第69羽♡ 幼馴染の気持ち
――五時間目終わりの僅かな休み時間のこと
俺と宮姫は第七会議室にいる。
ここに来た理由はふたつ。
今日までの期限だった資料整理のやり残しがないかの確認。
もう一つは今日分のノルマ、非公式生徒会に送る宮姫とのキス写真を撮ること。
だけど困ったことに宮姫の機嫌がすこぶる悪い……。
先ほどから全く目を合わせてくれない。
こんなに不機嫌な宮姫を見たのは初めてかもしれない。
宮姫から話し出す様子もないので俺から声をかけことにした。
「なぁ……宮姫」
「なに?」
「預かってた第七会議室の鍵、後で先生に返してもらえるか?」
「わかった」
鍵を受け取った宮姫は俺と距離をとる。
「さっきのことで怒ってるよな?」
「……別に」
絶対怒ってる。
前園が絡むと宮姫は急に感情的になる。
「お弁当のことは、大したことだと思わなかったんだ」
「わたしもそう思う。でもクラスメイトの女の子に男の子の緒方君がお弁当を作って渡してたら、誰だって何かあるんじゃないか思うよね」
「確かにそうだろうけど……」
「お凛ちゃんはね……男女分け隔てなく誰とでも仲良くできるの……でもね、自分のことはあまり喋らないし、特別な人を作らない」
「中等部時代の宮姫は前園の特別だったんだろ?」
「……ううん、残念だけどわたしも他の子と変わらなかったの。だけど緒方君は違うのかもしれない」
「そんなことはないよ」
「四月に緒方君と知り合ってからお凛ちゃんはどんどん変わってきてる」
俺は過去の前園を知らない。
知っているのはせいぜい高等部入学後の数か月。あとはこの前中尾山に登った際に前園が話してくれた断片的な過去だけだ。
ずっと前園を見てきた宮姫が変わったと言うのならそうなのかもしれない。
「なぁ宮姫は前と同じように前園と仲良くしたいじゃないのか?」
「……ううん、今のお凛ちゃんとはいい」
前園のことを大切に思っているのにこうして拒絶する。
どうしてなのか俺にはわからない。
「それより今日のノルマまだだよ……時間がないし早くしようよ」
「お、おう……」
まだ聞きたいことがあるのに、途中で遮られてしまう。
前園のことは、これ以上は教えてくれそうにない。
だから今日のノルマをする。
いつものように宮姫の肩を抱き、できるだけ優しく唇を重ねる。
そしてスマートフォンのカメラを写真を撮る。
俺たちはまた嘘を重ねる。
どんなに不機嫌でもキスだけは特別に甘い……。
だけど溺れる前にそっと唇を離す。
「はぁ……なんで全部緒方君なんだろう。わたしの幼馴染も、友達の優しいお兄さんなのも、許せない相手なのに」
「ごめん、すーちゃん」
「昔みたいに呼ばないで……わたしのことなんてずっと忘れてたくせに」
「あまり考えることがなかったのは事実だよ。それでも俺は宮姫の力になりたい」
「わたしは……緒方君のそういう優しいところが嫌い、無理を頼んでも嫌な顔一つしない緒方君が嫌い、たくさんの女の子の気持ちを揺さぶる緒方君が嫌い……それから」
「まだあるのか」
「今も嘘をついてる緒方君が嫌い」
ゾクリとする……。
俺は実際、宮姫に多くの嘘や隠し事をしているから。
宮姫はどこまで知っているのだろう。
「でも一番嫌いなのは……都合の悪い事を緒方君のせいにする自分」
「少しでもすーちゃんの役に立てるなら俺はそれでいいよ」
「またそうやって優しいふりをするんだね。かーくんは……」
「俺はすーちゃんのことが昔から好きだから」
「誤解するような事は言わないで」
「ごめん……でもこれだけは嘘じゃないから」
「そう……ねぇ緒方君はお凜ちゃんのことどう思ってるの?」
「前園は大切なクラスメイトだよ」
「お凜ちゃんは緒方君のことをクラスメイト以上に思ってると思う。堕天使遊戯とか関係なく」
「宮姫の言う通りだとしても、俺のできることは変わらないよ」
「緒方君はずるいね……でもわたしも同じか」
「俺には宮姫がずるいことをしてるように見えないけど」
むしろ苦労を背負い込んでるように見える。
俺との協力関係も、前園とのことも。
「ううん、わたしはずるいよ。それに緒方君の協力者ポジションだから色々な事情を知ってる。皆の秘密や願いもおおよそ見当がついてる。今のままだと誰の願いも叶わないことも……」
「どういうことだ?」
「わかってると思うけど言えないよ。逆に聞くけど緒方君の願いは何?」
「俺の願いは……誰も悲しい思いをせず、皆が幸せになること」
「だから、皆のためにがむしゃらに頑張ってるの?」
「俺はできることをやってるだけだよ」
「……緒方君はやっぱり優しいね。でも願いは一つ叶えば良い方だよ。楓ちゃんもさくらちゃんもリナちゃんもお凛ちゃんも緒方君と結ばれることが願いなら、どうするの?」
「それは……」
全部の願いを叶えることはできない。
似たようなことを前園にも言われている。
「もし俺が前園を選んだら宮姫はどうする?」
「応援するよ……でもわたしはふたりの前からいなくなるかな。お邪魔だからね」
仮定の話なのに、宮姫はとても寂しそうに微笑む。
その心の底に秘めた想いが何なのか俺にはわからない。
どうすれば俺は宮姫に届くのだろう。
休み時間が終わりを告げるチャイムが鳴る。
俺と宮姫はタイミングをずらして各々の教室に戻った。
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