第65羽♡ 六日ぶりのカスミン


この日のアルバイトは謝罪から始まった。


「三日も休んでしまい申し訳ありませんでした」

「体調が悪い時は仕方ない。その分今日から頑張ってくれればいい」 


 先週土曜日は前園と中尾山を登り、翌日は普通に休み、月火は風邪で学校もアルバイトも休み、昨日は学校復帰一日目だったためアルバイトは様子見で休んだため、働くのは六日ぶりとなる。

 

 スタッフルームで着替えた後、いつものようにを行い

 身も心も女形カスミンに変身メタモルフォーゼ?したわたしはだったが、現在は店長に呼ばれスタッフルームにいる。


「はい、今日からまた頑張ります」

「期待しているよ緒方君……ところでお願いしたいことがあるんだが」


 ……なんだろう?

 店長は、嫌がるわたしを強制的に男の娘デビューさせたド変態の危険人物だ。

 業務範囲なら指示ならともかく、また変なことを言ってこないか心配。

 

「なんでしょう?」

「君が休んでた間にお客様からカスミンがなぜ休みなのかと質問が殺到してね。

 もちろん細かい事は答えるわけにはいかないから丁寧に断ってたんだが、店の評判もあるし、これ以上断り続けるのは困難だ。何よりお客様はカスミンを知りたがってる。お客様の要望に応えるのがアイドルだとわたしは思う。


 そこでだSNSのThroughterスルーターでアカウント作りカスミンの出勤情報や日常などをつぶやいてもらえないか?」


「ダメですよ。そんなことしたらわたしが男の子ってバレる可能性が上ります。それにアイドルじゃなくて普通の高校生です」


「君はどう見ても男の子に見えない。それに日常も女の子と変わらないだろうし。バレる要素はない」


「いえ……私生活は普通に男です」

「ほう、では参考までに普段はどんな生活を送ってるか教えてもらってもいいかな」


「妹のお世話をして、ソーシャルゲームやって、コスメの勉強をして、お菓子やお料理作って」

「お嫁さんにしたくなる女の子の日常そのものじゃないか、ソーシャルゲームも乙女ゲームだろう?」


「違います。普通アクションロールプレイングゲームです。ゲームキャラは女の子ですが」

「ゲームの中も男の娘だね。さすがだ緒方君」


 あれ? 

 なにかおかしい……。

 わたしの日常が女の子の日常に染まってきている気がする。

 

 最近コスメだけじゃなく女の子のコーデやヘアスタイルなどを調べてることが多い……。

 

 コミックもバトル漫画より、リナが貸してくれる恋愛メインの少女漫画が一番のお気に入りだったりする。

 どう考えても緒方霞の時間が減少して、女形カスミンの時間が増えてる。

 

 ――このままだと緒方霞は女形おがたカスミンに乗っ取られる!

 

「緒方君……唸り声をあげてたけど大丈夫かね?」

「あ、はい大丈夫です。Throughterをやるのはどうしてもですか?」


「ガス抜きとして丁度いいと思う」

「……わかりました。でも顔写真は載せたくないです。同じ学校の人にバレる可能性が上がりそうですし。あとSNSやる分時給20円あげてください」


「顔写真を載せる時は加工アプリで多少わかりにくくしたらどうかね?」

「確かにそれはいいかもしれませんね……」


「では今日からがんばってくれ。今後だがVTuberデビューして、ダンスや歌をアップしてもらい、夏と冬のコミケにはレイヤーとして参加。のんびりしている暇はないよ」


「ちょっと待ってください! Throughterだけのはずが飛躍しすぎです!」

「カスミン君なら究極の男の娘アイドルになれるとわたしは確信している。そして世間も待っている」


「なれませんし誰も待ってません」


 ……やっぱりこの方は根っからの変態紳士さんですね。

 Throughterに画像を載せることだってリスクがあるのにVTuberデビュー!?

 

 ダメ! 絶対無理!


 ダンスや歌は無理だけどゲーム実況中継ならちょっと面白そうかも……。

 え? しかもレイヤーデビューまで!?

 でもでも、万が一スカートの中を撮られたらどうするの!? 


「とりあえずThroughterだけ頑張ります」

「カスミン君……わたしには近い将来、君と三人のかわいい男の娘と一緒に満員の武道館コンサートで躍動する姿が見える」


「幻覚です。そもそも三人の男の娘はどこから出てくるんですか!?」

「いずれ現れる。いや……既に君のそばにいるかもしれない」


「恐い事は言わないでください……そろそろホールの仕事に入ります。では」

「……よろしく」


 わたしはスタッフルームを後にした。

 今日改めて思いました。一日も早くここでのアルバイトを辞めたいです。

 

 普通の男の子に戻りたいです――!


「あれがカスミンか……本当にかわいいな」

「だろ……やっぱ来てよかっただろ」


「あぁ、どうする? ダメ元で声をかけてみるか?」

「そうだな……すみません」


「はい――」


 お客様がわたしを呼ぶので愛想よく応じる。


 かわいいと言われるのは嫌いじゃない。

 だけどナンパには乗りませんから。

 

 カランカラン――♪


 お客様来店を告げるベルが鳴る。


「いらしゃいませ。カフェレストラン ディ・ドリームにようこそ」

 

 今日も全力の笑顔でお客様をお迎えする。


 ……時給20円アップの要望はあっさりスルーされてしまった。――残念。

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