第66羽♡ 頼れるフィアンセ(上)
――午後7時。
今日のアルバイトを終えた俺は最寄り駅に向けて歩き出す。
病み上がりで体力が戻っていないのか、いつもの倍は疲れた気がする。
とは言え、やらなければならないことは沢山ある。
さっさと帰宅して晩御飯を作らないといけないし、テスト勉強もある。
第七資料室で手に入れたデータの分析も。
頭の中のやることリストを更新していたその時……。
同じ進行方向を走る黒塗りの車が路肩に寄せて停止すると、後部ドアガラスが開く。
「そこのお嬢さん……夜道はとても危ないわ、家まで送るから車に乗ってはいかが?」
「お嬢さんではなく普通の男子高校生です。せっかくですが遠慮しておきます」
「あら、つれないのね……ダーリンのアルバイトを終わるまで待っていたのに……
それともお店の中が良かったかしらカスミン?」
お嬢さんではない俺に声をかけてきたのは本物のお嬢さん、いや、超お嬢様の赤城さくらだった。
でもそんなことより、またしてもバレてます。
宮姫だけじゃなく、さくらたんにも女装してアルバイトしているのが……。
ひょっとしてバレてないと思ってるのは俺だけ?
楓やリナ、前園辺りも知ってて言わないだけとか?
いやいやいや――そんなことはない。
ないと信じたい。
変装どころか素顔を晒してるわけでだけど、そう簡単には俺とバレないはず。
「入店は勘弁してください。知り合いに見られるのはきついです。
車にはお邪魔させていただきます」
「えぇどうぞ」
勝てる見込みがないと観念したは俺は十分にスペースのある後部座席の乗り込む。座席横にリュックを置いたところで、車はゆっくりと動き出した。
シートは程よく柔らかくて腰が疲れない。
振動も少ないし。車のエンジン音もほとんど聞こえない。
詳しくはわからないけど高級車と普通車は乗り心地は違う。
「で……何の用だ? さくら」
「用がないとわたしは話しかけてはいけないのかしら? そうじゃなくてもクラスが違うから話す機会が少ないのに」
隣に座るさくらは視線を合わせないまま話を続ける。
「話しかけるのはいいけど、俺が学園で浮いてるの知ってるだろ?
さくらに迷惑がかかる」
「かまわないわ。わたしはカスミ君と学生生活を送りたくて白花に入学したのだから」
落ち着いた口調と優雅な笑みを浮かべる。
どこまで本気かわからないけど、サラッと言えるさくらはカッコいいと思う。
「その……ありがとう」
「あら照れてるの? カスミンじゃない時でもかわいいところがあるのね。
ところでダーリンはわたしに何か伝え忘れてないかしら?」
「……ん?」
「凜さんだけでなく、希望者は全員カスミ君に一日付き合ってもらえるって聞いたわ」
「あ、ごめん……言いそびれてた。月曜に言うつもりだったけど学校休んだから」
「そう、わざとじゃないくて?」
「もちろん違います」
「マジで?」
「大マジです」
「嘘を付いたらよく切れる枝切りばさみで」
「どうかそれだけは勘弁してください。切らないで――!」
「じゃあわたしのお願いも聞いてもらえるかしら?」
「何なりと申し付けください」
「来月おじいさまの誕生日パーティーがあるの、わたしと出席してほしい」
「いいけど、そんなんでいいのか?」
さくらのことだから、とんでもないお願いをされるのかと思ったら、少し拍子抜けした。
ご両親には何度も会ってるが、さくらの祖父には会ったことがないな……。
「えぇ、でもカスミ君が思ってるより
「何人くらい?」
「おおよそ四十人ってところね」
「俺はその場で何をすればいい?」
「わたしのフィアンセとして無難に振舞ってくれれば大丈夫。でも少し大変かもしれないわ」
「ん?」
「おじいさまは大部分を父に委譲したけど、かなりの影響力を残しているの。
もし機嫌を損ねたらカスミ君はどんな不利益を被るかわからない。
あと親戚の中には父に代わり赤城家の実権を狙う野心家が何人かいるわ。
彼らはグループ会社の経営に参画しているわたしにも批判的なの」
「なるほど……確かに大変そうだな」
「それでも出てくれる?」
「俺がさくらの役に立てるのなら」
「わたしの役にはたつわね……でもしくじれば、カスミ君との婚約は破棄され、最悪の場合は他の縁談話が出てくるかも」
「それ、どういうことだ?」
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