第100羽♡ キミのためにできること


 柔らかな身体とほんのりと伝わる熱……

 

 エアコンの効いた涼しい部屋にいても、そのぬくもりからは逃れることはできない。


 やや潤んでいる瞳を見る度に常識とかこれまで守ってきたものとかどうでも良く思えてくる。

 

 それほどすーちゃんは魅力的に映る……

 

 「かーくん?」

 

 ややトロンとした甘いその声を聞くと、わずかに残る理性は飛びそうになる。長く艶やかなまつ毛が瞳を覆い、その時を待っている。

 

 だから俺も奪おうとする。

 

 すーちゃんは全く拒まない……













  


 ……いや、ちょっと待て!

 

 すーちゃんの唇まであと1ミリのところで、ふと何かがよぎる。

  

 俺が今すーちゃんにしようとしていることは正解なのか?

 

 ノルマではないキスは、言い訳も立たないし、本気じゃないならそもそもしてはいけない。

  

 すーちゃんは大切な幼馴染で、しかも今は心を痛めている。

 

 違う――今やることはこれじゃない!

 

 しっかりしろ緒方霞!

 

 お前は冴えない腐れ陰キャだ!

 

 そんなお前が学園屈指の美少女であるすーちゃんにイケメンムーブかますなんて分不相応だしマジキモい! 

 

 お前がカッコつけて良いのはゲームの中の二次元美少女だけだ。

 

 ここは三次元の現実世界、腐れ陰キャは腐れ陰キャらしくできることがあるだろうがぁ――!!!

  

 「すーちゃん、いや……宮姫にお願いがあるんだけど」

 「えっ?」

 

 「俺のこと一発ひっぱたいてくれないか? 正直に言うけど宮姫に変なことを考えた。ごめん!」

 

 「ぇ? う……」

 

 頬を染めた宮姫が俺からすっと離れる。

 

 先ほどまで肘に当たっていたすーちゃんの柔らかな感触はまだ残っている。


 こんなタイミングで考えるのも大変不謹慎かと思いますが、親友の前園さんと同じくらい素敵なものをお持ちですね。


 先ほどからずーっと白ブラウスの隙間からちょろちょろとレースの付いた紫色の何かが見えておりまして、魅力的な視覚映像と大きくて柔らかな感触で俺も男の子スイッチが入りかけてる……というか入ってしまいます。

 

 すみません。こんな状況でもスケベ心が止まらないのでここは一発、天使の鉄槌で忘れさせてください。

 

 「ほんとに変なこと考えてる顔してる……じゃあ遠慮なくいくよ」

 

 しなりの効いた右手の平手打ちが俺の頬に飛んでくる。

 

 パ――――ン!!!

  

 「くぅ……痛ぃいいい!」

 「あ、ごめん大丈夫?」

 

 「うん……宮姫は意外と力あるのね」

 「運動部で体は鍛えてるし」

 

 「そっか、そうだよな」

 

 さすが現役バスケ部、でも致死率が限りなく100%に近いビンタという名のさくらたん掌底に比べれば何てことはない。

 

 「わたしにもお願い、ホントのことを言うと、かーくんならこのまま流されても別にいいやって思ってた。だから……」

 

 先ほどまでとは違い、宮姫にぼんやりとした様子はなく真剣な顔をしている。

 

 とは言え……

  

 「さすがに女の子を叩くのは気が引ける」

 

 いくら宮姫の頼みでもそれは受け入れならない。

 緒方霞の人生で誇れるものがあるしたら、今のところ女の子に手を挙げたことはないことくらい。

 

 リナの頭をぐりぐりしたことは数え切れないくらいあるけど。

 

 「いいからお願い」


 困った事に宮姫が引いてくれない。

 全く気が乗らないが互いのケジメのため、やることにした。

 

 「……じゃあいくよ」

 

 瞳をギュッと閉じて待つ宮姫を目掛けて右手を宮姫の頬に向けて大きく振るがインパクト寸前で減速する。

 

