第1羽♡ 女の子が家に来たら何か起こらないわけがない!

 梅雨入りし雨の日が多い六月上旬のこと、その日は臨時の教職員研修のため午前中だけの短縮授業となった。期末テストまではあと三週間ほどある。


 俺、緒方霞おがたかすみはごくごく普通の高校生。


 部活には所属しておらず放課後は学校そばのカフェレストランでアルバイトをしている。今日はシフトに入っていないから放課後はフリー。

 

 気晴らしに駅前の本屋でマンガでも買って帰ろうと思っていた。

 やることもなく暇かと言えばそうでもない。

 

 来週期限の小論文課題が残っており早めに終わらせなければならない。だけどやる気にならないものはどうしようもない。

 

 提出日まで期限があるし明日頑張ればいいだろう。とそんな風に考えていた。

 

 ところが同じクラスの望月楓もちづきかえでの鶴の一声で、俺と楓さらに同じくクラスメイトの前園凛まえぞのりんの三人で家で午後から小論文を書くことになった。

 

 「女の子ふたりと仲良く課題かよ、良い身分だな」と思うかもしれない。


 一応言い訳すると俺はクラスの友人である水野深みずのしん広田良助ひろたりょうすけのヤロー両名も誘った。だがアイツらにはやんわりと断わられた。

 

 広田曰く「それくらいの空気なら読めるから」とのこと、空気を読めるなら女の子ふたりに家で挟まれる俺の気持ちを分かってほしい。

 

 女の子って近くだと俺らと違う甘い匂いがする、変な事をする気なんてこれっぽちもなくてもドキっとすることがある。

 

 特に家の中という閉鎖空間は気まずい。そもそも課題を一緒にやるだけなら図書館やカフェでもできる。

 

 でも楓が「今日昼ご飯作りに行っていいかな~あとできれば課題を一緒にやりたい」と言ったのが発端だったため、課題をやる場所は最初から俺の家で固定されてしまい変更できなかった。

 

 楓の提案を断る理由もなかったから「じゃあそうするか」と伝えたところ、横で話を聞いてた前園がニヤニヤしながら俺たちの間に入ってきた。


「おやおや楓、抜け駆けかな~?」 


「ち……違うの、カスミはいつも課題をぎりぎりまでやらないから、今のうちにやらせちゃおうかと」


「ふ~んなるほど、あくまで見張りだと言い張るか。ねぇ緒方、用があるからすぐには行けないけど後で家に行っていい?」


「別に構わないぞ」


「ありがと、おみやげ持ってくから楽しみにしててね」

「おう、わかった」


「楓も後でよろしく~」

「うん……」


「ん~やっぱ緒方とふたりきりが良かったか~拗ねた顔もかわいいよ楓」

「え?」


 かわいいと言われた楓はすぐに顔が見る見るうちに赤くなっていく。

 

 前園は不敵に笑うと楓のあごを軽く持ち上げる所謂『顎クイ』をすると少女マンガのイケメンキャラのような仕草で楓の耳元に甘く囁く。


「その照れ顔はオレのことを気にしてるってことでいいかな?」

「……そうだけど、そういう意味と違うから」


 顔が完全に真っ赤になった楓は前園から必死に目線を外そうとするが前園がそれを許さない。目の前で高純度で耽美な百合世界が展開される。

 

 クラスの連中も楓達の様子に気づきざわめき始めた。

 圧倒的イケメンフェイスの前園が楓を篭絡しようしているのだから無理もない。

 

 一般男子の俺には眩しすぎて、どうにもならないので見守ることにする。

 

 がんばれ~楓、イケメンは悪だ~負けるなよ~。

 

「どうしたの楓? 言いたいことがあれば言ってごらんよ」

「あまりわたしを見ないで凛ちゃんに見られるの恥ずかしい」


 耽美は続くよどこまでも……。


「だーめ、オレは楓のそのままを見てたい」

「そんな……」


 あ~尊い尊い。 

 そろそろ楓を助けてやらないと前園のイケメンオーラで楓がぶっ壊れるな。

 

「前園、その辺にしとけ」

「うぃ~」


 前園が楓の顎から手を離す。楓は顔が真っ赤のまま逃げるように俺の背中に隠れる。


「いや~楓はかわいい反応するねぇ……眼福眼福」

「もう……凛ちゃんのいじわる」


 前園がおっさんみたいな物言いをすると楓が少し拗ねたように言う。

 今日もうちのクラスは平和だねぇ。

 

 楓と前園は普段から仲がいい。クラス内で一緒にいる時間も長い。

 

 楓はクラス委員長で前園は副委員長、どちらも優秀でクラスの仕事を分担しあっという間に片づけてしまう。おとなしい楓が詰まる時はコミュ力抜群の前園がしっかりフォローしてくれる。

 

 ふざけ合うのも互いへの信頼ゆえ……と思ってるんだけどガチな百合ゆえの信頼じゃないよね?


