第92話 父と子の戦い


「ぐっ……!」


「むっ……!」


 横薙ぎに振った剣がガロンドルフの剣に衝突する。

 2つの剣が火花を散らせ、お互いの身体を後方に弾き飛ばす。


「重い……!」


 俺はつぶやいた。

 ガロンドルフ・バスカヴィルは『ダンブレ2』に登場するキャラクターであったが、シナリオ上に戦闘シーンはなかった。

 実力は未知数。ひょっとしたら、この世界に来て初めて戦う初見の敵になるのかもしれない。


 流石に四天王のような後半のボスキャラよりは弱いと予想していたのだが……その攻撃は想定を数段上回るものである。

 シンヤ・クシナギを倒してスキルの熟練度が上がったおかげで堪えることができたが、それがなければこの一撃で倒れていたかもしれない。


「愚息が……どうやら、本当に腕を上げたようだな! この私に挑んできたのはくだらぬ驕りではなかったか!」


 一方、ガロンドルフもまた俺の斬撃に感嘆の声を漏らした。

 毒のような言葉ばかりぶつけてきた父親から誉められたのは、これが初めてのこと。

 もっとも……それが嬉しいとは少しも思わなかったのだが。


「少しは本気を出しても良さそうだな! 容易く死んでくれるなよ!」


「っ……!」


 ガロンドルフが再び地を蹴り、こちらに向かって飛び込んできた。

 どうやら先ほどの斬撃は本気ではなかったらしい。ギアを入れ替えたようにスピードが大きく上昇している。


「舐めるなっ!」


 吠えて、浴びせかけられる斬撃を捌いていく。

 上から振り下ろされる斬撃を剣の腹で受け流し、続いて繰り出された逆袈裟の斬り上げを姿勢を低くして避ける。


「ぬんっ!」


「うおっ……!?」


 こちらが体勢を立て直す暇もなく、ガロンドルフがしゃがんだ俺に鞭のような蹴りを放ってきた。

 咄嗟に後ろに跳んで勢いを殺すが、蹴撃を受けた腹部からジンジンと痛みが伝わってくる。


「息子を蹴り飛ばすとは容赦のない……本当に忌々しい父親だぜ!」


 地面を転がって受け身をとり、すぐさま立ち上がって剣を構える。

 ガロンドルフはこちらを追撃することなく、俺を蹴りつけた場所から1歩も動いていなかった。

 明らかに舐められている。追撃するまでもないとばかりに悠然と構えていた。


「どうした? 先ほどよりも鈍くなったではないか。ひょっとして、手加減が足りなかったか?」


「……いい性格だよな、アンタは。ゼノンの父親だけある」


 挑発までしてくるガロンドルフに、俺は悔しさのあまり奥歯を噛みしめた。

 非常に腹立たしいことだが……ガロンドルフは今の俺と比べるとかなり格上の敵である。

 スピードだけならばシンヤ・クシナギよりも劣っているが、パワーはガロンドルフのほうが上だった。

 流れるように攻撃をつなげて追い詰めてくる剣技からも、ガロンドルフがいかに戦い慣れた戦士であるかが窺える。


「これでも喰らいやがれ!」


 俺は闇魔法を発動させた。

 無詠唱によって放たれたのは『シャドウ・ジャベリン』。影から生み出した槍を敵に撃ち放つ攻撃魔法である。

 漆黒の槍がガロンドルフの心臓めがけてまっすぐ飛んでいく。


「無駄なことを。その魔法は私には効かぬ」


「む……!」


 漆黒の槍は狙い通りにガロンドルフの胸に命中するが、途端に砕け散ってしまった。

 破壊されたのではなく、勝手に壊れた――何らかのアイテムの効力だろうか?


