第34羽♡ キミと体育館の片隅で(下)

 その唇は甘く切ない――頭の中に何かが走り抜け、どこからか守りたいと思う義務感のようなものが沸いている。


 それらを振り払うように、いつものように左手で宮姫の肩を抱き、右手のスマートフォンで画像を撮る。

 

 準備室に響く無機質なシャッター音――写真の撮れ具合を確認する必要もない。

 

 もうキスをしながら画像を撮ることにも慣れてしまった。

 手振れすることもない。

 

 宮姫の唇に触れること、細く柔らかな身体を抱くことも……。

 

 外から知らない生徒たちの声が聞こえる。

 でも辺りから切り離された準備室の中は関係ない。


 ここは俺たちだけの世界。

 俺たちは唇をまだ重ねたまま……。

 

 先ほどまで動いていたせいか宮姫の体温は高い。


 寄せ合う身体のあちこちからその熱量が伝わる。その熱量は俺の心と頭の中を焦がしていく。

 

 今日もまた俺たちはいけないことをしている。


 こんなことは早くやめないといけない。

 宮姫は好きでやっているわけではないから。

 

 でもこの先を知りたいと思うと、突然心のブレーキが踏まれる。

 これ以上踏み込んではいけない。

 

 だからそっと離す。

 どこかで離れてくないと思っていたとしても。

 

「……ちょっと苦しかった」

「ごめん」

 

 少しキスをしている時間が長かったかもしれない。

 

 撮った画像はすぐに非公式生徒会指定のメールアドレスに送る。

 宛先メールアドレスは、数日に一回の間隔で変わる。


 何度かメールの送信記録ログを調べたけど、海外のサーバを複数経由しており送信元に辿りつけない。

 

 ダミーも存在する。依然として非公式生徒会の正体を全く掴めない。

 

「じゃあ今日の画像を消すぞ」


 いつものように送信の終わった画像は宮姫の前ですぐ消す。


「待って、わたしにもさっきの画像を送ってくれる? 自分がどんな顔をしてるのか見てみたい」


「わかった……」


 宮姫の意外な要望に驚いたが断る理由がない。

 スマートフォンを操作して宮姫のRIME宛に画像を送る。


 ――ピンポーン♪

 

 宮姫のポケットからRIMEメッセージの到着音が聞こえる。


「ありがとう……さてと早くモップ掛け終わらせよう」

「おう」


 画像を受け取った宮姫はすぐ見るわけでもなく体育準備室から出ていく。

 俺もその後を追いかける。


 俺のスマートフォンにも先ほどの画像が残ったまま……。


 ◇◇◇

 

「じゃあ楓ちゃんの家で勉強と、リナちゃんとデートするってこと?」

「そういうこと」

 

 バスケゴール下をふたりで床磨きしながら昨日の顛末を、宮姫に共有する。

 

「良いじゃないかな、お凛ちゃんとだけ出かけると不公平感がでるし、それに緒方君が積極的に皆と関わった方が堕天使遊戯を終わらせる糸口が掴めるかもしれない」


「そうだな」


「でもシナリオの可能性もあるね。わたしたちの知らないところで皆に天使メールが届いてるかもしれないから」


 もし非公式生徒会のシナリオがリナ宛に届き、皆とデートするような指示を出していたとしたら。


 ただ遊ぶだけでも俺たちは非公式生徒会の存在を意識しなければならない。


 親友だから、妹だから、許嫁だから、幼馴染だから、クラスメートだから、天使同盟なんてなくても普通に仲良くできたはずなのに、疑心暗鬼となり、どこまでが本当でどこからが嘘かわからない。


 今こうしている間も、楓達は非公式生徒会からに弱みを握られていることで心苦しい思いをしているかもしれない。


 だから早く堕天使遊戯を終わらせないといけない。

 終われば、俺が一人になるとしても……。

   

「宮姫はどうする?」

「わたし?」


「リナたちと同様にどっか行きたいところとか俺にできることあれば付き合うけど」

「別にいいかな」


「そっか了解」


 どうせなら宮姫とも出かけてみたかった。

 残念な気もするけど、望まないなら仕方ない。


「ん~でも、わたしだけ何もないと逆に怪しいかな。やっぱりわたしも緒方君に付き合ってもらっていい? 皆の用が全部片付いた後で良いから」


「良いけど。何をしたいかは考えておいてくれ」


「そこはリナちゃんと同じで緒方君に考えて欲しいな……わたしとやってみたいことを」


 宮姫は下から覗き込むような視線で僅かに笑みを浮かべる……。

 

 グレーとベージュのミディアムヘアーも、大きな丸い瞳も、俺が知っているその唇もどうしようもなく魅力的に映り、胸が苦しくなる。


 俺の中に途端に良くないものが広がっていく……。

 宮姫としてみたいこと、願うことはある。


 でもそれは何一つ彼女のためにならない。

 だからそっと心の奥底にある扉にカチャリと鍵をかける。


 誰にも悟られないように……何よりも卑怯で臆病な自分を守るために。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る――俺たちはただの同級生に戻る。


 俺はきっと宮姫すずを何もわかっていない。

 宮姫すずも緒方霞をわかっていない……わからないでほしい。

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