第174羽♡ 赤城さくらは屈しない!
「はい、あ~ん」
「お、おう」
たこ焼きを割りばしで摘まみ、さくらの口に入れる。
本人は大きく開けているつもりだろうけど、そもそも口が小さい。
ソースが下唇に付いてしまう。
リップをしていないのに潤いのある薄ピンクの唇からはみ出たソースを舌でチロっと舐める。
……でもまだ
「ねぇ口を
「はいはい」
たこ焼きを買った時に付いてきた紙ナプキンで唇を拭う。
薄ピンクの唇は、輝きを取り戻す。
元に戻っただけなのに唇がどうにも艶っぽく見えてしまい、つい目で追いかけてしまう。
「『はい』は一回よ」
「……はい」
さくらは機嫌が悪い。
試合に負けたのだから当然と言えば当然だけど。
「何をしに来たのかしら? ダーリン」
「もちろん愛しのハニーの会うために」
「試合に負けて泣いているとでも思ったの?」
「まぁ……しょんぼりしているかなって」
「勝つつもりでいったけど格上が相手だし、厳しい結果になると思っていたわ、でも
「それでも最後に惜しいチャンスを作っただろ」
「そうね……でもあれはリナのおかげよ」
「さくらがお膳立てしたからだ、それだけじゃない今日何回も相手の攻撃を止めたよな? フィールド上でさくらより強い選手はいなかった」
「でも勝てなかったわ」
「まだ来年も再来年もある」
「三年生の先輩たちは負けたら引退よ。一試合でも多く勝ちたかったの」
「そうだな」
「攻撃をシャットアウトするためにアンカーに入ったのに3点も取られたわ」
「さくらがいたから3点で止められた」
「守備に固執せず、リナと一緒に攻め上がっていたらもしかしたら……」
「勝機があったかもな。でももっと点を取られていたかも」
「もっとわたしが……」
「さくらは十分頑張ったよ。お疲れ様」
「優しくしないでカスミ君……」
赤と黒の中間色の瞳は涙で一杯になり、決壊した。
俺はここぞとばかりにフィアンセ特権を駆使し、さくらを抱きしめ頭を優しく撫でる。
普段は悪役令嬢のように振舞うのに本当の姿は真逆で。
自分には厳しく、人には優し過ぎる。
義理堅くて、情に厚く涙もろい。
そんなさくらだから10歳の俺は、何の躊躇いもなく婚約したのだろう。
後々大変な苦労するとも知らずに……。
しばらく泣き続けた後、ティッシュを大量に消費し、赤城さくらは不死鳥ごとく復活した。
「……カッコ悪いところを見せたわね」
「気にするな、俺なんて毎日カッコ悪いし」
「ダーリンと一緒にされても困るわ」
「それもそうだな」
「三年生が抜けると紅白戦もできない。今までもOGの方や顧問の先生に入ってもらって何とかやり繰りしてたの」
「都大会準決勝まで行ったんだから、評判を聞きつけてきっと部員が増えるよ」
「そうだと良いわね……でもアピールがイマイチ足りない気がする、あと練習の質も上げたいわ」
「相変わらず向上心が高いなぁ」
「ダーリンは他人事みたいな言い草ね」
「白花の一生徒としては応援しているけど、女子サッカー部じゃないし」
「では女子サッカー部に入れば?」
「さすがに無理だろ? 先に言っておくけど、カスミンで入部しろはダメだからな」
「そんなことはしないわ……ちゃんと男子としてよ。幸い白花にはダーリンの素顔を知っている生徒はほとんどいないわ。そこで謎のアルゼンチン人留学生イノーレ・カスミン・クサハエルとして女子サッカー部コーチとして手伝って」
「アルゼンチンにそんな名前の人は絶対にいないだろ、偽名ならもっと普通のにして、あと設定が雑過ぎない? 学園は俺が女子サッカー部に入るのを許すわけないだろ」
「心配無用よ、理事長に寄付金をチラつかせたらクサハエルコーチ加入を快く了承してくれたわ」
「マジで? 理事長チョロ過ぎだろ!?」
「地獄の沙汰も金次第よ。ダーリンが所属していたサッカー同好会にはもう退会届を出しおいたから」
「あのさくらさん? さすがに手が早すぎるんだけどぉ!?」
学園内での悪評のせいで多くの同好会にことごとく入会を断られ、水野の口利きでようやくサッカー同好会に入れたのに……。
さらばサッカー同好会、結局4回しか参加しなかったけど。
「ここのところダーリンのお願いを何個か聞いたのだから、わたしのお願いも聞いてくれるわね? それにダーリンのアイドル活動は8月で終わるし、二学期からは暇でしょ? さぁ返事を聞かせて『はい』か『YES』で!」
『はい』と『YES』どっちも同じじゃん!
などとツッコみたくてもツッコめない。
『No』なんて言ったら、すぐにパンチが飛んでくるかもしれない。
マジ怖い。
怖過ぎるのよさくらたんは……。
さっきまで泣いていた可憐な少女は
「もちろんYES
「ありがとうダーリン、バイトがあるだろうから週二回、三回で良いわ。あと部の子に手を出したら分かっているわよね?」
「大丈夫
そんなことをしたら甘くない確実な死が待っている。
社会的にも生物としても。
こうしてアイドル活動終了後の予定は早々と決まってしまった。
スローライフを夢見る平凡な高校生緒方霞に安息の日は訪れるのだろうか。
「ところで、どうしてたこ焼きを買ってきたのかしら?」
「さくらが好きかと思って」
実際はリナが買っていけと言ったからだけど、言わない方が良いだろう。
「それだけ?」
「どうせなら他のおみやげが良かったか?」
「ううん……でも少しだけ残念ね」
「たこ焼きが冷めてたことか? だからレンジでチンしようって言ったのに」
「違うわ。ダーリンが前にわたしと食べたことを憶えてなさそうなことが」
「俺とさくらで?」
「浴衣をきて、お母様に連れられて立川の夏祭りに行ったじゃない」
「ああ、あの時か、食べたかもしれないけどそれ以上に気になることがあって」
「何かしら?」
「俺の着てた浴衣、女の子用だっただろ、髪飾りも付けたし」
「……そうだったわね。お母様が絶対に女の子の浴衣が似合うからって嫌がるダーリンに着せたわね」
「ひどい」
「良いじゃない結果として今は立派な男の娘になったのだから……思えばあの時が目覚めだったのね」
「いや目覚めてないから! 今も脅されてカスミンをやっているだけだから!」
「本当にそうかしら?」
さくらは全く信じていませんという疑惑の眼差しを向ける。
(好きで女の子のふりをしてるんじゃないから、勘違いしないでよね!)
なぜだかツンデレガールみたいなフレーズが頭に浮かぶ。
カスミンに怒られそうだけど……。
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