第173羽♡ プリンはともかくたこ焼きはどうする?

 

 午前中でも東京湾沿いにある陸上競技場を照らす七月の日差しは帽子や日傘がないと耐えられないほど暑い。ベタベタした海風が届くスタンドで座っているだけでも、今すぐプールか冷房の効いた部屋に飛び込むたいと思うほどにキツい。実際に競技場内で今この時もサッカーをしている人たちはそれ以上だろう。


 さくらは右サイドを駆け上がる相手側WGウイングを封殺すると、奪ったボールを直ぐ様、前線に残るリナに低い弾道のロングパスを供給する。

 

 一方リナはパスが来ることを察知しており、さくらが蹴るよりも先に相手DFディフェンダーの裏でボールを受けるためにスペースに向けて走り出していた。


 そして背中越しに迫るさくらからのロングボールをいとも容易たやすくトラップすると、次のボールタッチで、チェックに来た相手選手を一人かわす。相手側も一人ではリナを止められないことが分かっているため、二人がかりで止めようとする。

 

 ドリブルコース切られたリナは、ボールをキープしたまま相手選手のいないタッチライン側に進路を変える。相手側もリナを追いかけるため、同じ方向に体の向きを変えた次の瞬間――ボールを持っていた右足ではなく、左足ヒールでボールを後ろ側に小さく蹴りだすと同時に体を反転させ、相手選手を置き去りにする。

 

 そしてそのまま一気にペナルティエリアに侵入すると、シュートフェイントを一つ入れ、相手GKゴールキーパーのバランスを崩した上で、5メートルほど離れたフリーの味方にラストパスを送る。

 

 ペナルティエリア内の相手選手は、ボール・ウオッチャーになってしまい一歩も動けない。決定的なパスは味方選手の足もとにピタリと渡る。


 しかしプレッシャーからだろうか上手く処理ができず、そのままボールはタッチラインを割ってしまう。そしてそのまま試合終了を告げるホイッスルが響く。

 

 ――スコアは3対2。

 

 5年連続インターハイ本選出場、昨年は全国準優勝の強豪聖陽せいよう高校を相手にノーシードの白花学園女子サッカー部はあと一歩のところまで追いつめた。

 

 しかしインターハイ都大会予選準決勝で無念の敗退となった。

  

 勝利を喜ぶ聖陽の選手と、その場で泣き崩れる白花の先輩達をよそに、リナとさくらは哀しむ様な素振りを一切見せず、運営スタッフや試合レフリーに淡々と挨拶をする。 

  

 そして俺もいる白花の応援側スタンド下まで来て女子サッカー部全員でお辞儀をする。

 

 周囲からは選手達にねぎらいの声が響く。

 俺も大きな声を出せば、恐らくリナやさくらに届くだろう。 


 でも軽々しく「よく頑張ったぞ」と言ってはいけない気がする。

 そんな言葉では言いつくせないほど、ふたりはこの数か月の間、努力に努力を重ねていたから。


 だから俺は拍手を送るのが精一杯だった。


    

 ◇ ◆ ◇ ◆


 

 7月22日、日曜日午後5時過ぎ――。

 インターハイ予選観戦後はバイト先に直行し、先ほど本日の仕事を終えた。

 

 今日は真っすぐ家に帰ろう。

 リナに美味しいものをたらふく食べさせてやろう。

 

 できるだけわがままを聞いてやろう。

 

 そんなことを考えながらディ・ドリームから足早に最寄り駅に向かっている途中で、RIMEメッセージの着信音が鳴る。


 すぐにポケットからスマホを出し、メッセージを確認する。

 

 『愛しのおにいたまへ 今からさくらに八丁堀銅ダコのたこ焼きを届けて来て、あと妹へのおみやげプリン5つも忘れるなかれ。6つならなお良し、よろ~♡』



 「よろ~♡」じゃねぇだろ。

 ポンコツ義妹もどきのくせに生意気な。

 

 というかプリン5つはいくらなんでも食べ過ぎだろ。

 やけ食いしたくなる気持ちもわかるけど、ほどほどにしとけ。

 

 まぁ今日くらいはいいかな……。


 さてプリンはともかくとして、たこ焼きはどうする?

 リナに言われた通り、さくらの家に行くべきか。

 

 『退かぬ・媚びぬ・省みぬ』を地で行く負けず嫌いなさくらお嬢様が、今日の試合結果で、大ダメージを受けているのは間違いない。

 

 今日のところはそっとしておく方が良いのでは?

 誰にも会いたくない、話したくない気分かもしれない。


 そもそもさくらは、たこ焼きが好きだったっけ?

 食べているところを一度も見たことがない。

 

 とは言え、リナはさくらの親友だ。

 俺が知らないさくらの一面を知っていても不思議ではない。

 

 最寄り駅のフードコートに八丁堀銅ダコのテナントが入っている。

 

 ……たこ焼きを買って行くかな。

 手ぶらでさくらのところに行くよりは良いだろう。

 

 背中を押された俺は、さくらの家に向かう。

 気遣いの出来る良く出来た妹を持つと、凡人の兄ちゃんは肩身が狭い。

 

 リナは俺とさくらが婚約していることを知らない。

 もちろん、いつまでも黙っていて良い事とは思わない。

 

 事実を知ったら、リナとさくらの関係が変わってしまうのでは?

 そして俺とリナの関係も。


 婚約しているのを知っているのは宮姫だけ。

 事実を知っても宮姫とは何も変わらなかった。


 いや……そう思っているのは俺だけなのかもしれない。

 だって宮姫すーちゃんは今も俺のことを許してくれないのだから……

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