第39話 牛頭の悪魔

 その後も順調に進んでいった俺達は、やがて10階層の最奥にあるボス部屋の前にたどり着いた。

 目の前には石造りの重々しい扉が立ちふさがっている。この扉を開けた先に、『王墓』の最初のボスが待ち構えているのだ。


「さて……これが最初のボスになるが、俺は手を出さないからお前らだけで倒してみろよ」


「はあ? どういうことなのよ?」


 俺が口にした言葉に、シャクナがキッと眦を吊り上げた。


「俺が助力したら秒で戦いが終わっちまうだろうが。ここは3人の力を見せてもらう。1番弱いボスを相手に苦戦するようだったら、目的の財宝がある50階層までは到達できるわけがない。その時は……悪いことは言わない。『王墓』の攻略は諦めて他の手段を考えたほうがいい」


「へえ……私たちの実力を試そうというのね。雇われのくせに言ってくれるじゃない」


「傭兵だって雇い主は選ぶさ。雇用主の無理な要求にノーと言ってやるのも傭兵なりの誠意だろう?」


「……いいわ。上等じゃない。やってあげるわよ!」


「私達に……できるでしょうか?」


 強気なシャクナに対して、リューナは眉尻を下げて不安げな表情になっている。


「それができないのなら、『王墓』の50階層にたどり着く前に死ぬことになるだろう。ま……お前はヒーラーだからな。前衛の仲間を信じてサポートに徹しろよ」


「……わかりました。やってみせます」


 リューナがキュッと唇を噛みしめた。

 最後の1人……神官騎士のハディスに目を向けると、神官騎士も力強くうなずきを返してくる。


「万一、死にそうになったら助けてやる。安心して行って来い」


「そんな必要はないわ。最初のボスくらい、余裕で勝って見せるんだから!」


 シャクナが強気に言ってのける。

 実際、この3人であれば10階層のボス程度なら問題なく攻略できるだろう。

 道中で3人の実力は見せてもらったし、シャクナとは決闘までした。50階層は厳しいかもしれないが、10階層や20階層で苦戦するとは思えない。


 とはいえ……それはあくまでも、彼女達が平静で戦うことができればの話である。

 何時間もダンジョンに潜って醜悪な外見の悪魔と戦い続け、精神をすり減らした状態で安定した力を発揮できるだろうか。

 スキルやステータスには反映されることのないメンタルという武器が試されることになるだろう。


「厳しいようだが……10階層で参っているくらいなら50階層まで潜るだなんて夢のまた夢だからな」


 その時は気の毒ではあるが、別の方法を進めさせてもらうとしよう。

 シャクナの主たる目的は導師ルダナガから逃れてリューナを守ることだが、サロモンの秘宝を手に入れて傀儡となった父親を救い出すことも目的に含まれている。

 もしもここで上手く戦えないのであれば、操られている国王も圧政に苦しめられている国民も見捨てて、リューナをスレイヤーズ王国に亡命させてしまおう。


 厳しいことを言うようだが……俺の目的はルージャナーガの野望を打ち砕くことであり、この国自体はどうでもいいのだから。



     ○          ○          ○



 石の扉を開けて中に入ると、そこには広い正方形の部屋が広がっていた。四方の壁にはオレンジの火が灯された松明がかけられ、部屋の中を照らしている。


『グオオオオオオオオオオオオオッ!』


 低い雄たけびを放ったのは部屋の中央で待ち構えていた牛面人身の怪物。

 ギリシャ神話に登場する『ミノタウロス』とよく似たそのモンスターの名前は『牛頭悪魔ボレク』である。


 ボレクは金色の眼をギョロリとこちらに向けてきて、開かれた口から粘度の高い唾液をベチャベチャと床に垂らす。


「う……」


