第67羽♡ 頼れるフィアンセ(下)


「わたしのためにはなるわね……しくじれば、カスミ君との婚約は破棄され、最悪の場合は他の縁談話が出てくるかも」


「どういうことだ?」


「わたしとカスミ君は確かに婚約してるけど、まだおじいさまの了解は得られてない。

 もちろん、おじいさまがカスミ君を認めれば、何も問題ないし、わたしの生活も高校卒業までは今のまま。

 でも失敗したら、カスミ君のいる白花から強制的に転校させられるかもしれない。

 その後はおじいさまの認める人と政略結婚というのもありえる。家を守るためにお父様とお母様がしたように……」

 

「じゃあ猶更なおさら出席しない訳にはいかないな」

「本当にいいの? カスミ君」


「もちろん」

「……ありがとう」


 さくらが俺の肩にもたれ掛かってくる。

 顔は髪で隠れてて見えない……。

 

「どうした?」

「断られたらどうしようかって思ってた」


「俺が断る訳ないだろ」

「わかってる……でも不安だったの」


「心配するな、何とかするから」

「うん……ねカスミ君以外は嫌なの」


 俺はさくらの頭を軽く撫でる。

 サラサラしたレッドブラウンの髪は指の間をすり抜けていく。

 

 さくらは多くのものを抱えている。

 家のこと、学校のこと、仕事のこと、自分自身のこと……。

 

 日々、どれだけのプレッシャーがかかっているのか俺には想像すらできない。

 俺はもっとさくらのためにやるべきことが沢山あるはずなのに……。


「もう大丈夫よ」

「おう……」


 さくらが身体を起こし元の位置に戻る。

 その顔はいつものように余裕を感じる。 

 

 どうやら最強最悪の大魔王さくらたんが復活したらしい。

 

 ザコキャラを一瞬で蹴散らしそうな不敵な笑みを浮かべている。

 ……怖いけど、さくらにはいつも背筋を伸ばしててほしい。

 

「なぁ俺も相談したいことがあるんだけどいいか?」

「あら何かしら?」


「この前買った転ギョニBlue-ray第一巻の初回シークレット特典が檄ヤバだったんだけど」


「メインヒロイン高桑瑞穂たかくわみずほちゃんのエメラルド縞パンね。確かにあれを特典にするのはどうかと思うわ」


「だよな。それでだ俺の部屋にシークレット特典が隠してあるんだけど。妹にバレて嫌われないか心配。どうしよう……あの危険なブツ。ギョニラーとしては処分するわけにもいかないし」


「縞パン一枚であのブラコン娘が大好きなお兄ちゃんを嫌ったりするとは思えないわ。それどころか自分の下着も喜んで差し出しそう」

 

 ……そうですね。ウチの妹ならやりそうですね。

 と言うか、以前そんなことがあったような気がします。

 

 さすがさくらたん……親友のことをよ~くわかっていらっしゃる。


「わたしもギョニラーとして保管用、視聴用で第一巻を二本買ったの、だから家にエメラルド縞パンが二枚もあるわ」


 ギョニラーは、今春の覇権アニメ『転生したら魚肉ソーセージでした。でもでも私は幸せです!あべしっ!』こと『転ギョニ』の熱狂的ファンのこと。


「どうせなら三枚目もどう?」

「遠慮しておくわ、それともわたしに縞パンを履いて欲しいのかしら?

 未来の旦那様としての命令なら聞いても良いけれど」


「すみませんでしたぁあああ!」

「意気地がないのね……まぁ冗談はさておき本題は何?」

 

「宮姫が中等部時代に通ってたバスケサークルについて教えてくれ」

「……どうしてわたしが知ってると思うの? わたしとすずの関係は高等部入学後の数か月だけよ」


 さくらの表情が少し厳しいものに変わる。


「クラスメイトとしてのさくらが知らなくても、俺のフィアンセである赤城さくらが知らない訳がない」


「……そうね」


 さくらの俺の身辺調査を徹底している。関わる人間も含めて。


「俺のためじゃなく前園を助けるために協力してほしい」


「……そう言われるとむげに断れないわ。

 まずはダーリンが何をしようとしてるか教えてもらってもいいかしら」

 

「わかった。実は……」


 俺は天使同盟に関わりそうなところは伏せて、これまで確認できたこと、宮姫と前園の間で障害になってそうなことをさくらに説明した。


「なるほどね……ダーリンの考えが正しいかどうかは別として

 教えてあげてもいいわ。ただし条件がある」

「なんだ?」


「わたしも手伝うわ。すずには随分お世話になってるし」

「それはありがたいけど、時間あるのか?」


「何とか作る。それにダーリンが一人で女の子の探りまわると目立つし」

「確かにそうだけど……」


「今度の日曜日の午後、時間をもらってもいいかしら」

「構わないが、何をするんだ?」


「バスケサークルの練習に参加するの、わたしとカスミ君でね。

 その後、もう一つ確認したいことがある」


「ん? 他に何をするつもりだ?」

「それは日曜のお楽しみよ」


 さくらは優雅さを維持したまま、楽しそうに笑みを浮かべた。

 それはまるで……


「今、悪役令嬢みたいだと思ったでしょ?」

「ソ、ソンナコト、決シテ思ッテマセン」


「……あからさまに動揺されたら説得力がないわ」


 さくらが呆れたようにつぶやく。

 ともあれ俺は前園と宮姫を仲直りさせるうえで強力な仲間を手に入れた。


 ちなみに自室に保管されているエメラルド縞パンが元凶となり後々大問題が発生する。

 

 ただし、それはまた別の話……。

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