第33羽♡ キミと体育館の片隅で(上)
――ダムダムダム。
昼休みにふたりだけの体育館でバスケットボールの弾む音だけが響く。
ドアや窓は閉まったままなのでねっとりとした暑さを感じる。
窓を閉めて運動をするのは季節的に限界だと思う。
制服姿のままスリーポイントラインから両手で構えた宮姫は僅かにジャンプする。
短いモーションから放たれたボールは綺麗な弧を描き、リングに吸い込まれた後、「パサッ」というネットの音だけ残しボールが落ちる。
「ナイシュー!」
「おかしなところなかった?」
宮姫からすぐにチェックが入る。
「今のは右ひじの位置も良かったし問題ないと思う」
「そう」
床に落ちたボールを拾い宮姫に向けて軽く投げる。
ボールをキャッチした宮姫は二、三度と足もとでドリブルをしてリズムを確認すると、ボールに視線を落とし次にリングを見据える。
再びシュートモーションに入ると、その両手からボールは弧を描き、ゴールに吸い込まれネットを僅かに揺らす。
調子は良さそうだ。
宮姫は女子バスケットボール部に所属している。でも中等部では美術部だったらしい。
小学校五年の時に中学受験に専念するためバスケを一度は辞めたらしく、高校でまたバスケを始めた。
本人が言うにはブランクが大きいらしく、少しでも周りに追いつくため休み時間は毎日ではないが自主練をしている。
俺はたまに練習に付き合っている。宮姫への連絡事項もこの場で行う。
「さっき俺や前園やさくらが屋上出口で話してた時、宮姫もそばで聞いてたよな?」
「……気づいてたんだ」
「屋上出口から階段を降りる時、少しだけ宮姫の後ろ姿が見えたからひょっとしたらと思って、どうして入ってこなかったんだ?」
「三人の女の子がいがみ合う中に一人で入り込む勇気はないよ」
「それだけか?」
「……お凛ちゃんなら、あの場を難なく切り抜けるの分かってたし」
「前園は凄いな。さくらがあんなに受け身になるところなんて初めて見たかも」
「でもさくらちゃんは本気じゃなかったでしょ」
「まぁそうだけど……」
屋上出口でさくら、リナに俺と前園がふたりでいた理由を問い詰められ時、自分のペースで話を進めようとするさくらに対し、前園はそれをさせなかった。
逆に前園のペースにさくらを巻き込み、当事者だったはずの俺はいつの間にか部外者になっていた。おかげで難なく退場できてしまった訳だが……。
「嬉しそうだな」
「そうかな? お凛ちゃんは相変わらずだなぁと思って、さてと緒方君も一本だけシュート打ってみてくれる?」
「何の参考にもならないと思うぞ」
「いいからお願い」
「わかった」
宮姫の立っていたスリーポイントラインに立ち、右手のワンハンドショットでバスケリングを狙う。
力まないようにだけ意識して、シュートを放つ。
リングに当たったボールは、そのままリング外に落ちそうになりながらも何とか収まり、シュートが決まった。
「お見事」
「まぐれだよ。辛うじて入っただけだし」
「その割にはフォームもまとまってたけど」
「リナの実家に住んでた時、庭にバスケゴールがあったから遊びでよくやってたな」
「だからリナちゃんも上手いんだ、バスケの授業で経験者みたいにシュートを決めるよ」
「アイツは元々運動神経が良いからどんなスポーツでも人並み以上にはこなすよ、それにサッカーのドリブルにバスケの動きを取り入れてるって言ってた」
「そうなんだ、もしリナちゃんがバスケを始めたら、わたしなんかあっという間に抜かれそう、さくらちゃんもだけど」
「その心配はないだろ、あいつらがサッカーを辞めたら、学園だけじゃなくてサッカー界全体で大問題になるかもだし」
リナが去年の全国大会得点王なら、さくらは全国大会MVP、二人そろって年代別日本代表。
ふたりは去年の全国大会決勝で敵同士として凄まじい戦いを繰り広げた間側だ。
その試合に俺もリナの家族として現地で観戦した。
敵チームのエースが見知った顔だったので身の安全のため試合終了とともに会場から逃げようとした。
……がしかし逃げられなかった。
お世辞にも強豪とは言えない白花学園高等部女子サッカー部に、女子サッカー界の希望の星が突然ふたりも入部したものだから学校関係者は狂喜乱舞したらしい。
「宮姫も女バスの新入生の中では上手い方だろ」
「ありがとう。でも大したことないよ。緒方君も割と何でもできるよね、リナちゃんも楓ちゃんもさくらちゃんもお凛ちゃんも……わたしはね、一応努力してるつもりだけど、どれももう一つなんだよね」
「俺もそうだよ、一番のものはないし、特別なものもない」
「一つでも誰にも負けないものがあれば、自信が持てると思うの。いつも不安だったり臆病だったりするから大切なものを見失う……さて、そろそろ時間だね。
モップを取りに行くから一緒に来てくれる?」
「あ、あぁ……」
休み時間に体育館の使ったらモップで床磨きをしないといけない。
体育館使用規則で決まっている。
俺たちは体育館内にある準備室にバスケットボールを片し、床掃除用のモップを手に取る。
「今日分のノルマを済ますけどいいか?」
「……ちょっと汗臭いかもしれないから匂いを嗅ぐのは止めてね」
準備室で行く時点で恐らく心の準備はできてたであろう宮姫はとても落ち着いている。
モップを持ったまま瞳を閉じて待つ宮姫の艶やかな唇をいつものようにそっと塞ぐ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます