第70羽♡ 楓七変化(バージョン1:私服)


「カスミ……そこの和訳ちょっと違うかな。ここはイディオムに使っているから……」

「ありがとう楓」


 ふんわりとほほ笑むのは俺の親友、望月楓。

 指摘された英語の設問を改めて確認する。

 

 ふむふむなるほど……。

 

 ――ついに来た土曜日

 楓とふたりきりの勉強会。

 俺は前日に買ったおみやげと勉強道具を持ち、自宅から徒歩8分ほどにある楓の家を訪れた。

 

 中学時代は数えきれないくらい来たが、高校進学後は初となる。

 

 久しぶりなので、やや緊張したままインターフォンを押すとドアの向こうから楓がひょっこりと顔を出す。


「いらっしゃい」

「あぁ」


 私服姿の楓は、長い黒髪を白のリボンで結び、今日は黒ふちの眼鏡をかけている。服装は濃い青のデニム生地サロペットスカートとライトブルーのリブニットと合わせて着こなしている。

 

 フェミニンな感じで思わず見惚れてしまう……。

 普段の制服姿も良いのだけど、私服姿は新鮮だったりする。

 俺の親友はかわいいとつくづく思う。





◇◇◇




「カスミわからないところある? 手が止まってるけど」

「……いや大丈夫」


 少し顔を動かすだけで、柔らかそうなほっぺも長いまつ毛が揺れるのも目に映り込んでしまう。


 楓の距離が近い……。


 俺たちは今はリビングにあるガラス製のセンターテーブルを使い勉強している。

 問題なのはテーブル越しに向き合ってではなく、なぜか隣り合わせで座っていること。

 

 大き目のテーブルだが、ふたりで横並びだとやや狭い。

 

 しかもなぜか楓が俺にくっついてくる。先ほどから女の子特有の柔らかさと甘い匂いを感じる。露出が少ない格好をしているのが救い。

 

「はぁあ――動かないのも疲れるね」


 少しつやのある声と共に楓が延びをする。

 互いの肩と肩が触れ、リブニットに包まれた大きな二つの山がプルンと跳ねた。

 

 ……すみません訂正します。

 やはり目のやり場に困ります。

 俺の親友、望月楓さんは……高一とは思えないくらいスタイルが良いです。

 

 同じ天使同盟でも、リナは小柄で無駄がなくカモシカのようだし、さくらは高身長のモデル体型、代官山や南青山辺りを歩いてたら多分似合う。前園はメリハリがあり、出るところが出て絞まるところ絞まってる。宮姫も前園と同じタイプ。

 

 楓はこの四人とは違う。決して太ってないが二の腕にしろ、体つきにしろボリュームがあり、むっちりした質感がする。グラビアアイドルなんかに近い。

 

 健康的だけど、自然な色っぽさがする。

 

 ……そうだった。すっかり忘れてた。


 中学時代も最大の障害は楓さんのナイスバディだった。


 昨年の放課後はほぼ毎日、俺の家か楓の家で受験勉強をしていたが、同級生女子の中でも一際自己主張の激しいお山が目の前を横切る度にドキドキした。

 

 当時の俺はやましい事を考えそうになる度に、憶えてる限りの円周率を高速暗唱することで煩悩を振り払っていた。


 しかしどんなに振り払っても、楓さんのソレはまた無邪気に揺れるのでその度に俺を苦しめた。


 ……思春期って過酷ですね。

 

 そして今日も楓さんのお山は度々揺れて俺の煩悩をこれでもかと揺さぶる。

 しかも中学時代より明らかに成長している……なんと恐ろしや。

 

 もちろん楓が悪いわけではない。

 スケベ心から逃れられない俺が悪い。

 

 今日は黒ふちの眼鏡が良い味を出してる。俺は眼鏡フェチではないはずなんだが……。


「カスミ……また手が止まってるよ。大丈夫?」

「あ、うん大丈夫、問題ない」


 ……本当は問題しかない。


 楓さんや、できれば少し離れてくれないかな。

 思春期男子は聖人君子と180度反対側の岸にいるのだから。

 

 時間は午前10時前。午前9時に楓の家に来て勉強を始めてからまだ1時間も経っていない。

 

 頑張っているつもりだけどやはり勉強に集中できてない。

 困った事に煩悩を振り払う秘技『円周率をできるだけ暗唱』もJCからJKにレベルアップした楓さんが相手ではまるで歯が立たない。

 

 ――まずいな。

 このままだと俺の良心が折れそう。

 大ピンチじゃないかこれ?

 

「あっ」


 ――その時だった。

 楓がデスクの上にあった消しゴムを掴もうとしたところ、指の隙間から転げ落ち俺を挟んで反対側まで転がって行ってしまった。

 

「よいしょ……えい」

 

 消しゴムを拾おうと楓は俺の膝の上に伏せるような姿勢で、手を伸ばす。

 

「うーん、もうちょっとなんだけど……」

「お、おい楓、俺が取るから!」


 座ったまま左手を伸ばしたところ何とかギリギリで消しゴムは取れたので、そのままテーブルの上に置き、次に楓の身体をゆっくりと起こす。


「ふ~ありがと」

「楓……お前なぁ」


「ごめん重かった?」

「いや……そんなことないけど」


「ん……何?」

「いや何でもない」


「……変なカスミ」


 頭の上にクエスチョンマークを浮かべた楓が首をかしげる。


 ……両ひざに特盛マシュマロがふたつ乗っかっりました。

 押し潰されても戻ろうとするマシュマロの柔らかさが半端なかったです。

 とても幸せでした。なんて言えない。

 

 楓さんや……無防備過ぎやしないか?


 放課後がいつもこんな感じだった中学時代、募集人数が少なく高等部からの入学が難しい白花学園高等部によく受かったな俺。

 

 自分で自分にブラボーと言いたい。

 楓の指導があってのことだけど。

  

 はたして今日の俺は天然お色気に屈することなく、勉強会を終えることはできるだろうか。


 やり過ごすことができなければ、ただのドスケベ野郎として地獄の業火にさらされるのだろう。

 

「カスミ、集中だよ集中!」

「はぃ……」


 ……どうやら全然集中できてないように見えるらしい。

 今のままだと集中なんて無理ぽー。

 

 天使同盟一翼月明かりの天使『望月楓』が、堕天使様に見えるぽー。

 

 ――前略天国の母上様へ。

 

 ひょっとしたらこの後、ボクは過ちを犯してしまうかもしれません。

 ホントすみません。申し訳ございません。


 事前に謝っておきます。

 悪気はございませんでした。

  

 とは言え、地上に降りた月明かりの天使が不用心過ぎます。

 心臓のドキドキが収まりません。


 ――どうしたらいいの俺?


 まだ試練の勉強会は始まったばかり、終了予定の夕方までは遠く長い。

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