第64羽♡ 普通の女の子


 三時間目の休み時間に地下一階螺旋階段下に前園を呼び出す。

 

 ――なんてことはない。

 家で作ってきたお弁当を渡すだけ、教室でも渡せるけどクラスメイトに知れる。

 余計なさざ波は立てなくない。そうじゃなくても学園内に味方が少ないし。

   

 中尾山のことがあってから、前園とふたりきりになるのはどうも気まずい。

 昨日も広田を交えて当たり障りのない話をしただけだ。

 

 人気のない所に呼んだのはむしろ失敗だったかもしれない。

 かえって意識してしまう。

 

 でも考えすぎる必要はない。


 普通に話せばいいだけ。

 向こうの方がはるかにコミュ力が高いし、俺に合わせて適当に話をしてくれるはず。


 そんなことを考えてたら前園がやってきた。

 

「お待たせ~」

「……これ約束の弁当、今日まで待たせて悪かった」

「ありがとう~お昼ご飯が今から楽しみ」


「期待に沿えればいいけど」

「心配ないよ絶対美味しいに違いない!」


「だといいけどな、じゃあ先に教室に戻るな」


 用が済んだ俺は足早に螺旋階段下から立ち去ろうとする。

 ……やっぱり上手く話せてない。

 

「ちょっと待てよ緒方」

「ん?」


「まだお弁当代を渡してない」

「いらないよ。感想だけ聞かせてくれ。マズかったらどうマズいか教えてくれると助かる」


「それだけでいいのか?」

「あぁ」


「おっぱい揉ませろとかじゃなくて?」

「前園の中で俺はどんだけゲス野郎なんだよ!?」


「割と大きい方だと思うし、フニフニしてて柔らかいぞ、知ってると思うけど」


 お弁当の持ってない方の手を胸に当てて感触を確かめてる。

 制服越しでもものすごくえっちぃ。

 

 温泉で抱きしめてしまったことで物凄く柔らかいのは知ってます。

 その節はどうもすみませんでした。

  

「ダメに決まってるだろ。女子の胸を触ったのがバレたら即退学だよ」

「そっかぁ……じゃあ仕方ないな。でも本当にいいんだな?」


「はい、大丈夫です……」


 惜しいと思わなかったかと言えば嘘になる。

 でもよく耐えた。

 頑張ったな俺。

 ご褒美にコンビニスイーツでも買って帰ろう。

 

「意外と役に立たないな~これ。男は皆好きだって聞いたんだけど……やっぱり楓くらいないとダメか?」


「いえ……前園さんも十分ご立派だと思います。ですがこれ以上ボクにその辺りの意見を求めないでください。では……」


 居心地の悪さからまた逃げようとする。

 だけど先ほどと同様に前園に阻止されてしまう。


「さっきから何ですぐに居なくなろうとするんだよ。折角だしもう少し話そうぜ」

「休み時間も残り少ないだろ」


「ひょっとしてオレのこと避けてる?」

「そんなことはない」


「ウソだな」

「違うって」


「じゃあ……オレの目を見ろよ」


 前園は片手で俺の顔を使むと無理やり目を合わせようとする。

 蒼く澄んだ瞳に俺が映りこむ。

 

 距離は10センチくらいしかない……。

 近い……。

  

 互いの息遣いも聞こえてしまいそうな距離。

 漂う女の子特有の甘い香り。

 

 言葉も出ない。

 

「やっぱこの前のこと気にしてるだろ?」

「ちが……」


 声を上げて否定しようとすると顔と顔がくっつきそうになるから慌てて止める。


「なぁ緒方、オレのことを無理に見なくてもいいけど、避けるのはやめてほしい。寂しいからさ」

「……あぁ」


「ところで……前から気になってるんだけど緒方はどうして顔を隠してるんだ?」

「言わなかったか? 花粉症が酷いんだよ。マスクも眼鏡も外せない」


「そっか。でもオレは緒方の顔をもっと見たいな」


 僅かに微笑むとさらに顔を近づけてくる。

 ちょっと待ってくれ前園……。

 

 頭の中でそう告げようとするけど言葉がでない。


 このままだとまたキスをしてしまう?

 あの時と同じように……。

 

 中尾山の出来事は一時の気の迷い。

 本来の俺たちは特別な感情はない。

 ただのクラスメイトのはず。


 そのはずなのにどうして、こんなにもドキドキするのだろう。


 もうほとんど距離はない。


 ――キスはされなかった。


 代わりに俺の肩に小さな顔を乗せて耳元でそっと囁く。


「この前はもうダメだと思ったけど、そうでもないのかな……諦めるのをやめるって言ったら緒方はどう思う?」


「前園……俺は」


 話しの途中で前園は手のひらを俺の口に当てて喋れない様に塞ぐ。


「ごめん……今日はここまで、偉そうなこといったけど聞く勇気ないや、少しだけでいいから考えてくれないか」


「あ、あぁ」


 何とか声を絞り出し、彼女の言うことに同意する。

 俺にとってそれが一番良い事のように思えた。


「じゃあ先に教室に戻るよ。お弁当ありがとう」


 前園は笑みを湛えたまま身体を離すと、俺を残しそのまま去ってゆく。

 

 金と銀色の中間色の髪はお団子三つ編みになっている。

 彼女がこうした髪型をするのは珍しい。

 

 これまで少年のような快活なイメージだったけど、今は普通の女の子にしか見えない。

 

 ……びっくりした。


 一人残された俺はそのままへたり込みそうになる。

 終始圧倒されたから心はまだ揺れている。

 

 前園から目を反らすことなんてできそうにない。

 むしろ、ずっと見ていたいと思ってしまう。

 

 結局のところ中尾山の出来事は一度は蓋はしたけど、閉じたはずの蓋はすぐに開いてしまった。

 なかったことにすることはできない。

 

 休み時間終了を告げるチャイムが鳴る。

 考えがまとまらないまま俺は慌てて教室に戻った。

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