 異形の怪物から臭ってくる悪臭にリューナが吐き気を催したような声を漏らす。それでも嘔吐することを懸命に堪えて、光を映さない眼でボレクを睨みつけた。


「リューナ……大丈夫? 戦えるかしら?」


「問題ありません、お姉様。それよりも……きます!」


『グオオオオオオオオオオオオオッ!』


 ボレクが獣爪をふりかざして襲いかかってきた。

 その攻撃の対象になったのは、妹を庇うようにして立っていたシャクナである。


「させぬ!」


 しかし、機敏な動きで最前列に回り込んだハディスが大盾で敵の攻撃を受け止めた。

 自分の倍近いサイズの相手の攻撃をしっかりと受け止め、後方にいる仲間を守ってみせる。


「補助魔法――ガードアップ!」


「雷魔法――サンダーボルト!」


 リューナとシャクナが同時に魔法を発動させる。

 リューナの補助魔法がハディスの防御力を上昇させ、同時にシャクナが放った鋭い雷撃がボレクの巨体を貫いた。


『グオオオオオオオオオオオオオッ!?』


「むうんっ!」


 身体を焼く雷撃にボルクが怯んだ隙を見て、ハディスが巨体をはねのける。

 敵を力任せに押し飛ばし、さらに右手で持った槍をボレクの脚に突き刺した。


『グオオオオオオオオオオオオオッ!?』


「シャクナ様! 今のうちに……」


「わかったわ! 呪いの舞踏――『ラアナ・アルメ』!」


 シャクナが左右のシャムシールを両手に舞を踊りはじめる。

 俺との決闘で見せた『戦士の舞踏』が激しいベリーダンスであったのに対して、今度はゆっくりとした不思議なリズムの踊りだった。

 要所要所で胸元や脚を強調するような煽情的な仕草があり、相手を魅了して誘うような妖しげなダンスである。


『グウウウウウウウウウウウウウッ!?』


 シャクナがリズムを刻むにつれて、ボレクの巨体に黒いモヤが絡みついて鎖のように拘束していく。

『戦士の舞踏』が支援効果のあるダンスだったのに対して、『呪いの舞踏』は反対に相手の力を引き下げるデバフ効果のある踊りだった。


『グガッ! グウウッ、グウウウッ……!」


 拘束されたボレクが苦しげにうめきながら、たまらず片膝をつく。

 シャクナがかけたデバフが相手を一時的に衰弱させ、パワーとスピードを著しく減衰させたのである。


「今のうちに攻撃するわよ! 60秒でケリをつけるわ!」


 シャクナが鋭く叫んで、ハディスの陰から飛び出した。

『60秒』を強調するあたり、どうやら俺との決闘でバフ効果の時間切れで敗北したことを気にしているようだ。


「援護します。補助魔法――パワーアップ! ラビットフット!」


 戦況が攻勢に転じたのを見て、リューナもすかさず補助魔法を発動させた。

 パワーとスピードを上昇させるバフ効果を得て、シャクナとハディスが一気呵成に攻撃を浴びせかける。


「ハアッ!」


「ふんっ!」


『グオオオオオオオオオオオオオッ!』


 シャクナが2本のシャムシールで敵を切り刻み、ハディスが相手の脚や関節部分を狙って槍を突き入れる。

 ボレクも獣爪を振り回して抵抗するものの、デバフをかけられたことでそのスピードはひどく鈍い。シャクナもハディスも軽々と躱し、防御している。


『グウッ、ガアッ……』


 やがて牛頭の悪魔がうつ伏せに倒れ、毛むくじゃらの巨体が地面に沈む。粉々に砕け散った身体が青い燐光となって消滅する。


『サロモンの王墓』――10階層攻略。

 シャクナが宣言した通り、わずか1分程度での勝利だった。



―――――――――――――――

お知らせ


このたび、本作が第1回一二三書房WEB小説大賞で銀賞を獲得して書籍化が決定いたしました!

これも皆様の応援のおかげです。心から御礼申し上げます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る