 ――ペチっ

 

 テレビのスピーカー音にかき消されそうな小さな音は辛うじて聞こえた。

 

 「えっ?」

 「はい終わり」

 

 「手加減した……」

 「俺は帰宅部で体を鍛えてないからあれが全力だよ」

 

 「そんなわけないでしょ」

 「痛くなくても宮姫の目が冷めたなら問題ない」

 

 「だけど……」

 「ビンタじゃなくて頭なでなでなら喜んでやるけど」

 

 「それは嫌……気安く頭を触ろうとしないで」

 

 うーん女の子って難しい。

 リナの場合は頭なでなでで大体何とかなるんだけど。

 

 ひょっとしてリナも内心では嫌がってるのかな?

 

 ともあれ普段の宮姫らしくなってきた気がする。

  

 「さてと、そろそろここから出よう」

 

 ……そろそろネットカフェの終了時間だ。

 延長するつもりはない。

  

 「帰る?」

 「いや……一緒に来て欲しいところがある」

  

 「え、どこ?」

 「前園の家」

 

 「さすがにそれは……」

 「仲直りは早いうちがいい、前園は宮姫にとって大切な存在だろ」

 

 「……」

 

 無言は肯定と同じだ。

 どんな状況でも宮姫すずの最優先事項は前園凛だから。

 

 様々な行き違いでふたりは疎遠になった。

 でもそれは宮姫だけの原因ではない。

 

 前園も宮姫との距離を測りかねている。

 

 だからふたりを元の距離に戻してあげないといけない。


 「宮姫が来てくれないなら俺一人でも行くよ、前園は一人暮らしみたいなものだし、夜分に男がひとりで会いに行くのは良くないよな。だから俺の横で見張ってて欲しい」

 

 「……わかったよ」

 

 突然の申し出に宮姫は憮然とした表情をしている。

 恐らく納得はしていない。

 

 でも俺と一緒に行かない訳にもいかない。

 

 「ありがとう宮姫、ついでで申し訳ないけど俺は前園の家を知らないから案内してくれると嬉しいな」

 「いいけど……緒方君ちょっと強引過ぎない?」

 

 「たまには強引にいかなきゃいけないこともあるだろ、宮姫なら絶対に付き合ってくれるし」

 「はぁ……憶えてなさいよ」

 

 「もちろん……俺はもう宮姫のこともすーちゃんのことも忘れない」

 

 「さらっとそういうこと言うのやめて、いつも言っているけど、わたしたちは慣れ合わない方がいい」

 

 「そうだったな。じゃあ行こう」

 

 俺たちは荷物をまとめネットカフェを後にした。

   

 ◇◇◇

 

 前園の家は俺の最寄り駅の一つ先の駅前にあるタワーマンションだった。

 暗闇の中でも光が溢れ、町全体を照らすように輝いてる。

 

 「マジでここなの? 前園ってめちゃくちゃお金持ちだったんだな……」

 

 マンションの値段はわからないが、中層階より上は全て億ションだと思う。

 前園の部屋は上層階のようだ。


 「お母さんが世界的な写真家だからね」

 

 ……そう言えば中尾山に登った時に前園がそんなこと言ってたな。

 

 「ねぇ緒方君」

 「ん?」

 

 「本当に行くの?」

 「あぁ……」

 

 「わたしやっぱり怖い。昼間にお凛ちゃんを傷つけたばかりだし」

 

 宮姫は不安そうな表情で視線を落とす。

 

 「大丈夫だよ。俺がついてるし……それに前園も宮姫が来るのを待っていると思う」

 

 「……でも」


 「今行かないと宮姫は後悔すると思う。それに前園も……だからがんばろう、絶対に大丈夫だから」

 

 宮姫は俺のワイシャツの袖をしばらくギュッと握り、しばらくするとそっと離した。

 

 「わかったよ……行こう緒方君」

 「あぁ」

 

 覚悟の決めた俺たちはインターフォンを押す。

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