「バスカヴィル家に代々伝わるこの指輪――『地獄公爵の円環』には闇属性を無効化する力がある。闇の魔法は私には効かない」


「そのアイテムは……知らないな。俺が把握していないアイテムがあったとは驚きだ」


 ガロンドルフの指には禍々しいドクロの紋様があしらわれた指輪が嵌まっている。

 あんなアイテムはゲームでも出てこなかったが、あの指輪に『闇属性無効』の効果があるらしい。


「……これは本格的に参ったな。剣は相手が一枚上手。闇魔法も通用しないとは」


 剣と闇魔法。俺が有している攻撃手段は全て封殺されてしまったことになる。

 ドーピング・ボトルが残っていれば、装備している剣が『天乃羽々斬丸』であれば、もっと善戦できたに違いない。

 しかし、すでに課金アイテムは全て使ってしまい、熟練度が足りずに装備しているのもシナリオ中盤レベルの武器。

 このままでは、高い確率で敗北してしまう。明らかにガロンドルフに戦いを挑むのは早すぎたようだ。


「仕方がないな……できれば真っ向勝負で勝ちたかったんだが。ちょっと……いや、かなり卑怯な手段でらせてもらうか」


 どうやら正攻法で勝つことは至難なようである。

 俺は事前に考えておいたいくつかの『奇策』を頭の中に思い浮かべる。覚悟を決めて、鋭くとがった犬歯を剥いて笑う。


「ここからは命懸けの戦いになるだろう。血で血を洗う本当の修羅場だ!」


 闇魔法『イリュージョン・ゴースト』

 自分そっくりの分身を複数創り出して、ガロンドルフに向けて一斉に突っ込ませる。


「分身魔法まで使えるとは器用なことだ。しかし……」


 ガロンドルフの周囲に黒い球体が出現した。

 ビー玉サイズの黒点は1つ、また1つと数を増やしていき、最終的に20ほど出現する。


「ダークブレット!」


 黒点が闇の弾丸となって一斉に放たれる。

 20の弾丸が分身を貫き、瞬く間に消し去ってしまう。


「っ……!」


 残されたのは本体だけ。

 分身が消えたことで、俺の存在が剥き出しになってしまった。


「甘いわ!」


「ハッ! お前がかよ!?」


 分身を消し去ったガロンドルフが本体に向けて刃を向けてくるが、俺は突き出された切っ先を左手に付けた手甲でパーリングする。

 そのままカウンターで斬撃を浴びせかけようとするが、ガロンドルフは横に飛んで躱してしまう。

 だが……無理な姿勢での回避によって、ガロンドルフの体勢がわずかに傾く。


「パワースラッシュ!」


 俺はすかさず追撃を放つ。

 上段に構えた剣を【剣術】のスキルを乗せて力強く振り下ろした。


「それで勝ったつもりか! 愚息め、詰めが甘いぞ!」


「っ……!」


 ガロンドルフが体勢を崩した状態から豪腕がうねらせる。

 剣を持っていない側の手で……まるで地面スレスレから上空に飛び上がる燕のように、低い姿勢から俺の顔面に向けてアッパーカットを繰り出してきた。


「ざけんなっ……!」


 何という理不尽なことだ。地面に倒れかけた無理な姿勢からでも、リカバリーができるのか。

 いったい、どれほど実戦経験を積んでいるのだろう。

 王国最強を名乗っていたのは伊達や酔狂ではなかったらしい。


「だあああああああああああっ!」


「ぬうっ……!?」


 とはいえ……この状況は俺にとっても好機である。

 俺はパワースラッシュを放とうとしていた剣を手放し、代わりに大きく足を上げてガロンドルフの拳を足裏で受け止めた。

 そして、父親のアッパーカットの勢いを利用して上空に大きく跳び上がる。

 曇った夜空を背中にして、宙高くからガロンドルフを見下ろした。


 ガロンドルフが目を見張りながら見上げている。

 ウルザを始めとした仲間達。ガロンドルフに集められた面々もまた、宙に舞う俺のことを一点に見つめていた。


「さて……ここからはギャンブルだ……!」


 俺は収納アイテムから新たな剣を取り出して、そのまま重力に任せて滑空する。


「オオオオオオオオオオオッ!」


 自由落下しながら俺を剣を振り上げ、鷹が獲物に襲いかかるように頭上からガロンドルフに斬りかかる。

 だが……上空から向かってくる息子の姿に、ガロンドルフが唇をつり上げて嘲笑する。


「上をとって優位に立ったつもりか!? 重力は貴様が思うほど速くはないぞ!」


 まっすぐ落下してくる俺に剣の切っ先を突き出し、ガロンドルフが迎え撃つ準備をする。

 このまま重力に任せて突っ込んでいけば、ガロンドルフのカウンターを喰らってしまうことになるだろう。


「もちろん、これで勝ったとは思ってない…………フラッシュボム!」


「ぬうっ!?」


 こちらをまっすぐ凝視してくるガロンドルフに向けて、事前に袖下に忍ばせておいたアイテムを投げつけた。

 投げつけたアイテムは『フラッシュボム』。いわゆる閃光弾である。

 上空から落ちてきた俺と、地面でこちらを見上げるガロンドルフ。その中間地点で小型爆弾が破裂して強烈な閃光を放出させた。


 俺は事前に目を閉じていたため影響はないが、こちらを見上げてガロンドルフは堪ったものではない。

 我ながら卑劣な手段だとは思うが……俺もまた、シンヤ・クシナギと同じ側の人間。正々堂々と戦って勝つという信念は持っていないのだ。

 勝つためなら何だってやる。使える物は使うし、利用できる人間は利用する。


「天歩!」


 さらに【体術】スキルを発動させ、空中を足場に加速した。

 重力による落下にスキルの加速をかけ合わせ、目を晦ませたガロンドルフへと一気に刃を振り下ろす。


「ぐうっ……ぬおおおおおおおおおおおおっ!」


 だが、ガロンドルフは視界を失っても簡単に斬らせてはくれない。

 目が見えずとも、長年の直感から迫ってくる殺気を感じ取ったのだろう。ガロンドルフは表情を歪めながらも下から剣を突き上げた。


 閃光が消え、薄闇に包まれた鍛錬場で2つの影が重なる。


 上から斬り下ろした俺の斬撃。

 下から突き上げた親父の刺突。


 極限ともいえるその一瞬。敵の姿を刃に捉えたのは……


「カハッ……」


「ぬ……ゼノン、貴様……!?」


 俺の剣はガロンドルフの肩に命中していた。

 右肩に食い込み、鎖骨を断ち斬ったところで停止している。


「あ……ぐ……これでも、届かない、か……」


 ああ、畜生――そこから先は声にならなかった。

 ガロンドルフが突き出した剣は俺の胸部を貫いており、心臓を串刺しにしていたのである。

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