第68羽♡ 銀色のツインテール


――金曜日。

 

 明日は土曜日で休みだから、今週もお疲れ様と一息つく日だと思う。

 だけど今日も放課後はアルバイトがあるし、土曜日はテストに向けて楓先生の熱血個別指導が待っている。

 明後日は午前中に家のことが片づけて、午後はさくらとバスケサークルの練習に参加する。

 

 そして月曜日からまた学校……アルバイト。

 ……やることが沢山あり過ぎる気がする。

 

 とりあえず深夜アニメはテストが終わるまで我慢、ソーシャルゲームは無料ガチャとか最低限のタスクに絞れば1日10分くらいで済むはず……。

  

 他にも気になることがあるけど、そんなことより今は目の前の現実に向き合わなければならない。

 

 俺と前園は、楓、リナ、宮姫、さくらの四人に週に一度の昼食会、通称モップ会後に空き教室に呼び出され、吊し上げにあってるのだから……。


「なぜ故に凛ちゃんは、兄ちゃんのお弁当を食べていたのか教えてもらおうか」

「妹ちゃん、もちろん緒方が作ってくれたからだけど」


「ふむ、では兄ちゃん、どうして凛ちゃんにお弁当を作ることになったのだ?」

「中尾山に登った時、持って行った昼飯を美味しいって言ってくれたのが嬉しくて、毎日、前園の弁当を作るのもいいかなって」

 

「はぁあああ? 兄ちゃんは凛ちゃんの彼女かよ――!?」

「……確かに彼女みたいね。尽くすタイプの」


 さくらが覚めた様子でぽつりと言う。


「え? カスミが凛ちゃんの彼女なの?」

「楓、それはない。男の俺は彼女になれんだろ」


「緒方は彼女でも彼氏でもないよ。緒方の嫁ポジは楓だから。

 オレはそうだな愛人枠でいいや……緒方が週一でかわいがってくれれば」


 おーい前園さん!?

 『緒方は彼女でも彼氏でもないよ』の先の部分はいらなくない!?

 愛人枠って何!? 


「わ、わたしがカスミのお嫁さん!?……で、でもまだ16歳だし学校あるし。

 けど後々のことを考えると早いほうが……式はウエディングと白無垢、どっちがいいかな。

 子供は男の子と女の子を一人ずつ……もっと多い方が賑やかでも良いかも……そんなに産めるかな……」


 途中から聴き取れなくなってしまったが俺の親友が、真っ赤な頬に両手を当てたまま笑顔を浮かべ、自分の世界に旅立ってしまった。

 

 楓さんや……早く戻ってきておくれ。

 

「ちょっと待てぃ! 楓ちゃんが嫁、凛ちゃんが愛人ならわたしはどうなるのだ?」

「リナ……決まってるじゃない、あなたは引き続き”ただの妹”よ」


「がが――ん。妹じゃ、嫁や愛人に勝てない……目くるめく大人のエロエロワールドに辿り着けない。

 くっ……どうしたら兄ちゃんは妹に手を出す鬼畜ゲス野郎に堕ちるのだ?

 やはりおっぱいか? おっぱいなのか!?

 そろそろおっぱいが大きく見える催眠術とか、通販サイトの絶倫系精力剤とか導入した方が……」

 

 楓に続き、妹も訳のわからないことをつぶやき自分の世界に逃避してしまう。

 

 ――なにこのめんどうな状況?


「カスミ君、わたしは敢えて何も言わないわ、でもわかってるわよね?」

「は、はい……もちろんでございます。さくらさん」

 

 さくらはいつものように余裕の笑みを浮かべている。

 怒っている様には見えない。

 

 なお、ワタクシ緒方霞ですが、先ほどから何もわかってません。

 男女間の感覚の違い? 

 はたまた俺が鈍いのか?

 

 森に棲んでない都会系美少女JKハイエルフにお弁当を食べさせただけですよ。

 何も問題ないと思うのですが……。

 

「とりあえず緒方君、この銀河系からチリ一つ残さず今すぐ消滅して」


 宮姫が絶対零度の目線を俺に向け消滅宣告をする。

 よくわからないが、他四人よりブチ切れていらっしゃる!?

 

 ぎゃひぃいいいいいいい――お許しを――


「というか兄ちゃんと凛ちゃん、最近、距離が近くない?」


「そんなことはないぞ、なぁ前園」

「うん……特に変わってないと思うよ妹ちゃん」


「じゃあ凛ちゃんは何で毎日髪型を変えてるのだ?」


 言われてみると今日の前園の髪型はいつもと違う。

 短めの髪を二つ結びにしてゆるふわなツインテールになっている。

 

 そう言えば昨日と一昨日も違う髪型をしていたな。

 

「ただの気分転換だけど……変かな?」


 指摘を受けた前園は髪を指先でクルクルしながら、バツの悪そうな顔をしている。

 こうした表情をするのは珍しい。


「カスミ……凛ちゃんを見てどう思う?」

「ん……そうだな。すごくかわいいと思う」


「えっ!? ありがと緒方……でも急に言うの反則……」

「ちょっと? 凛ちゃん」


 前園は顔を隠すように楓に抱きつく。

 

「ぅぅううう」


 小さな唸り声が聞こえる。

 銀色のツインテールがゆらゆらと小刻みにゆれている。


 どうした前園?


「はぁ……カスミのバカ」

 

 楓が呆れたように言う。

 少し前まで自分の世界に飛んで行ってたはずなのに、いつの間にか現世に戻ってきてる。

 おかえり楓、でも何で怒った顔をしているの?


「はぁ……さくらさんどう思います?」

「そうね。カスミ君がただただ罪深いってことかしら」


「ですな……兄ちゃんに問う。この前中尾山で凛ちゃんに何かしたよね?」

「……別に何も」


 もちろん何もしていないとは言えない。


 不幸な偶然が重なり、前園とふたりで温泉入った上に、あげく勢いでキスまでしてしまった。でも、そんなことを言えるはずもない。

 

「じゃあ、この凛ちゃんのガチ乙女反応をどう説明するんだぁあああ!?」


「前園さんは以前からかわいらしい女の子です。平常運転だと思います」

「緒方……もうやめて」


 相変わらず楓に抱き付いたままの前園が少しだけこっちに顔を向ける。

 なんか涙目になっている。


 ――なにこれ? 

 ますますもってわからん。

 

「緒方君ほんと最悪……」


 呆れを通り越した宮姫が嫌そうにいう。

 さっきから終始ご機嫌斜めのままだ。


 宮姫とは今日分のノルマが残ってるだよな。

 この状況でノルマの話をだしずらいな。


 気が重い……。

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