさんは伯爵令嬢ですから……どうやら、元からとある男性から求婚されていたようです。シエルさんは好きな人がいるからと断っていたそうですけど、相手の男性はそれでもと諦めていなかったようです」
エアリスが同情した表情になっているが……子爵令嬢であり、枢機卿の娘である彼女にも同じような体験があるのかもしれない。
「ブレイブさんは勇者の子孫ではありますけど、身分は平民です。伯爵家の婿として迎えることにウラヌス伯爵が反対していたようです。ブレイブさんが卒業までに何らかの功績をあげて叙爵されるようであれば結婚を許すと、伯爵との間で約束があったようです」
ブレイブ王国は戦士と冒険者の国だ。
相応の実力があって手柄を立てたのであれば、平民であっても爵位を得ることができる。
一代限りの騎士爵、男爵くらいならば難しくない。そこそこ強いボスモンスターを倒して、ドロップアイテムを王家に献上すれば叙勲されることだろう。
「……ブレイブは怪物になった、いや、表向きには戦死したことになっているのかな? アイツがいなくなったことで約束が反故されたことになり、シエルの結婚話が浮いて出てきたわけか」
「貴族は早い方でしたら、生まれてすぐに婚約が結ばれます。すでに条件の良い殿方は婚約者がいるものです。婚期が遅くならないように、出来るだけ早く結婚話を進めようとしているようでして……」
「諦めずに求婚している男とくっつけようって話か。なるほど……面倒だな」
そう……面倒である。
シエルの父親であるウラヌス伯爵の言い分もわかる。
娘に不幸になって欲しいわけではないのだろうが、無事かどうかもわからないレオンとの婚姻を認めるわけにもいかない。
うかうかしていたら、本当に婚期を逃してしまう可能性がある。
条件が良い相手がいるのであれば、早めにくっついて欲しいと思うはずだ。
「相手の男性はミリガン伯爵。ウラヌス伯爵家と同じく地方貴族であり、領地も近くて交友関係もあるようです。年齢はシエルさんよりも三つ上で、若いですがすでに爵位を継いでいます」
「友好関係があるのなら、ますます条件が良いわけか。レオンの生存を確かめる時間も惜しいんだな」
シエルは気の毒だが……この事案に対して、俺にできることはなさそうだ。
貴族間の婚姻はデリケートな問題である。無関係な他家の人間が気安く首を突っ込んで良いことではない。
力になれるとすれば、魔物化して行方不明になっているレオンを探すことくらいだろう。
魔物化した人間を戻す方法がわかっていない以上、本当に力添えできるかわからないが。
「可哀そうだが、俺達にできることはないな。用事を済ませたら王都に戻ろう」
「そうですね……シエルさん、あまり気を落とさないと良いんですけど……」
「本気で
ナギサが他人事のように言ってくる。国を捨ててここにいる彼女だから言えるセリフであった。
「あ……バスカヴィル君!」
「ん?」
ようやく俺の存在に気がついたらしく、シエルが声を上げる。
メーリアやルーフィーに慰められていた彼女であったが……うつむいていた顔を上げて、ズンズンとこちらに向かってきた。
先ほどまで落ち込んでいたというのに、まるで挑みかかるようにこちらを「キッ!」と睨みつけてくる。
「おいおい……俺は責められるようなことはしてないぜ。何をそんなに……」
「バスカヴィル君、お願い! 一生のお願いっ!」
「あ?」
シエルは強い眼差しで俺を見つめながら、両手をギュッと握ってくる。
「お願い…………私と結婚して!」
「…………は?」
シエルの口から言い放たれた言葉の意味を理解するまで、一分近くもかかった。
「「「「「ええええええええええええええええっ!?」」」」」
俺が驚きの言葉を発するよりも先に、周りにいた女性陣が愕然とした声を上げたのであった。
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