「じゃあ、緒方、楓また後で~」

「おう」


「うん、凛ちゃん待ってるね」


 前園がそう言い残すと颯爽と教室から去っていった。


「カスミわたしたちも行こうか」


 後ろに隠れたままの楓が指先でYシャツの腰の辺りをギュッと掴む。


「そうだな帰ろう楓」


 嬉しそうな顔した楓がようやく姿を見せくれた。


◇◇◇

 

 家のそばのスーパーで買い物を済ませ楓と家に向かう。

 途中でいつもと同じように手を繋ぐ、細くて小さな楓の手はひんやりしてて気持ちいい。


「~~♪」


 機嫌が良いのか俺にだけ聞こえる程度の大きさで鼻歌を歌う。


 黒髪ロングのカチューシャ編み、長い睫毛と大きな瞳、小さな鼻と唇、肩ごしに見えるその容姿につい見とれてしまう。

 

 そのまま目を離せないでいるとこっちを向いた楓と目が合う。


「カスミどうかした?」

「いや……何でもない」

           

「わたしたちはその……でしょ? 隠し事は無にしてほしいな」

「楓がきれいだなと思って」


 ビクッとした楓は俺から離れようとするが手を繋いだままだから逃げれない。困惑した表情のまま視線を浮かべる。


「急に変な事を言わないでよ」

「言わせたのは楓だろ、今更だけど『月明かりの天使』様はやっぱ一味違うよな~」


「その呼ばれ方は好きじゃない、ちゃんと名前で呼んでほしい」

「ごめん楓」


「ううん、いいの……カスミ」


 俺たちの通う白花学園高等部は毎年五月のゴールデンウイーク明けに非公式生徒会なる謎の組織からその年の天使同盟なるものが発表される。


 一年から三年までの計四百八十名から女子生徒から選りすぐりの十二名が選ばれる校内美少女番付のようなもので、天使に選ばれれば学園内はもちろん近隣の高校にも美少女として名が行き渡る。


 目立ちたい子が天使になれば鼻高々かもしれない。


 だけど元々大人しい楓にとっては大迷惑みたいで天使同盟に選ばれてからワンチャン狙いの告白が絶えず大変らしい。


 だからアルバイトがない日はできるだけ楓と一緒に下校するようにしてる。男が横にいれば告白しようとするヤツも寄って来ないだろうから。


◇◇◇


 楓の作ったクリームパスタと俺が作ったサラダを食べ終えた後、キッチンで洗い物をする。食洗器がないため楓が皿を洗い、俺が皿を拭く。


 「リビングでテレビでも見てて」と言われたけど、手持無沙汰だと落ち着かない。家には楓用の猫エプロンが常時置いてある。


 楓が来るようになったのは中二の頃からだからかれこれもう二年、調味料の置いてある場所から皿の種類まで楓は全てを把握している。

 

 普段家族の食事は俺が作っているけど、料理の師匠は楓だから到底敵わない。

 

「どうしたの? ぼぉ~としてたよ」


 手を止めて物思いにふけっていた俺に楓が怪訝そうに声をかける。


りぃ、いつも楓に世話になってて申し訳ないと思って」

「いいよ……わたしがやりたくてやってるんだから」


「ありがと、親友でもそこまでしてくれなくても大丈夫だぞ、俺も少しは料理が出来るようになったし」


「わたしは……もうお邪魔かな?」

「そんなことね~よ」


「だったら、もっとわたしに頼ってほしい」


 楓は洗い物をしていた手を止めて俺を真っすぐに見据える。その距離二十センチ未満……気のせいかその瞳は徐々に潤んで頬は少し上気している様に見える。


 互いを見つめ合ったまま動けない。

 唇が僅かに動き瞳を閉じた楓は待っている。


 鼓動は自然と早くなっていく。

 楓に聞こえてしまいそうなくらいに。


 楓は何を考えてる?

 俺はどうすればいい?

 

 考えがまとまらないまま、楓の柔らかな唇に自分の唇を少しずつ近づけていく……。

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