第11話 勇者の妹


「も、モニカさんっ!? 無茶なことを言わないでくださいっ!?」


 モニカの発言にまっさきに反応したのはエアリスである。

 珍しく取り乱し、少女の両肩を掴んでガクガクと揺さぶった。


「お兄さんが心配なのはわかりますけど……いくら何でも、ダンジョンについてくるだなんて危険すぎます! ダンジョンではいつ命を落としてもおかしくはないんですよ!?」


「その意気やよし。だが……さすがに賛同はできないな。覚悟は大いに評価できるのだが」


 ナギサもエアリスに同意する。

 細い眉をへの字にして、ゆっくりとかぶりを振った。


「兄を案じて危機に身を投じようとする想い。それは武家の娘にも通じる美しい覚悟だ。けれど、負け戦と勝てぬ戦は違うだろう。無茶はやめておくが良い」


「モグモグ、ウルザも反対ですのー」


 口いっぱいにハムスターのようにポテトを貯めながら、ウルザも右手を上げる。


「ご主人様の貧乳枠はウルザで埋まってますの。もう新規の女はいらないですのー!」


「そんな理由かよ! 何だ、新規の女って!?」


 この娘はどこでそういう言葉を覚えてくるのだろうか。俺の貧乳枠などというものは最初から存在しない。


「でも……私もお兄ちゃんのために何かしたくって、堪らなくって……」


 三者三様の説得を受けながら、モニカはなおも言い募る。

 美しい兄妹愛である。この少女は本当に兄のことを心から心配しているのだろう。


「モニカさん……」


 エアリスもまた兄妹の絆をまえにして痛ましげな表情になりながら、それでもフルフルと首を振った。


「だからって、貴女をダンジョンに連れて行くわけにはいきません。モニカさんにもしものことがあったら、ブレイブさんに顔向けできませんから」


「でも……」


「でももピクルスもありません! 貴女を危険な場所に連れてはいけない……そうですよね、ゼノンさん?」


「…………」


 エアリスに問われながら……俺は無言で考え込む。

 モニカの提案は予想外のものだったが……実際、そんなに悪いものではないのかもしれなかった。

 そもそも、俺の目的は魔王を倒すこと。そのためには、伝説の勇者の血を引く人間が必要である。

 かつてバスカヴィル家が行った調査により、レオン以外に勇者の血を引いている人間を三人ほど見つけたが……そのうちの一人がレオンの妹であるモニカだった。

 レオンの妹をどのようにして仲間に引き入れるかが問題だったが……自分から参加を申し出てくれるのであれば、渡りに船ではないだろうか。


「そんなについてきたいと言うのであれば、連れて行ってやってもいいかもしれないな」


「ゼノンさん!?」


 俺の言葉にエアリスが立ち上がる。

 信じられないという顔をしたエアリスを、俺は両手で「どうどう」と宥めた。


「さっきも説明したが、『奈落』にはそこまで強力な魔物は出ない。俺達が監督してやればそこまでの危険はないだろう」


「だからって……」


「モニカの行動力と無茶はブレイブ譲りだ。口で言って矛を収めるとは思えないし、目の届かないところで馬鹿をやられるよりも手元に置いておいたほうが安心だろう」


「…………」


 俺の説得にエアリスが黙り込む。

 モニカの無鉄砲な性格はすでに目の当たりにしていた。

 叔父の弱みを握って脅迫することでこの都市までやってきており、叔父から宿で待つように言われながら公爵の屋敷に突撃している。

 仮に俺達がモニカを置いていくという決断をしたとしても、彼女であれば勝手にダンジョンに入って兄を探そうとするかもしれない。

 モニカの兄――レオン・ブレイブもまたそういう無茶をする男だった。


「本人にやる気があるのならやらせてやればいい。覚悟を決めた人間に老若男女は関係ない……そうだろう?」


「…………」


「フム、一理あるな。いや……我が主の言であればそれが正しいのだろう」


 エアリスは納得しかねるという顔だったが、ナギサは受け入れてくれた。


「ムシャムシャ、ハグハグ……」


 ウルザも不満そうだったが、文句を言ってくることはしない。

 まるでヤケクソのようにサンドイッチを口に放り込んではいるのだが。


「……わかりました。ゼノン様がそういうのであれば従います」


 やがて、エアリスも諦めたように肩を落とした。


「ただし、それ以上の探索が危険であると判断したら引き返します。それでいいですよね?」


「ありがとう! エアリスさんっ!」


「あうっ!」


 モニカがエアリスに抱き着いた。

 この二人は妙に相性が良いらしい。エアリスも困ったようにしながらも抱擁を受け入れている。


「フン……」


 もしも俺がエアリスを寝取ることがなければ、モニカとエアリスは義理の姉妹になっていたのかもしれない。

 そう考えると、俺は複雑な心境になってしまう。


「……決定だな。とりあえず、ステータスを確認させてもらうぞ」


 俺はどこかモヤモヤする気持ちを抱えながら、アイテム袋から取り出したモノクルをモニカに向けた。相手のステータスを読み取ることができるアイテムである。




――――――――――――――――――――

モニカ・ブレイブ


ジョブ:村人シビリアン


スキル

 剣術   5

 掃除   32

 勇血   1

――――――――――――――――――――




「…………!」


 そこに表示されていたのは思わぬスキル構成である。

 ジョブに関しては驚かない。まあ、おそらく【村人】だろうなとは思っていた。『掃除』のスキルがあるのも村人らしく、愛嬌があって良いだろう。

 ゲームにも何人か登場したが、【村人】は特殊なジョブで育て方次第で成長の仕方が変わるという職業だった。剣術メインで育てれば剣士系のジョブに。魔法メインで育てれば魔法系のジョブに成長してくれる。

 成長にはやや時間がかかるものの……プレイヤーのやり方次第で好きなジョブに就けることができるのだから、育成の楽しみが強い職業といえる。

 驚かされてしまったのは、モニカが『勇血』のスキルを所持していたこと。

 これはゲームではレオン・ブレイブだけが所持しているスキル。魔族に対して特攻となる主人公のためのスキルである。


「……け、剣術を習っていたんだな。兄貴に教わったのか?」


 俺はあえて驚いた理由とは別のことを尋ねた。

 『勇血』なんてことを聞かされたとしても理解できないだろう。ならばわざわざ指摘する必要はない。


「あ、うん。お兄ちゃんから護身術として習ったよ。叔父さんも教えてくれたし、少しだけなら出来ると思う」


「そうか……だったら、とりあえずの心配はなさそうだな。最低限の戦いはできるだろう」


 心配ないどころか……個人的には花丸をあげたい心境である。


 モニカは育て方次第で新しい勇者になれるかもしれない。

 魔王を倒すことができる、新たな戦力になれる素質があった。

 レオンが死んでいるかもしれない現状において……彼女に出会えたことは運命の導きにすら思える、とんでもない幸運だったのである。

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